第64話 火山の異変
ギルドマスターは目を閉じ、無言のまま。
しかし、この場に居る者たちの反応は俺の読みがあながち的外れではないことを示唆していた。
特にギルドマスターの右隣に座るメガネの男は、もう少し腹芸を学んだ方がいい。
驚いたように目を見開き、忌々しげに俺を睨んだ後にようやく平静を装って一体どうしようというのか。
「火山の件?なんのことでしょう?」
「そうですか。火山で発生した異変に対処するため、火山地帯の調査に赴いた私への事情聴取を行うこと。これが、この場にお集まりの皆様の目的だと思ったのですが、どうやら私の勘違いだったようですね。お恥ずかしい限りです」
とぼけたメガネにとぼけた回答を返すと、彼の表情は一層苦いものになる。
少しの間、誰も言葉を発しない時間が続いた。
窓の外を眺める素振りをしながら相手の出方を窺いダンマリを決め込む俺。
不安に耐えきれなくなったのか、目に涙が浮かび始めたフィーネ。
にやにやしながらメガネとギルドマスターを眺めてご満悦のラウラ。
その沈黙を破ったのは、苛立ちを抑えきれなくなった冒険者の少女だった。
「いい加減にしてください!何なんですか、この茶番は!」
ダン、とテーブルを叩いて立ち上がり、ギルドマスター側を睨みつける。
彼女の心境を思えば、この状況は許容できないものだろう。
むしろよくここまで耐えたものだ。
「静かにしなさい!キミはこの場で発言しないことを条件に、この場に居ることを許されているはずだ」
冒険者の少女に対してメガネも声を荒げる。
彼女がなぜ黙っているのか不思議だったが、そんな条件を付けられていたのか。
俺は紅い髪の冒険者の少女を見やる。
この少女を見かけたのは、これが初めてではなかった。
数日前、火山の麓の街の宿屋で俺はこの少女に会っている。
安酒で蓋をしたはずの記憶。
フードから覗いた髪色を見て、それをようやく思い出したのだ。
「ふざけないで!今この瞬間にも、向こうに残った仲間たちは命懸けで戦い続けてる!それを、こんなくだらないことで時間を浪費するなんて!ギルドは何を考えているの!」
「ぐっ……」
この少女の発言で勝負あった。
俺は自分の予想が合っていることを確認できたし、そのことをギルド側も察した。
残念なことに、状況は俺の予想よりずっと深刻であるようだが。
「なぜ、わかった?」
ギルドマスターの白旗ともとれる発言にメガネは悔しそうに押し黙る。
ここまでくれば、もう焦らしても仕方ないだろう。
本題に移る前に、さっさとギルドマスターの疑問に答えるとしよう。
「強いてあげるなら、こちらの冒険者の方をどこで見かけたのか思い出したから、ですかね」
そう言いながら、俺はここに至るまでひとつも発言がない冒険者の男性に視線を向ける。
見覚えがなかったというか会ったことを忘れていたのだが、一昨日の夜、俺はこの人と冒険者ギルドで会話している。
火山の麓の街で会った、この地域では珍しく赤い髪を持つ冒険者の少女。
昨日ギルドでフィーネの前に俺の対応をしてくれた、そして一昨日には火山から帰投した俺とクリスの話を聞いてくれた受付嬢のお姉様。
そして、その報告の場で俺とクリスに<威圧>について説明してくれた冒険者。
この場で役割を与えられていないように見えた3人に、一見して共通点はない。
しかし、申し訳なさそうなお姉様と冒険者がなぜそんな表情をしているのか、ということを想像すると、ひとつの筋書きが見えてくる。
お姉様と冒険者が<威圧>の効果と解釈した俺たちの報告。
あれがスキルの効果などではなく本当に強力な妖魔の出現だったとしたら――――多くのことに説明がつく。
俺の立てた予想はこうだ。
まず、火山で発生した異変が麓の街に何らかの影響を及ぼし、そこにいた冒険者が都市の冒険者ギルドに報告を入れた。
冒険者ギルドでは即座に情報を集めようとしたが、恐ろしい妖魔が火山周辺で確認されたという報告は、誤解によって詳細な記録が残されていない。
火山の調査に派遣された冒険者は報告をしているにもかかわらず、やんわりとではあるがそれを切って捨てた冒険者ギルドが再び冒険者に報告を求めるのでは体裁が悪い。
だから火山に派遣された冒険者――――つまり俺を何らかの処分の対象にし、その処分を見送るかわりに情報提供を求めるか、処分を決める査問会の中で必要な情報を聞き出そうとした。
イルメラと冒険者の男性が同席している理由は、俺が話した内容が一昨日話した内容と合致しているか確認させるためか、あるいは俺が嘘を言いにくい状況を作るため。
赤い髪の冒険者の少女が同席している理由はすでに彼女の口から語られたが、救援を求めに来た冒険者というのがまさに彼女であるから。
この筋書きであれば多くの状況に説明がつく。
(……あれ?もしや俺がメガネをやり込めなくても、ギルド側から俺が妥協できるところに落としてくるつもりだったのか?)
