第61話 メイド服とプレゼント
窓から差し込む陽射しを浴び、自室のベッドで目を覚ます。
それだけのことが至高の贅沢のように感じられるのは、命の危険を無事に乗り切ることができたからか。
陽射しの角度を見るにずいぶんと寝坊してしまったようだ。
柔らかな毛布を跳ねのけて背伸びをしてからベッドを出た。
俺の寝室になっている2階の一番奥の部屋は、おそらくこの屋敷の主人の執務室として使われていた部屋だ。
広すぎる空間は落ち着かないため、寝室にあった特大のベッドやら鏡台やらを色々と運んできて、ようやく我慢できる程度に狭くなっている。
鏡に関しては鏡台のほかに全身が映る大きな鏡も設置したが、屋敷には俺とフロルだけだから部屋から出るために着替えたり髪を整えたりはしない。
欠伸をしながら部屋を出ると、『コ』の字型の廊下を階段の方に歩いて行く。
玄関の正面にある階段は踊り場から左右に分岐し『コ』の字の上辺と下辺に繋がっているので、階段の踊り場まで含めれば『ロ』の字型に近い形だ。
2階の廊下を一周しても仕方がないので素直に階段を下りる。
階段を下りたところにあるエントランスホールは、絵画や彫刻などの美術品で訪問客の目を楽しませるために広いスペースが用意されている。
今はよくわからない絵画が1枚かけてあるだけで少しだけ寂しい状態だったので、せっかくだからと俺の装備を飾った。
鏡を置けばここで装備を装着してそのまま狩りに出かけられると考えたが、流石に横着が過ぎるだろうか。
「フロル、おはよう」
食堂に入るとフロルを見つけた。
ちょうど台所から俺のために遅い朝食を運んできてくれたようだ。
「おお?今日の服はかわいいな、フロル」
今日のフロルの衣装はいつもの白いシンプルなワンピースではなく、黒を基調としたブラウスとスカートだった。
その上にフリル付きの白いエプロンドレスが付いたクラシックなメイドっぽい服――――というかまさにメイド服だ。
食器をテーブルに乗せると俺の前までやってきて、クルリと一回転してみせてくれる。
言葉はなくてもその仕草だけでフロルの意図は十分に伝わる。
「ああ、よく似合ってるよ」
評価を聞いて満足そうに微笑むと、フロルは次の食器を運ぶために台所に戻っていく。
そんなフロルを見送った俺は、テーブルに料理が出そろうまでの間に席に座ってフロルの心境を考えていた。
(自分で縫ったのか……?)
家のことばかりで自身の服にはあまり頓着しない様子だったのに、一体どういう心境の変化――――
『家事や料理をする人には専用の洋服があってな。白黒の服が多いんだが、こんな感じの――――』
「…………あれ?」
すうっと背筋が冷えていく。
ふと思い出された、酒を飲みながらメイド服について講釈をたれる男の声。
一体、誰の声だろうか。
そんな現実逃避もつかの間、雪崩を起こすように昨夜の記憶が甦ってくる。
『フライドポテトは細長い方が好きだ』
『お風呂の温度はもう少し高くてもいい。季節に合わせて調節してくれるともっといい』
『――――』
『フロルは家のことをやってくれるだけでいい。俺が安心して過ごせる環境を整えてくれるだけで、俺は本当に嬉しいんだ』
『泥棒が家に忍び込んできたら逃げるんだぞ?でも、そのうち頑張って撃退できるようになろうな!』
『――――』
『実は、俺はある組織に命を狙われていてな……。外は危ないから家から出ないように……目立つような行動は控えなきゃいけない……。それと――――』
『世の中には不思議な武器がいっぱいあってな!鉄の箱が火を噴いて遠くにいる相手をなぎ払うなんてこともできるんだぞ。すごいよなあ……。でも、世の中にはもっと――――』
『はー、俺も何か魔力を戦闘に役立てられたらいいんだけどなあ……。魔力を飛ばして遠くにいる魔獣を斬りたいとか贅沢は言わないから、せめて斬撃の威力が上がったりとかしないもんかね……』
『俺は将来英雄になるんだ!だからフロルも、家妖精の英雄を目指して――――』
『――――』
『――――』
『――――』
「………………………………………………………………………………あああぁ」
真っ赤になった顔を両手で覆って俯く。
俺は長らく攻撃魔法が使えないことを悩んでいたが、今なら<火魔法>を使えるかもしれない。
(ど、どうしよう……)
今更、やっぱりなしとは言えない。
酒を飲んでも酔い醒ましはいらないなんて豪語しておきながら、果実酒の1本や2本で泥酔して言わなくていいことまで言ってしまった――――そんなこと、言えるわけがない。
(というか、家妖精の英雄ってどんなだよ!箒で悪人でも掃除するつもりか!!)
