第34話 閑話:とある少女の物語1

side:リリー・エーレンベルク



 宮廷魔術師第三席、テレージア・フォン・ドレスデン。

 極悪非道の魔女に屈した日から、早くも1か月が経過した。


(少しの間、魔法を教えてもらうだけのつもりだったのに。なんでこんなことになっちゃったのかしら……)


 頬杖をつきながら、私の心を映したようにどんよりとした帝都の空を見上げる。


 現実を突きつけられ、この場所に縛られることになったあの日から。

 私は国内各地から集められた魔法の素養のある少女たちと一緒に、極悪魔女の屋敷の敷地内に建てられた宿舎で暮らしていた。

 魔法の素養のある少女たちと一括りにしても、その内訳に大した共通点はない。

 年齢だって今の私より小さい子もいれば18歳くらいの子もいるし、魔法もその辺の魔法使いより使えるという程度から国に仕える魔術師と遜色のない程度まで様々。

 共通しているのは貴族やその関係者ではないというただ一点に過ぎない。


 そんな少女たちが100人近くも集まれば、こうなるのは必然と言えるのだけど。


「あらあらリリーさん、そんなところで何をしているのかしら?その場所は、私たちが毎日お茶会で使うのと決めているのですから、早く譲ってくださらない?」


「はあ?こんな見晴らしのいい場所を毎日独占しようなんて、とんでもない話よね。今日は私たちが勉強会に使うって伝えてあるはずだけど、忘れたの?」


「あ、あの!このテーブルを使いたい人は多いと思うんです。なので、交代で使ってはどうでしょうか?」


 思わず溜息が漏れてしまう。

 人が3人集まれば派閥ができるというけれど、その例に漏れずこの宿舎にも3つの派閥が存在していた。

 といっても、この少女たちの派閥に何か譲れない信念があるわけでも全員に共通した特徴があるわけでもない。

 ただ、この狭い宿舎の中で少しでも優位に立ち、楽に生活するためだけに派閥を形成しているのだ。


(くだらないことに私を巻き込まないでほしいんだけどなー……)


 別に派閥を成したり所属したりすることについて、否定的な考えを持っているわけではないけれど。

 ただ、この狭い――といっても敷地や建物としての広さは相当なものだ――宿舎の中で優位を得てどうするのかと呆れてしまう気持ちがあることも事実。


 今だってそうだ。

 私が居座る白を基調としたおしゃれなテーブルセットは、私の背後にある同種のものと合わせて20人程度が利用することができる。

 穏やかな晴れた日にお茶会なり勉強会なりすれば、確かにそれは素敵な時間になるかもしれない。


 けれど――――


(こんなどんよりとした曇り空の下、しかも肌寒い日にお外でお茶会なんて……風邪をひくだけじゃない。少し風も出てきたし、本のページがめくれて勉強の邪魔にもなるでしょうに)


 意地なんだろうなあ、と他人事のように傍観する。

 実際にこの場所をめぐる言い争いはテーブルセットを占有する私そっちのけで続けられている。

 自分が巻き込まれるのはゴメンだけど、見ている分にはいい見世物かもしれない。


(さて、今日は誰がこの場所を勝ち取るのかしら?)


