第65話 魔獣迎撃戦1
火山の麓の街を守る冒険者たちが構築した防衛線が崩壊したこと。
ベテランを中心とした少数の冒険者を殿として、残りの冒険者は数百人の一般人を護衛しながら都市へ向けて撤退中であること。
傷だらけの冒険者から伝えられた事実は冒険者ギルドを大いに動揺させた。
魔導馬車にありったけの魔石を食わせて最大速度で飛ばしてきたという冒険者だが、それでもその情報は彼が街を出るときのものでしかない。
火山の麓の街からこの都市まではどれだけ急いでも2時間はかかる。
つまり現時点で状況はさらに悪化しているはずであり、逃げ惑う一般人に魔獣が襲い掛かるような状況になっている可能性すらある。
冒険者ギルドのある街や村であれば通信用の魔道具が備え付けられているそうだが、火山の麓の街には冒険者ギルドの施設がない。
情報の遅れが致命的な状況を招いてしまった。
『緊急!緊急!D級以上の冒険者に対して冒険者ギルドから緊急依頼を行います!該当する冒険者は直ちに冒険者ギルドへ集合してください!繰り返します――――』
大通りや歓楽街では冒険者ギルドの職員たちが拡声器のような魔道具を使い、冒険者たちにギルドへの出頭を促した。
その声は緊迫感に溢れており、冒険者ではない者たちも何事かと大通りに顔をのぞかせ、興味深そうに事態を見守っていた。
中には何が起きたのかとギルド職員に詰め寄る者もいたが、そうした者も衛士に取り押さえられておとなしくなっている。
(都市の中は……まあ、問題ないか)
一時は混乱したものの、都市の外壁は非常に強固なものであるため、都市の中に魔獣が侵入するということはまず考えられない。
また、万が一外壁が破られそうになっても、この都市の領主は貴族の中でも比較的大きな権力を持っており、その騎士団は精強と名高い。
彼らを動員すれば魔獣の群れくらいは難なく抑えられるはずだ。
そのような認識が広く共有されているからか、ざわついている都市の市民たちの関心は一体何が起きているのかという好奇心によるものばかりで、自分たちの身の心配をしている者はほとんどいなかった。
(それよりも、問題はこっちか……)
俺はギルドの招集に応じたことを証明するための名簿にサインし、空いている壁際を見つけて寄り掛かりながらギルド内を見渡した。
集められた者たちでごった返す――――はずの冒険者ギルド。
しかし、ロビーにいる冒険者の数は多く見積もっても100人に届かない。
大々的に招集されているにもかかわらずなかなか集まらない冒険者たちに、集められた冒険者たち自身が不安感を募らせており、今後の成り行きを心配するような声があちらこちらから聞こえてくる。
(時間帯……それに季節も悪い)
この都市にいる冒険者の数は、常に移り変わるが数百人規模と言われている。
しかし、熟練の冒険者ほど早朝に都市を出発し、そして数日は帰って来ないため、まだ朝であるとはいえ十分に日が高くなった時間帯に都市に残っているのは、俺のように近場で狩りをする下級冒険者ばかりだった。
休暇中の熟練冒険者もいるにはいるが、魔獣が比較的少ない冬場には迷宮都市などに遠征している者も多く、普段と比べてその数は圧倒的に不足している。
その結果が人数に表れてしまったのだろう。
見たところロビーにいるC級冒険者のパーティは3つか4つ。
残りはほとんどD級で、対象外のE級も少し混ざっているという惨状だった。
「まずは、集まってくれたことに礼を言う」
これ以上は待てないと判断したのか、いつの間にか受付窓口の近くに立っていたギルドマスターが声を上げると、周囲のざわめきがピタリと止んだ。
「先ほど、火山方面から魔獣の群れが都市に向かっているという情報が入った。個々はさほど強くないが非常に数が多く、ギルドはこれらの魔獣の討伐隊を編成するために諸君らを招集した。これは緊急依頼であり、依頼を受託しない場合は今後の報酬や階級査定にペナルティが発生することを理解してほしい」
緊急依頼――――冒険者に課せられる一種の義務のようなものだ。
冒険者ギルドが領主や貴族に対してある程度の影響力を持つために、その土地の危機に際して冒険者を強制的に動員する制度であり、冒険者の報酬を課税対象にしないことへの対価でもある。
緊急依頼を受託できる状態であったにもかかわらずこれを受託しなかった者へのペナルティは非常に重く、一方で危険に応じた高い報酬が設定されることから、高確率で死ぬような依頼でなければ多くの冒険者がこれを受託する。
「現在、麓の街から避難する住民を護衛するために、街にいた冒険者たちが殿を務めてくれている。彼らと合流してこれを支援し、北上する魔獣の群れを討伐することが、今回の依頼内容だ」
すでに戦っている者たちがいる。
その知らせは冒険者たちの心を奮い立たせるだけでなく、逃走が許されないという心理的な拘束を生む。
同業者を見捨てたという汚名を被るわけにはいかないし、参加しなくてもいいという雰囲気を作ることは利益にならない。
次は自分が援軍を待つ側になるかも知れないのだから。
「現場への移動手段は、南門の外に魔導馬車を用意している。定員を満たした馬車から出発するから、すぐに南門に向かってくれ――――諸君の武運を祈る!!」
ギルドマスターの激励に合わせて、冒険者たちが南門へ向けて駆け出していく。
