第33話 閑話:とある宮廷魔術師の物語1




「どいつもこいつも…………さっさと立たんか!この根性なしども!!」


 死屍累々。

 芝生の上に転がる配下の魔術師たちを叱咤するが、方々からうめき声が上がるだけで起き上がる者はいない。

 中には気絶しているものすらいるという惨状に、私はこれ見よがしにため息を吐いて見せる。


「これでは訓練にならんな。残りの時間は反省でもしていろ!」


 私は吐き捨てると、返事も聞かずにその場を後にした。






 私専用に手配された魔導馬車の御者に今日は徒歩で帰ることを告げて、我が屋敷へ向けて歩き出す。

 屋敷へと帰る道すがら、皇帝陛下の居城を振り返った。

 雲一つない青空と陽の光を反射して光り輝く純白の城。

 その非の打ちどころのない絶景とは裏腹に、その中身は汚濁に塗れている。


 高齢になり床に臥せることが多くなった皇帝をよそに、権力闘争に明け暮れる大臣や上級貴族共。

 戦争中だというのに帝都に引きこもり、訓練と称して無駄金を使い続ける将軍や騎士共。

 そして宮廷魔術師団という宮廷魔術師の補欠組織に所属したことだけで満足し、鍛錬を怠る配下の魔術師共。


 本当にどうしようもない。


(いや、もはや私も汚濁の一部か……)


 魑魅魍魎が跋扈する城の中で我を通すには力が必要だ。

 私利私欲に走り国を堕落させる輩を排除するためには力が必要だ。

 そのために、本来であれば魔術の研究に勤しみ、その成果をもって祖国に貢献すべき我々宮廷魔術師すら権力闘争の一翼を担っている。

 比較的マシといえる貴族を味方につけるためにその子弟を配下に取り込んだ結果が、あの情けない宮廷魔術師団なのだから、傍から見れば権力闘争のために宮廷魔術師団を堕落させたと言われても仕方ないだろう。

 誹りを受けても返す言葉がない。


「お待ちください、ドレスデン卿!」


 宮廷から私を追ってきたのか。

 今では同僚となった我が弟子が風を伴って舞い降りた。


「何事だ、ヴィルマ?いい歳してバタバタとみっともない」

「歳は関係ないでしょう!それに歳なら師匠なん、て…………いえ、なんでもないです」


 余計なことを言おうとした馬鹿弟子を睨みつけて黙らせる。


「やれやれ。若い頃は『テレージア姉さま』と慕ってくれたというのに。歳月というものは残酷だな」

「ここは天下の往来。我が帝国に9人しかいない宮廷魔術師、その第三席である師匠を名で呼ぶわけにはまいりません」

「ほう?宮廷魔術師第八席のお前を呼び捨てた私に対する当てつけか?」

「なんでそうとるんですか……もう」


 肩を落として脱力する我が一番弟子は、名をヴィルマ・アーベラインという。

 平民でありながら貴族の子弟が溢れる宮廷魔術師団で才能を開花させ、見事宮廷魔術師まで上り詰めた逸材だ。


「あの馬鹿どもに、お前の半分でいいから才能と根性があればな」

「師匠…………」

「すまない、くだらない愚痴を言った」

「いえ、そんなことは」


 優秀な魔術師は大半がどこかの派閥か組織に所属している。

 愚痴を言っても我が配下に優秀な魔術師が増えることはない。

 だから優秀な魔術師を配下に加えるためには、魔術の素養のある魔術師のヒナを私自ら一流の魔術師に育てあげなければならない。

 人を使い、魔術の才能が有ってどの貴族の息もかかっていない子どもを探させ、魔術を教え込む。

 そのような気の長い取り組みを始めてから、かれこれ10年が経過した。

 多くが孤児や平民の子であったが、今頃芝生で昼寝しているであろう屑どもより良い魔術師になった者もちらほら出てきた。


(だが、屑どもよりは良い魔術師、という程度ではダメなのだ……)