悪人を殺すことを『掃除』と表現する創作物が記憶の片隅に残っていたのだろうか。
いや、フロルに関係する話ならまだいい。
思い出した話の半分くらいはフロルが全く関係ない愚痴のような何かだったような気がする。
戦車の話にいたってはもはや愚痴ですらない。
完全に酔っぱらいの戯言だ。
「くっ…………」
無限に湧きあがる恥ずかしさを何とか耐える。
済んだことを言っても仕方がない、仕方がないのだ。
幸い恥ずかしいということを我慢すれば、ギリギリセーフと言える範囲にギリギリで収まっているはず。
途中で思考停止して記憶の奥底に沈めたから昨夜のことを全て思い出したわけではないが、きっと、たぶん、大丈夫なはずだ。
料理がそろったのに手を付けない俺を不思議そうに見ているフロルにぎこちなく微笑んで、俺は急いで料理を平らげた。
一日家でごろごろする予定を急遽変更し、外出を決意。
フロルの顔を見ていると羞恥心が限界突破して心が折れそうだから、食べ終わったらすぐに出かけることにしよう。
「さて、どうしようか」
今日は完全休養日ということで、剣は持たず防具も付けていない。
首から下げた冒険者カードは服の中に隠し、目的もなく西通りをぶらついた。
着ている服は装備を新調した日に一式銀貨1枚で買った安物の古着だが、着心地は悪くない。
より肌ざわりが良い服もあるにはあるが、それらは値段が桁一つ、場合によっては二つも違うので購入は難しい。
そのうち寝間着だけでも良質なものを用意できればいいかなと思う。
(ああ、生地だけ買ってフロルに作ってもらうのもいいかもしれないな)
それならいくらか安くあがるかもしれない。
じっくり観察したわけではないが、あのメイド服を自作できるなら俺の寝間着くらいは作れるだろう。
今は毎日忙しそうだから、もう少し落ち着いたらお願いしてみよう。
何も考えずに歩いていたら都市の西端である西門までたどり着いてしまった。
このまま門を通過する気はないので再び西通りを引き返す。
探検がてら北西区域や南西区域に入ってみることも考えたが、北西区域は領主の私兵である騎士や都市の治安維持を担当する衛士の詰め所があるからなんとなく行きにくい。
南西区域も西門付近は工業地帯になっているため、眺めて楽しいものは何もない。
西通りに面する様々な商店を眺めながら都市の中央へと戻っていく。
食事処が並ぶエリアに入ると、この前フィーネと行った少し高めの料理店のほかにもおいしそうな匂いを漂わせる店をいくつか見つけた。
もっとも、先ほど遅い朝食を済ませたばかりだから今日のところは素通りだ。
(意外と何もないんだな……)
生まれて初めて大金が手に入ったから少しだけ贅沢してみようかと思い、高級店目当てにやってきたのだが、子どもの頃に憧れた西通りも実際に探してみると欲しいと思うものは多くない。
華やかな礼服に美術品、楽器に家財道具――――今の俺には不要。
装飾の付きの剣や磨き上げられた美麗な全身鎧――――今の俺には不要。
実用的な魔法効果付きの武具も売っていて、これに関しては俺も興味を持ったが、値札を見た瞬間に頭が冷えてしまった。
溜息をついてふと遠くを見ると、都市中央の噴水とその左手に見える時計台が目に飛び込んでくる。
よそから来た者にとっては観光名所であるこれらの建造物も俺にとっては見飽きたもの。
時計台のある建物の下の方の階層は領主の配下や役人がいる政庁になっているはずだが、冒険者である俺には全く縁のない――――
「あ、そうだ。税金納めに行かないと」
縁は、あった。
いろいろあったせいで当初の目的を完全に失念していた。
金貨3枚という法外な――――孤児出身の俺にとっては尋常ではないほどの金額を要求され、必死に金を稼いできたのだった。
商売の心得に『収入はできる限り早く。支払いはできる限り遅く。』なんていうものあったような気がするが、万が一払い忘れては大変だ。
