第47話 閑話:とある少女の物語12
「今月分が、ない……?」
月に一度、私が待ち望んでいたお楽しみの日。
意気揚々と魔女の執務室に押し入った私に、魔女は少しだけ申し訳なさそうに鑑賞会の中止を告げた。
「お前の故郷へ向かう飛空船が動かない。なんでも、道中が『豪雪』という天候異常に見舞われているらしい」
「……そんなの聞いたことないわ」
もちろん、一度目では聞いたことがある。
雪が降ったから飛行機が飛ばなかったり電車が止まったりなんてことはこと珍しいことではない。
しかし、ここではどうだろうか。
故郷の都市でもこの帝都でも、四季とは気温が少々上がったり下がったりする程度のものであって、大雪や台風のような極端な天候の変化は今まで起きたことがなかった。
少なくとも、私の知る限りでは。
それに、本日の帝都は快晴だ。
ここに来るときは飛空船に乗ったから都市間の正確な距離はわからないけれど、飛空船が飛べないほどの雪が降っていると言われてもにわかには信じがたい。
もっとも、この期に及んで魔女がウソをつく理由はないから、おそらく事実なんだろうけれど。
「疑いたくなる気持ちもわかるが、事実だ。なんなら飛空船の発着場に行って出航予定を確かめてきてもいい」
「ウソだとは言わないけど……。迂回して飛ばすことはできないの?」
「飛空船が運航する都市の数はそう多くないし、飛空船の航続距離にも限界がある。そして、お前の故郷に最も近い発着場はこの帝都だ」
「じゃあ、陸路なら?」
「無理だ。帝都の天気からは想像もつかないだろうが、東へ向かう大街道は途中から石畳と草原の区別ができないほどに白く染まっているらしい。すでに遭難者も出ていると聞く」
「……陸路で迂回するのは?」
「東の山やら森やらを北から迂回か?北東の商業都市まではともかく、そこから先の街道が整備されていない土地を進むのは現実的ではない。土地鑑のない人間ならなおさらだ」
「なら、私が魔法で雪を溶かして………」
「………………」
それは流石に無理か。
それが実際に可能かどうかは魔女の馬鹿を見るような目が物語っているし、そもそも私がどうにかできる程度の雪で飛空船が止まったりはしないだろう。
つまり、鑑賞会の中止は決定してしまったわけだ。
「はあ……つらい……」
「天候ばかりはどうにもならんだろう。ほら、余っている菓子を好きなだけ持って行っていいから、さっさと宿舎に戻れ。お前が好むクリームを乗せたビスケットもあったはずだ」
ソファーに轟沈する私を厄介払いするように、魔女がお菓子を勧めてくる。
以前、魔女がやらかしたときにお菓子をせびってからというもの、お菓子さえあれば私の機嫌が直ると思っている節がある。
文句を言ってやりたいところだけれど、文句を言ったところで飛空船が飛ぶわけでもない。
文句を言って飛行船も飛ばず、お菓子ももらい損ねるというのは馬鹿らしい。
(こんなこと考えてるから、お菓子で懐柔できると思われるんだろうなー……)
そのうち、お菓子で懐柔されるにも限度があるということをガツンと教えてやらねばなるまい。
でもまあ、今日のところはお菓子をもらって帰ることにしよう。
クリーム乗せビスケットは結構好きだし、ニーナの大好物でもある。
好きなだけ持って行っていいと言ったからには、両手に抱えられるだけ持って行っても文句は言われないだろう。
魔女のことだ、もし私が家中のお菓子を食べ尽くしたとしても、明日には補充していることだろうし。
私は鑑賞会が中止になったことを残念に思いながらも、大量のお菓子を入手できたことに満足しながら、魔女の屋敷をあとにした。
しかし、次の月も。
その次の月も。
私は大量のお菓子を抱え、魔女の屋敷をあとにすることになった。
◇ ◇ ◇
宮廷魔術師への任命式を翌月に控えたある日。
私は魔女の執務室で、部屋の主と向かい合っていた。
帝国でわずか10人にしか許されない栄誉を賜った――正確には内定した――弟子はこれまで受けた指導について師匠に感謝の気持ちを述べ、師匠は弟子の努力と才能を褒め称える。
しかし、そこに和やかな雰囲気は欠片もない。
こんなやり取りは本題に入る前の前座に過ぎないのだと、お互いが理解しているからだ。
もともと私と魔女の関係は利害関係の一致によるところが大きい。
3年余りの時間をかけて、若干の信頼関係が芽生えてきたと言えなくもないが、そこに麗しい師弟愛など求めるべくもない。
力関係に絶望的な差があった過去も、その差が大きく詰まった現在も、根幹は変わらない。
魔女は、強力な魔術を使える配下を。
私は、彼を理不尽な現実から守る力を。
互いが求めるものを提供し合うことで、私たちは協力関係を築いてきたのだ。
今、その関係にヒビが入りかけている。