 1人目の、毎日このテーブルでお茶会を催すらしい少女の名前はブリギット。

 この宿舎にいる者としては古参で、元々は商家の娘だったらしい。

 彼女の派閥は主に16歳から18歳までくらいの少女たちで構成され、人数は30人ほど。

 年齢層や人数から察するとおり、この宿舎における影響力は非常に大きい。


 2人目の、このテーブルで勉強会をやりたいらしい少女の名はイゾルデ。

 彼女の家は――――なんだったかな。

 庶民だなあ、と思った記憶だけが残っているから多分普通の家庭で育った子なのだろう。

 彼女の派閥は14歳くらいから18歳くらいのまでの少女たちで構成され、人数は20人を超えるくらい。

 人数でブリギットにやや負けているものの、彼女たちが争っているところは今日に限らずよく見かけていた。

 ブリギットとイゾルデはどちらも18歳くらいに見えるから、そのことが彼女たちの争いを助長しているのかもしれない。


 3人目の、このテーブルで何をやりたいのかわからない少女の名はニーナ。

 彼女のことは正直に言うとよく知らない。

 見てわかるのは彼女の派閥を構成する少女たちが、彼女と同じく14歳くらいの少女たちであるということだけ。

 人数は――――15人くらい。


 少女の数をざっくり数えて、私はそう判断する。

 ちなみにブリギットとイゾルデの後ろにも、同じように派閥に所属する少女たちが控えて互いににらみ合いを続けている。

 こんなテーブルセットのために宿が集まって時間を浪費しているなんて知ったら、極悪魔女は悲嘆にくれるだろう。

 本当にいい気味だ。


(さて……)


 私はおもむろに椅子から立ち上がり、背伸びをして体をほぐす。

 見世物にも飽きてきたし、そろそろ宿舎の中に戻らないといけない。

 もともと少し外の空気を吸いたくなっただけなのだから、私はこのテーブルセットに用なんてなかった。

 立っているよりは座った方が楽だから手近な椅子に腰かけた。

 ただそれだけのことなのだ。


 争い続ける少女たちをその場に残し、私は宿舎の中に戻っていく。


 そんな私に続き、20人くらいの少女たちも宿舎の中に引き返した。




 私がここに来る前まで、この宿舎には3つの派閥が存在していた。




 そして今は、4つの派閥が存在している――――らしい。





 ◇ ◇ ◇





「あんたたち、寒いなら我慢してついてこなくてもよかったのに」


 後ろをついてくる少女たちに声をかける。

 私は<火魔法>があるから寒くない。

 と孤児院の裏庭で魔法の練習をしていた時にやっていたように、火を周囲に浮かせて暖をとっていたのだから。

 でも、後ろをついてきた少女たちは違うだろう。

 現に近くにいた10歳くらいの少女はクシュンとかわいいくしゃみをしている。


「でも、リリー姉さまの近くにいると、あの人たちに絡まれないから……」

「ああ、そっかー……」


 私は少女たちの行動原理を理解する。


 事の発端は私がこの宿舎にきたとき、つまり、あの非道の魔女に心を打ちのめされた直後のことだ。

 彼を自分の力で守るができないという事実を突きつけられ、悔しさ、悲しさ、怒り――――様々な感情を持て余し、やり場のない思いを抱えていたそのとき。

 たまたま古参の少女が私にちょっかいをかけてきたのだ。


 その結果は言わずもがな。

 よく覚えていないけれど、相当ひどいことをしてしまったような気がする。

 やり場のない怒りのやり場を与えてくれた少女には今でも本当に感謝している。

 おかげで自分の心の中を整理する余裕を持つことができたのだから。


 まあ、それはさておき。

 問題は私が古参の少女を私刑に処した現場が、多くの少女が集まっていた食堂だったということだ。

 どうやら極悪魔女から散々にこき下ろされた私の<火魔法>も、この宿舎にいる少女たちにとって相応の脅威であるらしい。

 そんな事情で私は古参の少女たちから避けられるようになったわけなのだけれど。

 それと対照的に私と同じくらいの年齢の子が近くに集まるようになったことは感じていた。

 100人近くの少女が暮らす宿舎の中にいれば周りに少女たちがいても不思議ではない。

 私にとって不快なことをするわけでもないから、したいようにさせていた。

 その人数が少しずつ増えていっても気にしないようにしていた。


 そして、その結果はご覧のとおり。


(つまり、私はいじめっ子避けってわけね)