(これに優先する支払いもないだろうし、今日のうちに支払っておくか)
手持ちを確認すると、金貨が1枚と大銀貨が4枚に銀貨以下がジャラジャラと音を立てた。
税金を支払うには足りないから、一度冒険者ギルドにいって口座から金を引き出さなければならない。
(そういえば、フィーネにも礼を言わなきゃな)
ギルドに報告はしているから結果は彼女にも伝わっているはずだが、散々世話になっているのだからこういう義理を欠かすのはよろしくない。
「せっかくだから、フィーネに何か贈り物でも買っていくか」
憧れの西通りに来たのだ。
何も買わずに帰るというのも忍びない。
世話になった礼も兼ねて、高価すぎないアクセサリを選んでプレゼントしてみよう。
受付嬢に贈り物なんて本当にナンパ男になったみたいだが、もう実際にナンパもしてしまったわけだから気にすることもないだろう。
そうと決まれば早速行動開始だ。
装飾品店を目指して踵を返した俺は、再び西通りを歩き出した。
依頼のために一般人が詰めかける昼時に訪ねるのは迷惑かと思い時間をつぶすつもりだったが、装飾品店であれこれ迷っていると案外ちょうどいい時間になってしまった。
人に贈るものは自分で使うものを選ぶときより時間がかかる。
それが買い慣れないアクセサリの類なら尚更だ。
隙あらばより高い商品を勧めてくる店員をあしらいながら、俺はなんとかあらかじめ決めた額で買い物をすることに成功し、その足で冒険者ギルドに向かった。
昼時のラッシュは終わったようで、冒険者ギルドには穏やかな時間が流れている。
丈夫そうな黒い石材の床と白系統の壁紙で飾られたロビーをゆっくりと進みながらフィーネの姿を探すが、今日も彼女は奥で仕事をしているようだ。
せっかく買ってきた贈り物を渡せないことは残念だが仕方ない。
どの窓口に行こうか迷っていると、昨日俺の話を聞いてくれた女性が手すきのようだったので、そちらに近づいていくことにする。
昨日のことを思い出すと恥ずかしくて話しにくいが、こういうのは割り切って流してしまわないといつまでもこの人と話しづらくなってしまう。
どうせそのうち話すことになるなら、きっと早い方がいい。
向こうも俺のことを覚えていたようで、微笑みながら一礼して俺を迎えてくれた。
「こんにちは。昨日はありがとうございました」
「こちらこそ。昨日の様子だと少し心配だったけれど、もう大丈夫みたいね」
「ご心配をかけてしまったようで、お恥ずかしい限り」
「いいのよ。若いんだから失敗だって経験よ」
失敗をばかにした様子もない、純粋に心配してくれたらしいお姉様は名をイルメラといった。
フィーネと一緒に居るところをよく見かけたのでそうではないかと思っていたが、やはりフィーネが一人前になるまでは彼女の教育係だったらしい。
俺はちょっとした雑談に続いて用件を告げようとすると、しかし予想に反してイルメラから待ったがかかった。
「今日はフィーネがいるから、あの子を呼んでくるわ」
「え?それは…………でも、いいんですか?」
俺としてはフィーネの方が気安いし、今日は用事もあるからありがたい。
しかし、そういった要望をこちらから出すのは、彼女らからすればチェンジと言われるようでいい気はしないはずだ。
「気を遣うことはないわ。上級冒険者以外でも、有望な冒険者には特定の職員を担当としてつけることはあるしね。もちろん、誰でも好みの子を選べるワケじゃないから、他の冒険者には内緒よ?」
お茶目にウィンクして奥へ下がっていくイルメラを一礼して見送る。
今の話ぶりだと俺の担当にフィーネが就いたということなのだろうか。
俺とクリスが稼いだ金額はD級冒険者の稼ぎとしては確かに驚くべきものかもしれないが、その大半は盗賊のアジトにあったものをかっさらってきただけなのだ。
