序章閑話

第31話 閑話:A_fairytale0




 わたしは、石でつくられた家の小さなへやで生まれた。


 へやのなかには、わたしだけ。


 ほかには、だれもいなかった。


 へやにはまどととびらがあって、けれどとびらは開かなかった。


 へやのなかには埃がたまっていたから、あつめてまどから外に捨てた。


 掃除をするのはたのしかったから、わたしは、埃がたまっていなくても、まいにち掃除をした。





 ◇ ◇ ◇





 ある日、へやのとびらが開くようになっていることにきづいた。


 こっそりと家の中をしらべてみると、家の中にはだれもいなかった。


 家の中は、荒れ果てていた。


 家中を掃除しようかと思ったけれど、わたしが生まれたへやからはなれると、魔力がうすくて少しくるしくなるから、へやのなかですごすことがおおかった。


 でも、しばらくすると、へやのなかにいてもくるしくなってきた。


 なんとなく、わたしはここでは生きていけないのだと思った。





 ◇ ◇ ◇





「なんということだ……。精霊の泉が消滅したこの地に新たな魔力溜まりが発生したと聞いて来てみれば、家妖精なぞに喰い尽くされているとは。なんと腹立たしいことか」


 ある日、にんげんがやってきた。


 そのにんげんは、魔力をいっぱいもっていた。


「仕方ない。一応研究材料として持っていくか」


 そのにんげんは、わたしを袋にいれて家からつれだした。


 家からでるのは、くるしくてこわかったけれど、がんばってがまんした。




 そのにんげんの家は、わたしが生まれた家よりずっと広かった。


「家の手入れをしろ。それと、朝と夕方に食堂に料理を用意しておけ。そうすれば最低限の魔力はくれてやる」


 そのにんげんは、わたしをみおろすと、そう言ってわたしに魔力をあたえてくれた。


 でも、それはほんの少しだった。


 ぜんぜんたりない。


 くるしいのがなおらない。


 わたしは、もう少しだけ魔力をわけてほしくて、わたしからはなれようとするにんげんの手をにぎった。


 すると、そのにんげんは、とてもこわい顔でこちらにふり返った。


「これは……ッ!<アブソープション>か、役立たずのくせに強欲な!消されたいのか!?」


 二度と使うな。


 そういって、にんげんは2階にあがっていった。


 わたしは、言われたことをいっしょうけんめいがんばった。


 そのにんげんに魔力をもらわなければ、わたしは生きていけない。


 そう、知っていたからだ。





 ◇ ◇ ◇





 それからしばらくたったある日、そのにんげんがいなくなった。


 どこかにでかけたきり、そのままもどってこなかった。


 わたしは、家のなかにあった魔石の魔力をもらって、なんとか生きのびていた。


 あのにんげんがかえってきたら、魔石をかってにつかったことで、なにをいわれるか考えただけでおそろしかったけれど。


 でも、そうしなければ生きていけなかった。





 ◇ ◇ ◇





 わたしには、魔力をあたえてくれるにんげんがひつようだ。


 魔石から魔力をもらったら、家のなかでできることがふえたけれど、魔石はいつかなくなってしまう。


 きれいに掃除をしたら、にんげんがやってくるだろうか。


 おにわでやさいをそだてたら、にんげんがやってくるだろうか。


 家のそとに、にんげんをさがしにいくことはできなかった。


 家のそとにでるのは、こわかった。





 ◇ ◇ ◇





 あのにんげんとはちがう、体がまあるいにんげんが家にやってきた。


 あのにんげんがいなくなってから、もうずいぶんじかんがたっていて、魔石もいっぱいつかってしまった。


 あのにんげんは、魔力をもらってはだめだといっていたけれど、このにんげんからなら魔力をもらってもいいだろうか。


 おこられるかもしれないから、うしろからこっそりちかづいて、魔力をわけてもらった。


「……?うわ、なに……」


 まあるいにんげんは、ぱたりとたおれてしまった。


 おこられるかも、とおもったけれど、たおれてしまうとはおもわなかった。


 どうしよう。


 まあるいにんげんにシーツをかけてようすをみていたら、しばらくして目をさました。


 へんなこえをあげて、シーツをあたまにかぶったまま、家からとびだしていった。


 シーツを持っていかれてしまった。


 まあるいにんげんも、もどってこなかった。





 ◇ ◇ ◇





 また、しばらくして、こんどはおおきなにんげんがやってきた。


「死霊屋敷かなにか知らんが、割安で借りられたのはツイてるな」


 おおきなにんげんは、そういって、家のなかをみまわりはじめた。


 魔力をわけてもらったら、たおれてしまうかも。


 そうおもったけれど、どうしたらいいか、わたしにはわからない。


 わたしは、こまりながら、やっぱりにんげんのうしろをこっそりついていった。


 おおきなにんげんは、魔石のあるところにたどりついた。


「おお!魔石じゃねーか。こりゃ本格的にツキが回ってきたか?」


 おおきなにんげんは、魔石をふくろにいれて、持っていこうとする。


 それはだめ!


 それを持っていかれたら、わたしは生きていけなくなっちゃう!