 そんな気はしていたけど、寒いのを我慢してまで私の傍から離れたくないと思っているとは。

 古参の少女たちは、この子たちに何をしていたのだろうかと眉をひそめてしまう。


「仕方ないわね。危ないから触っちゃダメよ?」


 そう注意してから、私の周りを漂わせていた火を彼女たちに分け与える。

 寒そうにしていた少女たちは口々にお礼を言ってから、数人ずつ火を分け合って暖をとり始めた。

 そんな少女たちの行動の端々から私の機嫌を損ねないようにという気遣いを感じてしまい、こんな幼い子がそんな気遣いをしなければならない現状を作り出した極悪魔女への怒りがふつふつと湧いてくる。


(まあ、私がしてやれることなんて、これくらいしかないんだけどね……)


 私は弱い。

 極悪魔女に、そのことを思い知らされたばかりだった。






 寒空の下から暖炉がある宿舎3階の談話室の柔らかいソファーに移動する。

 この部屋は十分に暖かいから私の火がなくてもこの子たちは寒くないだろう。


「私の部屋に本をとりに行ってくるから、あなたたちはここにいなさい。すぐ戻るわ」


 何も言わないと部屋までついてきそうだったから、私は初めて少女たちに指示を出した。

 この宿舎において私と少女たちの立場は同等なのだから、少女たちが私の指示など聞く必要はまったくないというのに、誰も私に指示されることを疑問に思っていない。

 むしろ、うれしそうにしている子までいる。


(これで完全に派閥の主になっちゃったかなあ……。まあ、いっか。外から見たら今までだってそうだったんだろうし)


 カルガモのヒナのように後ろをついてくるのは11歳から13歳くらいまでの少女たちだ。

 可愛くないと言えばウソになる。

 私が近くにいるだけでこの子たちを襲う理不尽が少しでも軽減されるというのなら、それくらいはしてあげたいと思う気持ちもある。


(まあ、なるようになるか)


 部屋に戻った私は談話室で読むための本を1冊選ぶと、すぐに部屋を出る。

 すると私の部屋の前の廊下で一人の少女が私を待ち構えていた。


「リリー姉さま!なんであんな奴らに場所を譲ってしまったのですかっ!?あの場所はリリー姉さまが座っていた場所なのに!」


 我慢できないといった様子で私に問いかける私と同じくらいの年頃の少女は、名をレオナという。

 腰までのばした綺麗な金色の髪に、彼女のお気に入りらしい薄い水色のワンピースがよく似合っている。

 その容姿は黙っていれば深窓の令嬢と言えるほどにお嬢様然としているにもかかわらず、正義感が強く勝気で男勝りな性格で、なんだかちぐはぐな印象を受ける少女だ。


「ちょっと外の空気を吸いに行っただけだもの。それに私がずっとあそこにいたら、あんたたちが風邪をひいちゃうでしょ?」

「私たちを気遣ってくれたんですか!?うれしいです!」


 さっきまでの怒りはどこへやら、一転してうれしそうにするレオナを適当にあしらいながら談話室に戻る。

 そこでは少女たちが思い思いの場所に座ってこちらを見つめていた。

 視線が集中するのはいつものことだと気に留めず、明らかに私のために空けられている暖炉の近くのソファーに腰かけ、読書に勤しむことにする。


 しかし、今日は何かがおかしい。


(何かしら?なんだか雰囲気が……)


 周囲の少女たちが、なにやら困っている気がする。

 誰も何も言わないから何に対して困っているのか理解できないけれど。


 考えていても仕方ない。

 私はたまたま目が合った少女に、どうして困っているのか聞いてみることにした。


 すると――――


「あの、リリー姉さま……。お手洗いに行ってきてもいいでしょうか……?」

「え?…………ああ、私がここにいなさいって言ったから……?」


 困ったようにうなずく少女たち。


「トイレくらい行きたい時に行きなさい。飲み物やお菓子や本を取ってきたい人も好きにしなさい。自分の部屋に戻りたいなら戻ってもいいわ、あんたたちの好きにしなさい」


 一息で言い切ってから大きく溜息をつく。

 すでに、少しだけ面倒くさくなってきた。


 この先やっていけるかなあ?



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