 私が現役を退く日は遠い未来のことではない。

 それまでにヴィルマを支えることができる程度に優秀な若手魔術師を用意できなければ、宮廷魔術師という勢力も馬鹿共の手に落ちる。

 そうなれば、もう帝国の崩壊を止めることなどできないだろう。


「それで、お前はなぜ私を追ってきたのだ?」

「ああ、そうでした……。新たなが本日到着すると伝えに来たんでした。もう師匠の屋敷に着いている頃だと思います」

「そうか、それは楽しみだな」

「全然楽しくなさそうに言いますね……」


 仕方あるまい。

 この方法が最善と考えてはいるが、届けられる子どもの大半は期待外れなのだから。


「でも、今日のヒナは期待できると思いますよ。なんでも、あのバルバストルの血筋だそうですから」


 期待できると胸を張りながら一気に期待を損なう説明を口にするバカ弟子に、私は呆れてついつい溜息をこぼしてしまう。


「お前、私の目的を忘れたようだな。バルバストルの息がかかった子どもなど連れてきてどうする?あの業突く張りジジイの血族なんざ願い下げだ」


 宮廷魔術師第二席、アドルフ・フォン・バルバストル。

 北の公爵領との内戦であげた戦果によって第二席に抜擢された平民出身の魔術師。

 宮廷魔術師への任命とあわせて皇帝陛下から一代限りの名誉貴族位を賜り――――それによって権力への妄執にとりつかれてしまった哀れな男だ。

 魔術の腕は確かなのだから、ただ魔術を突き詰めていけば我ら宮廷魔術師の長たる地位すら狙えたというのに。


「バルバストルの血族ではありますが、名を奪われて孤児院に押し込められていたところを見つけたのだそうですよ。孤児院の者によると、孤児院に預けられたのはその子が2歳の頃で、以後バルバストルの者は一切孤児院に姿を見せなかったとのことです」

「ほう……なるほど、なるほど。バルバストルが捨てた子どもを育ててバルバストルをやりこめようというわけか。いい趣味してるじゃないか、ヴィルマ。見直したよ」

「人を何だと思ってるんですか!いい加減にしないと泣きますよ?」

「はっはっは!さて、それでは帰ったら早速、期待のヒナとご対面といこうか」


 私は少しだけ、そのヒナに会うのが楽しみになった。





 ◇ ◇ ◇





「こんにちは!あなたがわたしに魔法を教えてくれる、偉い魔法使い様ですか?」


 屋敷に戻り、配下がまとめたヒナに関する情報に目を通してから応接室に赴くと、少女がひとり、ゆったりとソファーに腰掛けていた。

 出された茶菓子を遠慮なくむさぼり、屋敷の主が帰ったというのに立ち上がりもせず、名乗りもせずに話しかけてくる。


(一体どんな教育を……ああ、そういえば孤児だったか)


 ならば礼儀作法を求めるだけ無駄というもの。

 そのようなものは必要になったら仕込めば良い。

 今は手に持った茶菓子をテーブルに置いただけで満足しておくとしよう。


 それにしても、孤児がいきなりこんな――――自分で言うのもなんだが立派な屋敷に案内されたというのに、ずいぶんと落ち着いている。

 魔術の技量はわからんが、度胸だけは文句なしに合格点をやってもいい。


「偉いかどうかはわからんが、お前を連れてくように指示したのは私だ。それと、多くの魔術師は自らの魔術に誇りを持っているからして、『魔法使い』と呼ばれることを嫌う。覚えておくことだ」

「あ、はい!魔術師様!」


 威勢のいいことだ。

 天真爛漫に目の前の少女。

 いつまでこの調子いられるか楽しみだ。


「あのっ!私はここにくればもっと魔法がうまく使えるようになるって、そう聞いて来たんですけど――――」

「私が教えるに足ると判断するだけの実力があれば、な。さて、外に出ろ。さっそくお前の魔法を見せてもらう」

「……はい!よろしくお願いします!」


 返事の前に一瞬だけ見せた不満そうな顔。

 反骨精神のあるやつは嫌いじゃない。


 これはなかなか面白いことになりそうだ。




 屋敷の裏手、広大な庭の一角に設けた魔術演習のための広場に、私はヴィルマと少女を伴って足を運ぶ。

 周囲には強力な対魔術防御結界が設置されており、下手クソがあさっての方向に魔術を使っても隣の屋敷に被害が及ぶことはない。

 もっとも、隣の屋敷がある場所はここから数百メートルほど離れており、下手クソが魔術を飛ばせる距離でもないのだが。


「さて、本気で撃ってこい!遠慮はいらん!」


 愛用の杖は取り出さぬまま20メートルほどの距離をとり、少女へ向けて言い放つ。

 こういう輩をその気にさせるには煽るくらいが丁度いい。

 彼我の実力差を思い知らせるのは、最初が肝心だ。


「え?魔術師様に向けて、ですか?そんなことをしたら危ないです」

「二度は言わんぞ?」

「…………どうなってもしりませんから、ね!」


 そういうと少女は、一呼吸で手のひらサイズの火球を生み出し、少し山なりにこちらへ向けて撃ち出してきた。


(ふむ、まあ、悪くはないか?)