「な……、クソ!なにが……」


 だめだとおもったけれど、魔石を持っていかれたらこまるから、わたしはそのにんげんから魔力をわけてもらった。


 わたしが魔力をわけてもらうと、にんげんはやっぱりたおれてしまった。


 そのにんげんも、目をさますと家から飛び出して、そのままもどってこなかった。


 こんどは、シーツをかけなかったから、シーツは持っていかれなかった。


 また、にんげんがいなくなった。





 ◇ ◇ ◇





 魔石がのこり少ない。


 これからは、もっとせつやくしないと。


 でも、せつやくしても、魔石はすこしずつなくなっていく。




 そのとき、わたしはどうなってしまうだろう。






 ◇ ◇ ◇






 とうとう、魔石がなくなってしまった。




 家のなかにあった魔石を、ぜんぶ、つかってしまった。




 すこしずつ、くるしくなっていく。




 からだが、うごかなくなっていく。




 でも、おそうじはしないと。




 おにわのやさいに、みずをあげないと。




 にんげんが、いつやってきてもいいように。






 ◇ ◇ ◇


















 ◇ ◇ ◇




 もう、うごけなかった。


 もうすぐ、わたしはいきていられなくなってしまうとわかってしまった。


 だれもつかわない、まいにちおそうじしてきたソファーにわたしはすわった。


 だれのやくにもたてないことが、わたしとおなじで、かわいそうだとおもった。






 ふと、わたしが生まれた家にいたときのような、あたたかい感じがした。


 気づいたら、ソファーのちかくに、あのにんげんではない、まあるくない、おおきくもない、にんげんがたおれていた。


 まだ、魔力をもらっていないのに。


 そうおもいながら、さいごのちからをふりしぼって、そのにんげんに手をのばした。


 魔力をもらったのがしばらくぶりだったからか、いままでにもらったどの魔力よりもあたたかく、わたしのなかにしみこんでいく。


 すこしずつ、くるしさがなくなっていった。


「…………なんだ?」


 にんげんが、めをさました。


―――消されたいのか。


 あのにんげんが、わたしに言ったことばが、いまさらあたまのなかにうかんでくる。


 にげなくちゃ。


 そうおもったけど、わたしのからだは、まだおもうようにうごかなくて、うしろにさがるのがせいいっぱいだった。


「おまえ……魔力を?」


―――<アブソープション>か!役立たずのくせに強欲な!。


 きづかれてしまった。


 もうだめだ!


 せっかく魔力をもらったのに!


「違う。別に怒ってるわけじゃない」


 わたしは、そのにんげんをみあげた。


「なあ、おまえもしかして、俺の魔力があれば消えずに済むのか……?お前は助かるのか?」


 そんなことをきいて、どうするのだろう。


 でも、こたえなかったら、おこられるかもしれない。


 わたしは、小さくうなずく。


「なら、いいぞ」


 のぞんでいたはずのことばなのに、わたしは、そのことばをしんじることができなかった。


 わたしがまよっていると、そのにんげんは、さきほどまでのように床にころがった。


 わたしは、そのにんげんのようすをしばらくうかがっていた。


 ほんとうに、魔力をもらってもおこらない?


 ほかのにんげんたちのように、この家からいなくなってしまわない?


 でも、かんがえてみると、このにんげんから魔力をもらわないと、けっきょくわたしはまたうごけなくなってしまう。


 わたしは、ゆうきをだして、もういちどそのにんげんに、手をのばした。




 すこしずつ、みたされていく。




 からだのなかに、あたたかさがあふれていく。




 かなしくないのに、なんだかなみだがでてきた。






 ◇ ◇ ◇






 朝になって、わたしは初めて、お庭の野菜をつかってご飯をつくった。


 そのひとは、わたしに名前をつけてくれた。


 あなたのなまえは?


 私はまだ上手に言葉を話せなくて、そのひとにそう尋ねることができないのが残念だった。


 もっと魔力をもらえば、わたしもお話できるような気がする。


 その日がくるのが、とっても楽しみだった。


 ご飯をたべおわると、そのひとは家から出ていこうとした。


 出て行かないで!


 わたしを見捨てないで!


 わたしは、必死になって、そのひとをとめようとした。


「日が暮れるまでには戻ってくる。いい子にしてろよ」


 そう言い残して、そのひとは結局出て行ってしまった。


 わたしは、お掃除をがんばった。


 お料理もがんばった。


 そのひとに魔力をもらって、新しくできるようになったことも含めて、いっぱいがんばった。


 そのひとが戻ってきてくれるように。


 日が暮れそうになると、そのひとが出て行った玄関のところに行って、そのひとが帰ってくるまで祈っていた。


 そのひとは、約束どおり帰ってきてくれた。


 そのひとの「ただいま。」を聞いたときは、すこしだけ涙が出てしまった。




 次の日の朝も、このひとは家から出て行った。


 でも、わたしは不安な気持ちにはならなかった。


 このひとは、帰ってきてくれる。


 わたしがいい子にしていれば、ちゃんと帰ってきてくれる。


 初めてわたしは、そう信じることができた。


 わたしには、このひとが必要だ。


 だから私も、このひとに必要とされたい。


 このひとのために、できることを増やしたい。




 わたしは、このひとのためになにができるだろう?



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