それをもって有望と言われるのは正直具合が悪い。
「聞いたわよー、妖魔に威圧されて逃げ帰ってきたんですって?」
「開口一番がそれか」
長い綺麗な金髪を揺らして奥から現れたフィーネは挨拶するヒマさえ与えず、容赦なく傷口を抉ってきた。
感じていた微妙な気まずさがあっさり吹き飛ばされ、俺の心の中を呆れが支配する。
俺の憂いを取り除くために狙ってやっているならたいしたものだが、にまにまと楽しそうに笑う受付嬢からそのような気遣いは感じられない。
少しは先ほどのお姉様を見習ってほしいものだ。
「ふふ、まあ無事でよかったわ。おかえり、アレン」
「おう、ただいま。……最初にそれが出てくれば、素直に感謝できるんだがなあ」
「なによ、感謝はしなさいよ。危ない橋渡って儲け話を提供してあげたこと、忘れたわけじゃないんでしょ?」
「もちろん覚えてるさ。覚えてるが、なんだろうな、この気持ちは……」
受付台の上で手を組んでがっくりと項垂れてみせると、当の本人は心外だとでも言うように腕を組んで仁王立ちしながら俺に用件を告げろと催促する。
「それで、今日はどうしたの?その恰好だと今から近場で狩りってわけでもなさそうだけど。あ、今日はあんまり時間がないから、ナンパはお断りよ?」
「…………」
かわいい顔が笑ってウィンクしているのに、先ほどのお姉様とこうも受ける印象が違うのはどうしてだろうか。
呆れを通り越してなんだかイラっとしてきた。
これでプレゼントなんて渡してしまえば、フィーネを余計に調子づかせる気がするが――――
「……今回の件の礼を言いに来たんだよ。あとこれ、気に入ったら使ってくれ」
「え?なになに、プレゼント?開けてもいい?」
「ご自由に」
どうせフィーネに贈る以外に使い道もない。
流石に捨てるのはもったいないと思い、イライラを堪えて包装されたケースを手渡した。
フィーネは上機嫌ながらも丁寧に包装をはがして折りたたむと、中身を取り出して驚きの声を上げる。
「え!?これ…………」
「どうだ?」
ナンパのセンスがないと言われても気にはならないが、贈り物のセンスをけなされるのは避けたいと思って、店員を突き放さずになんとかいろいろ聞きだして選んだもの。
緩やかに菱形を模るリングの中央に小さな緑色の宝石を浮かべたシルバーのネックレスだった。
「これ、安物じゃないよね?銀製?いくらしたのよ?」
「値段聞くかよ……。銀貨7枚だ。安物じゃなく、あんまり深い意味を持たせずに贈るならこんなとこだろ?ちなみに、真ん中の宝石は幸運の意味があるらしいぞ」
「銀貨7枚って……、あんたお金ないんでしょ?嬉しいけど、こんなの買ってる場合じゃないでしょう……」
喜ばれるか貶されるかと緊張しながら反応を待っていたが、震える手でネックレスを握りしめる彼女の表情は優れない。
予想外の展開に、俺は理解が追い付かずに動揺してしまう。
「え、なんだ?どうした?」
「どうしたじゃないわ!詳しくは聞いてないけど、あの銀髪の人と二人で行って報酬は折半したんでしょ?それ以外にも経費だって掛かるはずだし、そこから銀貨7枚も出して手元にいくら残ったのよ!300万デル稼がなきゃいけないってのに、あんたはあと何回危ない橋を渡るつもりなの!?」
フィーネがあげた大声に反応して、フロアにいた数少ない一般客や冒険者たちの視線が集まる。
受付の奥にいた受付嬢たちも、受付から奥への視線を遮る少し高めの仕切りから首だけ出してこちらの様子を窺っている。
フィーネが鋭く睨みつけるものだから少し怯んでしまったが、なるほど彼女の反応がようやく理解できた。
「フィーネ、まずは冷静になって、な?」
「なによ!わたしは冷静よ!」
フィーネお得意のセリフと実態が合ってないパターン。
あんまり人に聞かれたい話ではなかったが、かくなる上はやむを得ない。
「フィーネ、落ち着け」
「ッ!」