 同じくらいの火球を当てて造作もなく相殺する。

 少女が目を見張る様子をつまらなそうに見返してやる。


「なんだこの腑抜けた魔術……ではないな、これはただの魔法だ。ただ魔力で生み出した火の玉をぶつけるだけ。何の工夫もない。術とは言えない」

「ッ!」

「これで終わりか?これなら魔術師を目指すよりも、娼館で客を取った方が稼げるんじゃないか?なんなら良い店を紹介してやってもいいぞ」

「言わせておけばっ!」


 激昂した少女は、さきほどよりも二回りほど大きな火球を自分の周囲に4つ生み出すと、それをこちらに投げつけてくる。

 数は増え威力も増し、軌跡も直線状で少しだが速度も上がった。


 だが、それだけだ。

 このような使い方では実戦ではまず当たらない。


(まあ、そのあたりはこれから鍛えればいいか。素材としてはとびきり上等、実によろしい)


 似たような魔法に対して、こちらも似たような魔法をぶつけるのでは芸がない。

 自分の正面に堅牢な土壁を生成し、火球への盾とする。

 4つの火球は全て土壁に阻まれ、巻き起こる炎も爆風も私に届くことはない。


 爆風をしのぐと、手を振って土壁を崩す。


「ふん、くだらん。火球を生み出して投げつけるしか能がないらしいな。ま、せっかく辺境からのこのこ出てきた田舎娘だ。追い返すのも哀れだから、合格にしておいてやる。ヴィルマ、この娘を宿舎に案内してやれ」