だとしたら早まったかもしれない。
俺は落ち着いた様子を取り繕いつつも、内心慌てて火消しにかかる。
「一応伝えておきますが、俺はギルド側を責めるつもりはありません。むしろ、俺を気遣った対応をしてくれたことを感謝しています。それと、もちろんこちらの冒険者の方にも。今回は外れてしまいましたが、駆け出しの私にその知識を披露してくれたこと、ありがたいと思いはしても、不満に思ったりはしません。ですから――――」
居心地の悪そうな2人とギルド側の対応をフォローする言葉で少しだけ場を落ち着かせる。
「済んでしまったことは全て水に流して、今後のことを話しませんか?」
そして、自分の立場を守ることも忘れない。
今回の件、俺もギルド側も、過程はともかく最終的に目指す落としどころは一致している。
互いに落ち度を追及しないことを合意できればそれで十分なのだ。
俺からすれば、規則違反を公式に黙認してもらうことができて得したような気分ですらある。
冒険者ギルド側からすれば、無条件に俺の規則違反を不問にするようなことは避けたかったから、このような形で話を運んだのかもしれないが。
「そうだな、あまり時間に余裕もないことだ。そろそろ本題に移るとしよう」
ギルドマスターに促されると、メガネが諦めたように手元の書類に視線を落とし、状況の報告を始める。
きっとメガネは生真面目な性格をしているのだろう。
しかし、俺としても処分されたり報酬を没収されたりするわけにはいかない。
心の中で悪いと思いながら、すまし顔でメガネの話に耳を傾けた。
「まず、状況の確認から……。本日、冒険者ベルタにより、この都市の南方にある火山方面から麓の街に、魔獣が大挙して押し寄せたとの報告があった。ベルタの報告によると、現地の冒険者が街を守るべく街の南方で戦線を維持しているが、魔獣の数が多いため援軍が必要とのことだ」
赤い髪の少女が小さく頷いた。
メガネがさらに報告を続ける。
「魔獣の種類は様々だが、中には大型の妖魔も混じっており、これらは他の魔獣よりも強力である。また、倒しても倒しても湧いてくるという報告から、火山のどこかで魔獣や妖魔が生み出され続けている可能性も視野に入れて動く必要がある」
そこでメガネの視線が俺に向いた。
なるほど、魔獣が生み出され続けている場所があの湖かもしれないというわけか。
「俺は、俺が見たヤバい妖魔の場所までの案内役すればいいということか?」
「バカをいうな。討伐対象から逃げ出してきたD級冒険者を討伐に連れて行くわけないだろう。D級冒険者であるお前の役割は、お前がギルドに引き渡した盗賊の証言の裏付けだ。出現場所と大まかな特徴さえ確認できれば、C級冒険者以上で討伐隊を編成する。D級冒険者のお前は、数の多い魔獣の排除が仕事だ」
堅い話が終わったため普段どおりの口調に戻った俺は、メガネに確認のために問いを発するものの、お前の出番はないとばかりに一蹴されてしまった。
というかD級D級言いすぎだ。
そんなに俺のことが嫌いか。
(まあ、たしかにアレの討伐隊に加われと言われても困るっちゃ困るからなぁ……)
もしあの時の恐怖が<威圧>のスキル効果によるものではなく、純粋な戦力差によるものだとするならば、俺が行ってもおそらく役には立てない。
D級で俺よりも圧倒的に強い冒険者はそうそういないだろうから、C級以上のベテランで討伐隊を編成するという選択は理にかなっている。
「わかった。ギルドの方針に従う」
「よろしい。では、早速別室で聴取に取り掛かってもらう。終了後は1階ロビーで待機していてほしい。方針が固まり次第、D級冒険者以上を対象とした緊急依頼を告知する」
「了解した」
俺はギルドマスターの横に座っていたもう一人の男に連れられて会議室を出た。
証言の確認のためか、フィーネも俺たちの後ろをついてくる。
俺に<威圧>のことを教えてくれた冒険者の男も来るかと思ったが、どうやらあの人は会議室に残るらしい。
ギルドとしては、討伐方針を策定するにあたって冒険者の意見も欲しいのだろう。
雰囲気的にベテランなのだろうから、あの人はその役に適任というわけだ。
「――――これで、聴取は終了だ。面倒事に巻き込んですまないね。もう十分理解したと思うが、サブマスターはお堅い人なんだ、許してほしい」
「い、いえ、気にしません。お役に立てて何よりです」
フィーネ同席のもと、妖魔との遭遇に関する経緯や遭遇場所について一通り説明すると、俺はあっさり解放された。
終了時には一言謝罪をもらったが、彼の話ぶりだとあのメガネがサブマスター――――このギルドのナンバー2ということになる。