我先にと駆け出していく者たちと不安そうに先行組の後ろを歩いていく者たちが半々といったところか。
「さてと、俺も行くか……」
俺は追随する者たちのさらに後ろ、ほぼ最後尾をゆっくりと歩いて行く。
火山の街の人たちを助けたいとは思っているし、緊急依頼から逃げるつもりもないのだが、実のところ今回の依頼は俺にはあまり向いていないのだ。
今回の討伐対象は、言ってしまえば非常に数の多い雑魚ということになる。
遠距離攻撃や範囲攻撃の手段を持たないために数を稼ぎにくく、ソロであるために背後からの攻撃に弱くなる。
このタイプの依頼はスコアを数えられないから報酬は原則均等であるし、<結界魔法>があるから背後からの攻撃にもある程度耐えられるとはいえ、自分の苦手とする戦場にソロで行くというのは気乗りする話ではない。
そういうわけだから、今回も頼りにさせてもらうことにしよう。
「よろしく頼む、クリス」
「よろしくね、アレン」
当然のように隣に並んだ臨時の相棒と軽く拳を合わせると、俺たちは先行した冒険者たちの後を追って走り出した。
すでに8人が乗車していた10人乗りの馬車に俺とクリスが乗り込むと、それを確認したギルド職員は御者に声をかけて魔導馬車を出発させた。
クリスと合流してから南門まで駆け抜けた結果、今回の依頼に乗り気でなかった約半数を追い越して、やる気のある連中の最後尾に着けることができたようだ。
同乗している冒険者は見たところ20代でD級の4人パーティが2組で、それぞれが無言で装備や消耗品の確認に努めている。
その表情は真剣そのもので、全員がこれから始まるであろう魔獣たちとの戦いに備えて集中しているように見えた。
一方、俺とクリスはというと――――
「実は昨日、この前ギルドで声をかけた女の子と商店街でばったり会ってさ。食事に誘ってみたんだけど、やっぱりダメだったんだよね……」
「ギルドで?ああ、またあの飛び蹴りか。あ、いや、もうお前の趣味に文句をつける気はないんだが…………懲りないな?」
「いやー、あんなに素敵な人に会ったのは初めてだからね。首を縦に振ってくれるまでは何度でも誘ってみるつもりだよ」
「あんまりしつこく誘ってると、ギルドの奥に連れていかれるかもしれないぞ?」
「え、何それ?連れていかれるとどうなるの?」
「さあな。ただ、子供の頃に受付嬢にしつこく迫った若い冒険者が、マッチョなおっさんに担がれて連れていかれるところをみたことがあるんだが……。そいつは人生を諦めたみたいな壮絶な顔をしていたな」
「え……?まさか、いやいや、違うよね!?」
「連れて行かれてみれば、真実がわかるんじゃないか?」
「絶対に嫌だよ!!」
なにやら勘違いをしているらしく真っ青になったクリスを、俺は茶化して笑っていた。
なにせ、やることがない。
前世で片道1時間程度の通勤電車の中では、スマホでソシャゲに興じたり、揺れにも負けずにうたた寝したりで時間をつぶしていた。
しかし、俺は生まれ変わってからスマホというものを見たことがないし、今乗っている馬車が止まるのは接敵したときだということを考えると眠ってしまうのもよろしくない。
この魔導馬車は造りがしっかりしていて、窓から景色を眺めることもできるようになっているが、今更草原を眺めたところで面白いとも思えなかった。
そう考えると、クリスと雑談しながら緊張をほぐしておくと言うのはあながち悪い選択でもないのだが――――
「おい!お前らふざけてないで準備をしておけよ!」
「そうよ!うるさくて集中できないわ!」
そろそろマズいかなと思ってはいたが、片方のパーティから苦情が来てしまった。
俺だって通勤電車のなかでキャッキャと騒ぐ学生を疎ましく思うことがあった。
退屈を我慢してでもそろそろ黙っておくべきかと思った矢先のことで、少し申し訳なく思う。
ここはひとまず謝っておくか。
「ああ、すみま――――」
「ひよっこのやることにいちいち目くじらを立てるとは、みっともない」
「本当ね。情けないこと」
「ああ?なんだと!?」
俺の謝罪を遮って、もう片方のパーティが苦情を言ったパーティにケチをつけ始めた。
「あの――――」
「ずいぶん言うようになったじゃねーか。魔獣にケツを噛まれたときの歯形は治ったかよ?」
「まったく、いつの話をしているんだ。我々はもう子どもではないのだぞ?いい加減大人になったらどうだ?」
「それはこっちのセリフだろーが!!」
当事者であるはずの俺を蚊帳の外に置いて続けられる素敵な言葉のキャッチボール。
話を聞いていると、どうやら両パーティは古くからの知り合いらしく、対抗心が高じてか非常に仲が悪いようだ。
冷静な(フリをしている)方も俺たちをかばってくれる意図はなかったらしく、相手に噛みつくチャンスを狙っていただけのようだということがわかり、俺はため息をつく。
なるほど、確かにこれはうるさい。
苦情を言ってきた方のパーティには心の中で謝っておくことにしよう。
「ねえ、人にうるさいって言っておきながら、自分たちが騒ぎ始めるのは――――」
「クリス、ステイ」
余計なことを言おうとしたクリスを制しつつ、罵詈雑言をBGMに装備の最終チェックを始める。
接敵予想地点は、もうすぐそこまで迫っていた。
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