理由は言うまでもない。
「最後にあの子の姿を見てから、もう5か月よ!私が何を言いたいか、わからないとは言わせないわ!」
「わかっている。わかっているが、どうしようもないこともある。それは貴様もわかっているだろう」
魔女が苛立たしげに答えたとおり、『豪雪』は数か月もの間、帝都と故郷を寸断し続けた。
帝都にこそ影響は及ばなかったものの、帝国建国以来の異常事態に宮廷から調査団が派遣される事態となり、つい先日まで魔女自身もその一員として豪雪地帯に派遣されていた。
しかし、結局原因はわからず仕舞い。
豪雪地帯の中心部に近づくことも叶わず、かろうじて数年前の南の火山の異変が関係しているのではないかという説を挙げたものの、これを証明するものは何も得られぬまま調査隊は物資の枯渇により調査継続を断念し、帰還する結果となっている。
そして第二次調査隊は編成されなかった。
数か月間も続いた豪雪が徐々に弱まっていることが確認され、多大な人員と物資を消費して原因を追究するよりも、様子を見るべきという論調が宮廷内で支配的になったからだ。
「雪のことはわかってる!でも、それとこれとは別問題でしょう?あなたは私に『彼を守ってやる』と言ったのに、5か月も様子もわからない状態が続いてる……。雪に隔てられた私の故郷にあなたの守護が届いているって、どうして言い切れるの!?」
八つ当たり気味の話だということは理解している。
それでも、『努力したけど無理でした』では意味がないのだ。
私が求めるのは結果だけ。
彼の安全が保障されていること。
私が求めるのは、知りたいのはそれだけなんだから。
もはや私の不安と焦燥感は限界を超えていて、なりふり構ってなどいられなかった。
「ならどうしろというのだ!言ってみろ!」
「陸路で迂回すればいいでしょう!」
「それは現実的ではないと結論が出たはずだろう!」
「どれだけ迂回したって5か月もかからないでしょう!最初からそうしてればよかったのよ!」
私と魔女は感情的に言葉をぶつけ合う。
自分の力ではどうにもならない苛立ちを、ぶつける相手が欲しかったのかもしれない。
目的を忘れた罵り合いは、いつ終わるとも知れなかった。
けれど、その終わりは唐突に訪れた。
それを終わらせたのは、恐る恐る執務室の扉を叩いた使用人の言葉だった。
「飛空船の出航が決まりました。辺境都市へ向かう飛空船の出航は、明日の朝です」
執務室につかの間の沈黙が訪れた。
聞こえた言葉を頭の中でゆっくりかみ砕いて、故郷の都市に行けるようになったということを理解して、私は心の中で快哉を上げた。
けれど、それを表情に出すことはしない。
まだ、話し合いが終わっていないからだ。
私は短時間で頭をフル回転させ、魔女を説得するための手順を構築する。
難しいことはない。
状況は私が圧倒的有利。
魔女が血迷わなければ破談になることはない。
破談になったところで痛手を負うのは私ではなく魔女だ。
魔女も宮廷に棲みつく魑魅魍魎を相手にしてきた自負があるだろうけど、今回ばかりは手札が悪いと思ったのか冴えない表情をしている。
今頃どうにかして私をここに留める方法を探していることだろう。
なら、これ以上考える時間をあげる理由もない。
「私が行く。絶対に行く。任命式までには戻る。止めても無駄」
「…………」
言いたいことを一息で言い切った。
任命式まではあと10日もないけれど、明日出発して明後日帝都に戻れば準備のために十分な時間が残る。
私と飛空船の発着場でドンパチを始めるよりは、魔女にとっても建設的な提案だといえるはずだ。
もうあの時とは違う。
魔女が一方的に制圧できるほど、私は弱くないのだから。
「私が同行する。それが条件だ」
魔女はため息をついて、私の要求を受け入れた。
しかし、ひとつ大事な要求を忘れていたので、私はあわててそれを付け加える。
「ついでにアレックス君も連れてくる」
「宿舎はペットの持ち込みは禁止だ」
「ッ!彼はペットじゃないっ!!」
「ならば、なおさらだ。知ってのとおり、あれは女子用の宿舎だぞ?」
「…………私が自分の家を用意するまででいいから」
「そもそも、あの少年が帝都に来ると思うか?」
「え?」
「もう12歳になったのだろう?想いを寄せる娘の一人や二人いるかもしれんぞ」
「んな!?そんなことない!!………………はずよ」
「……少年のことは、お前が責任を持てる範囲で好きにしろ。私はどうなっても知らん」
3年越しの帰郷。
待ちに待ったあの子との再会。
嬉しいことしかないはずなのに。
(魔女が変なこと言うからよ……)
私の胸の中で、拭いきれない不安と焦燥感が燻っていた。
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