嫌われた相手がギルドのナンバー2だったという事実に思わず動揺してしまったが、ギルドの幹部とかかわる機会なんてそう多くないはずだし、次に会う時まで俺のことを忘れてくれていると祈ることにしよう。
「そう言ってくれると助かるよ。では、予定どおり1階で待っていてくれ。フィーネ、キミも通常業務に戻ってくれていい」
俺とフィーネは会議室に戻っていく彼に一礼すると、フィーネを先頭に階段へと続く廊下を歩いて行く。
「いやー、どうなることかと思ったが、乗り切れてよかったな」
「…………」
「うん?フィーネ、どうかした――――」
パァン、と乾いた音がギルドの廊下に響く。
「……なにしやがる」
「それはこっちのセリフよ!アンタ、何してくれてんのよ!」
フィーネが振りあげた右手は、その手首を俺に掴まれたために俺の頬をとらえることはなかった。
音から察するにむしろ彼女の手首の方が痛かったかもしれないが、彼女の瞳に浮かんでいる涙はそのせいではなさそうだ。
(あ、そうだ。フィーネに睨まれてたんだった……)
会議中に彼女を庇ったことで、彼女の機嫌を悪化させてしまったことをすっかり失念していた。
こちらも頭の中がパンクしそうだったから仕方ないとはいえ、これはこの場で一発殴られた方が早く片付いたかもしれない。
「フィーネ、心配させて悪かった。けど俺の話を――――」
「悪かったと思うなら、まずは一発殴らせなさいよっ!」
そう言って今度は左手を振り抜いてくる。
今度は平手ではなく、しっかりと拳を握りこんだ一撃。
一発殴られた方が早いとは思ったが、ついつい体が避けてしまう。
掴んでいた彼女の右手を離し、小幅に後退。
「ッ!このっ!」
手が届かないとわかると、しまいには足が出てきた。
受付嬢の制服である深緑のロングスカートが翻る。
残念ながら、前蹴りを放ってもなお鉄壁を維持するスカートのせいで中の様子はわからない。
しかし――――
「スカートで足技なんてはしたないぞ。今日は白か」
「なっ!…………え?」
見えてもいない下着の色を適当に言ってみると、彼女は攻撃の手を止めてスカートを押さえる。
怪訝そうな反応からして今日は『白』ではないらしいが、いずれにしても俺が彼女の横を駆け抜けるために十分な時間を稼ぐことができた。
「あ!待ちなさい!」
「これから魔獣退治の仕事があるんだ!詫びはまた今度な!」
フィーネを廊下に置き去りにして、俺は冒険者ギルドの階段を数段飛ばしで駆け降りる。
後ろからフィーネの罵声が聞こえるが、あれでは少しクールダウンしてもらわないと話し合いにならない。
だからこの場で逃げを打つのは仕方のないこと。
たとえ、ああなった原因が俺の行動にあったとしても、仕方がないものは仕方がないのだ。
(はあ、次の詫びは何を要求されるかなあ……。ディナーくらいで済めばいいんだが)
街が襲われているというのに不謹慎かもしれないが、今回もいっぱい稼がなくてはならないようだ。
そんなことを思いながら、俺は1階のロビーを小走りに駆け抜ける。
建物の中で待っているように言われたが、ここで待っていてはフィーネに捕まってしまうから外で時間をつぶそうと思ってのことだ。
出入口付近にたどり着くと後ろを振り返り、フィーネが追ってこないことを確認してからようやく歩みを緩めた。
(さて、依頼が出るまでどれくらいかかるかな。事情が事情だからあまり時間はかけないと思うが)
冒険者のパーティと思しき3人組が出入口から外に出て行くところを見送り、続いて俺も外に出ようとしたそのとき――――
「どいてくれ!」
「おい、あぶねぇだろ!」
「うるさい!それどころじゃないんだ!」
外から何やら揉めている声が聞こえたため俺は外に出るのをやめ、出入口から少しだけ横にずれると、案の定、冒険者らしき男が転がり込んできた。
「おいおい、大丈夫か?」
俺が声をかけた男の様子は、満身創痍とまではいかないがひどいものだった。
両腕は噛み傷のようなものが数か所に、左足も出血、防具は脱ぎ捨ててきたのだろうか。
返り血か本人の血かわからないが、凝固して赤黒く染まったインナーが戦闘の激しさを物語っている。
「――――た」
「なんだって?」
「防衛線が突破された!」
「…………は?」
周囲の冒険者は傷だらけの男が言っていることを理解できていない。
ただ、何事かとざわめきが広がっていくだけだ。
しかし、俺には心当たりがある。
防衛線――――そして突破という言葉。
俺の中で嫌な予感が急速に形を成す。
それが意味することは、つまり――――
「この都市に――――魔獣の群れが!!」
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