ネックレスを握りしめる彼女の手を、その上から俺の手が少し強引に握りしめる。
「金は、目標額を稼いだ」
「はあ?何を言って……」
「今日はお前に礼を言うついでに、口座から金貨3枚を引き出しに来たんだ。それを見ればわかる」
「…………わかったわ」
フィーネが一度奥へ戻ろうとすると仕切りの上に並んでいた受付嬢たちの首も一斉に引っ込み、フィーネが一冊のファイルを持って戻ってくると再び仕切りの上に受付嬢たちの首が生えた。
仕切りの奥がどうなっているのか大変気になるが、今はフィーネの方に集中する。
フィーネが不機嫌そうにパラパラとめくるファイルは、おそらく俺の情報がまとめられたものだろう。
細かい線で区切られた口座情報らしきページでフィーネの手が止まり――――そこからの反応は俺にも予想できる。
「はあ!?いっせ――――モゴッ」
「ストップ。人の財布の中身をバラしてくれるな、オーケー?」
素早くフィーネの口を押さえて、そこから先の言葉を封じる。
俺が不在の間、屋敷にいるのはフロルだけなのだから泥棒に入られるのは勘弁だ。
こくこくと首を小さく振って了解の意を示すフィーネから手を離すと、フィーネは食い入るように書類を凝視する。
「………………書類が間違ってるんじゃないの?」
「失礼な……。間違いなく、俺が稼いだんだ」
本当に失礼なことを言ってくれる。
腹いせに仕切りの上に生えている首のひとつ――――元教育係のイルメラお姉様の眉が吊り上がっていることは黙っておいてやろう。
この書類を作成したのは彼女なのだろうから、あとでしっかり絞られるといい。
「本当に?」
「内訳の記録とかないのか?」
「あるわ……」
また、パラパラと書類がめくられて、止まる。
じーっと書類を見つめた後、ファイルをひっくり返して表紙の名前を確認する。
「『アレン』違いの可能性は――――」
「あるのか?」
「……ないわね」
フィーネはファイルを元に戻して、なおも書類とにらめっこを続ける。
そろそろ諦めて俺の稼ぎを認めてほしいものだ。
でないと、仕切りに生えた首が笑いを堪えるのが大変そうで見ていられない。
「仕方ない……認めてあげるわ、アレン。あなたがしっかり目標額を稼いだことを」
「お、おう」
ようやく気が済んだのか、パタンと書類が閉じられる。
神妙な顔つきで俺の稼ぎを認めてくれたフィーネは、胸の前で両手を合わせてにっこりと笑うと矢継ぎ早に言葉を繰り出し始めた。
「必要なお金が稼げたならよかったわ!流石私が見込んだアレンさんね!でも、あなたならできて当然かしら?私はあなたならできると思っていたから依頼を振ったんだもの!うんうん、当然よね!コホン、……ところでアレンさん、西通りのレストランで期間限定の特別ディナーコースを出すそうなんですが、ご存知でした?」
「…………」
ここまで露骨なお願いをされたのは初めてだ。
人のナンパを酷評したくせに、こいつのセリフも大概ひどい。
「今日は時間がないからナンパお断りなんじゃなかったのか?」
「あ、そうだった!でも別に今日じゃなくても……、あれ、でも確か期間は3日後までで、えーと……。あ、ダメだ、仕事が終わらない……」
「……残念だったな」
ころころを表情を変えたフィーネだが、最後には本当に残念そうに受付台に両手をついて打ちひしがれている
なんだかこっちまで残念な気持ちになってくるほどに悲しそうな様子だ。
だが、俺はそんな彼女に言わなければならないことがある。
「なあ、フィーネ」
「……なに?」
仕事が片付かずにディナーを逃した――そもそも俺は連れて行くとは言っていないが――せいでやる気なさそうに返してくるフィーネに、さらに追い打ちをかけるのは本意ではないが。
「金貨3枚の引き出し、手続きよろしくな」
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