「よろしいのですか?」


 腕試しを見ていたヴィルマが念を押してくる。

 ヴィルマは単にこの娘を宿舎に案内することについて確認をとったわけではない。

 彼女が何を言いたいのか、理解はしている。

 この小娘にどんな事情があるかはわからないが、そのあたりを踏まえてもなおこの娘は手元に置いておくに値する。


「ああ、かまわ――」

「その必要はないわ」


 しかし、私の言葉は思わぬところから遮られた。


「ほう、どういうことかな?」

「やめるってことよ。あなたに魔法を習うことを」

「お前っ!!自分が何を言っているかわかっているのか!」

「だってねぇ……いくらなんでも、これはないわ。こんな威張り散らす貴族のテンプレみたいなオバサンに教えを乞うなんて」

「なっ……!!」


 私が反応する前にヴィルマが横から怒声を浴びせる。

 表情を見やると、どうやら本気で怒っているようだ。

 いつものらりくらりと掴みどころのないこいつを怒らせるなんて、よくやったものだ。


 だが今はそれよりも――――


「ところで小娘、演技はもういいのか?」

「あら?気づいてたのかしら?」


 小娘の言動の端々から感じていた違和感。


 純粋で天真爛漫のように見えて、目が笑っていない。

 挑発に対して激昂しているように見せて、まだ力を隠している。


 表面的なことはその程度だが、一見して性格の悪い子どもが猫を被っているだけにも見える小娘。

 こいつから、私はそれ以上の何かを感じていた。


「むしろ、どうして気づかないと思ったんだ?」

「…………本当に、癪に障るわ。あなた」


 まるで同格の者同士が言い合うような会話。

 このやりとりが宮廷魔術師であり一応は貴族の端くれである私と辺境で育った孤児との間で繰り広げられているというのだから、聞く者が聞けば卒倒するだろう。

 現にヴィルマなど怒りでわなわなと震えている。


「き、貴様っ……、よくも師匠に向かって!……師匠!こいつを私に任せていただけませんか!数日いただければ、この腐った性根を叩きのめしてみせます」


 本音が駄々洩れだ。

 叩きのめしてどうするのか。

 小娘に煽られて激昂する馬鹿弟子も、小娘と一緒に再教育してやらねばならないらしい。


「よせ、ヴィルマ。我々は野生動物ではないのだぞ?建設的に話し合いと行こうじゃないか。なあ、バルバストルの小娘よ」

「その名でわたしを呼ぶな」


 抗議する声は落ち着いたもの。

 しかし、その声音には静かな怒りが込められている。

 先ほどの見せかけの怒りとは違う、本物の怒りだった。


「くくくっ……そうカッカするな。そんなにバルバストルが嫌いか?」

「あんたには関係ないことよ」


 努めて落ち着いて見せようとしている小娘だが、その声音や視線から滲み出る怒りを隠しきることはできていない。


(どうやら、バルバストルへの嫌悪感は本物らしい。ますます好都合だ)


 結局、小娘が天真爛漫な少女を演じていた理由はわからなかったが、それはもうどうでもいいことだ。

 この国の宮廷は天真爛漫な少女が渡っていけるほど、甘いところではないのだから。


「それじゃ失礼するわ。さよなら、オバサン」


 小娘はそう言い残すと、踵を返して屋敷の正門の方へ向かっていく。


「おいおい、そうつれないことを言わないでほしいものだ。お前にはじっくりと、魔術の何たるかを教えてやる。ありがたく思うといい」

「必要ない、と言ったのが聞こえなかったの?年を取って耳が悪くなってしまったのね、ご愁傷様」

「もちろん聞こえている。聞こえているが、その上でお前の意思を尊重するつもりがない、と言っている」


 魔術的素養にしても度胸にしても、これほどのヒナが見つかることはもうないだろう。

 せっかく捕まえた極上のヒナを逃がしてやるつもりなどさらさらない。


 しかし、お前の意思などどうでもよいと直球で告げられた小娘はまた怒り出すかと思いきや、意外にも楽しそうにこちらを振り返る。


「あら、私の才能が欲しくなったのかしら?地面に額を擦り付けてお願いできるなら、考えてあげなくもないわ」


 本当に愉快な小娘だ。

 まだ自分に主導権があると思っているのだろう。

 この小娘がこの後どんな顔になるのかと想像すると、ついつい頬が緩んでしまう。

 我がことながら、本当に良い性格をしていると思う。


「お前の才能が欲しいと思ったというところはその通りだ。だが、お願いするのはお前の方だと思うぞ?」

「御託はもう聞き飽きたのだけど?」

「それは残念。なら、代わりにこんな話はどうだ?黒髪に蒼い瞳、聡明で将来有望な、とある辺境の孤児院に居る少年の話――――」


 私の言葉が終わるか終わらないか。

 小娘の周囲が深紅に染まり、放たれた灼熱の奔流が激しい圧力をもって私を押し流そうとする。

 瞬時に私を殺すことを決断した判断力に感心するべきか、軽率な行動に呆れるべきか。

 不意を突かれた形になった私がなんとか割り込ませた氷の障壁は、ほんの数秒で圧力に耐えかねて砕け散る。

 障壁を爆散させ、その威力を減じてもなお、ただの魔術師相手なら致命打になり得る程の大火力が私を襲った。


(ははっ!まさかこれほどとは!この娘を見つけた者には褒美を弾まねばなるまいな!)


 もっとも、宮廷魔術師である私を傷つけるには些か火力が足りていない。

 元々高い魔術抵抗、<火魔法>の習熟による高い火属性抵抗、高度な魔術防御結界を仕込んだローブ。

 それらは氷の障壁で減衰した小娘の魔法を、十分な余裕をもって防ぎ切った。


「答えなさい!彼に何をしたの!?返答によっては屋敷を灰にしてやるわよ!!」


 小娘が憤怒を露わに怒声を発する。

 その反応をみるに、小娘に関する情報の中にあったとやらは、小娘に対して十分に有効であるようだ。

 もはや感情を抑えようという気も見られず、その険しい視線からは掛け値なしの殺気が放たれている。


 さて、それでは仕上げといこうか。


「くくっ、安心するといい。私も配下も、その少年に対して何も危害を加えていない。もっとも私が危害を加えるまでもなく、あの少年の末路は悲惨なものになると思うがな」

「一体何を!」

「気づかなかったのか?お前の暮らしていた孤児院は、孤児を売って金を得ているのだぞ?」

「なっ……!?」


 目を見開き、絶句する小娘。

 どうやら本当に気づいていなかったらしい。

 まあ、それも当然か。

 に事情を感づかれては逃げられてしまうから、孤児院側も隠蔽には最大限気を配るだろう。


 しばし放心していた様子の小娘。

 ハッと我に返ると、一目散に屋敷の正門へ向かって駆けだした。

 私は当然それを見送ることはせず、小娘の正面に氷の槍を突き刺して小娘の進路を塞ぐ。


「邪魔をするなぁっ!!」

「どこへ行く気だ?」

「そんなの決まってる!今すぐ孤児院に戻って、彼を孤児院から助け出すわ!」

「助け出すのは結構だが。幼い貴様がさらに幼い少年を連れ出して、一体どうしようというのだ?」

「それは――――」

「その歳の貴様を雇う者などまともであるはずもなし。それこそ娼館くらいだろう。それとも冒険者でもやってみるか?幼い少年を連れて?それともどこかに置き去りにして?くくっ……、そんな生活は、その少年にとってさぞや安全で楽しいものになるだろうな」

「…………」


 小娘の瞳が揺れ動く。

 きっと少年を助ける方法を必死に探しているのだろう。

 しかし、そんなものは存在しない。

 身寄りのない孤児二人。

 この小娘ひとりならばともかく、無力で幼い少年を連れて安全に生きていけるほど、この世界は甘くない。


 小娘の瞳が次第に絶望に染まっていく。

 気丈な振る舞いは鳴りを潜め、心が折れかけているのが手に取るようにわかる。


(そろそろ頃合いか)


 私は小娘にゆっくりと近づき、努めて優しく語り掛ける。


「なに、心配せずとも良い。私がその少年を守ってやろう」

「ッ!なに、を……」


 一瞬だけ瞳に宿った希望と、それを認めることへの苦渋。

 この小娘は本当に私を楽しませてくれる。


「お前がここで魔術の修業をし、私を満足させるだけの成果を出し続けることができるのならば、私がその孤児院に十分な資金を援助してやろう。なんなら孤児を売らぬよう圧力をかけてやってもいい。宮廷魔術師第三席たるこの私に逆らうことができる者など、そうはいない。まして、吹けば飛ぶような辺境の孤児院など、私の言いなりさ」

「…………」


 絶望の後に見出した一縷の望み。

 それがどれほど頼りないものであっても、振り払うことは難しい。

 それに、考える時間を与えてやる理由もない。


「さて、一度だけ聞いてやろう。私に何か、言うことはないか?」

「…………ッ!」


 反抗的に私を見上げた赤い瞳は、すぐに恐怖に塗り替わる。

 ここで私に逆らうことの愚かさを理解できる程度には、この小娘は賢いようだ。

 もちろん、そうでなくては困る。


 少しの間をおいて、小娘が俯く。


「お願いします……。私に、魔術を教えてください……」

「よろしい。物わかりのいいヒナは嫌いではない」


 もはや反抗する気力を失ったのだろう。

 小娘は俯いたまま反応を返さなかった。


(今はこれくらいにしておくか。本当に心が折れてしまっては困る)


「さてと……。ヴィルマ、待たせたな。この小娘を宿舎へ連れていけ」

「……はい」


 ヴィルマが私を責めるような目でこちらを見やる。

 大方、やりすぎだとでも思っているのだろう。


 ヴィルマが小娘の肩に手をまわし優しく支えるように宿舎へと連れて行くのを見届けると、私も屋敷の私室へと戻った。

 ローブを収納かけ、椅子のひとつに腰掛ける。


「ふう……、少し疲れたな」


 小娘に対して余裕を見せようとしたが、想定よりも強力な魔法を使われたことにより即席とはいえ障壁を砕かれる無様を晒した。

 あれのせいで、小娘を余計に追い詰めなければならなくなってしまったのは完全に誤算だった。

 結局は私の望む結果に落ち着いたものの、反省せねばなるまい。


「くくっ……。私は、きっとロクな死に方をしないだろうな……」


 反省するのは、小娘を従えるための手順を誤ったことについてだ。

 をやめるつもりなどない。


 祖国のため、私の目的のため、手段を選ぶつもりはない。

 どんな非道でも飲み込んで見せる。


 私は決意を新たにして、今は体を休めるために少しだけ目を閉じた。



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