第30話 決意の朝
部屋に差し込む朝日が眩しくて、目が覚める。
昨日、目を閉じた後、いつの間にか眠ってしまったようだ。
暖かい毛布に包まれている時間は幸せで、もう少し惰眠をむさぼっていたいという気持ちをなかなか振り払うことができない。
「うん……?」
しかし、よくよく思い出してみても毛布を被った記憶がない。
そもそもこの毛布は誰のものだろうか。
カチャリと高い音が部屋に響き、そちらに目をやる。
肩にかかる程度の長さの金色の髪と深い青色の瞳を持つ少女――――の姿をした家妖精が食堂のテーブルに食器を並べていた。
そして、それが終わるとこちらにやって来て、ぺこりと小さくおじぎをする。
背丈は床に座っている状態の俺よりも少し高い程度で、人間の少女だと言われても見分けがつかない。
白を基調としたシンプルなワンピースだが、よく似合っていた。
「朝食を用意してくれたのか?」
家妖精がこくりと頷いたので、俺はゆっくりと立ち上がってテーブルへ。
「サラダと、茹でた芋、それに野菜のスープか」
見事に野菜一色だな、と思ってから芋が野菜だったか思い出せなくてしばし沈黙する。
ずいぶんと寝ぼけているらしい。
その仕草をメニューへの不満と思ったのだろうか、家妖精がすまなそうに目を伏せる。
「ああ、いや、別に不満があるわけじゃない。健康的な、いいメニューだと思う。俺の朝食としては上出来だ」
ただ、この野菜をどこから持ってきたのかは気になった。
調味料や芋はともかく、前の住人が買い置きした野菜が食べられる状態だったとも思えない。
すると家妖精は、笑顔を浮かべながら庭に面した窓を指さした。
「庭……?庭で野菜を育ててるのか?」
家妖精が、再び小さく頷く。
床で眠った俺に毛布をかけ、食事をつくり、食材は自前で用意する。
なんとハイスペックな家妖精だろうか。
「すごいじゃないか……えーと、お前、名前は?」
家妖精が、今度は首を横に振る。
名前はないらしい。
「俺が付けてもいいか?」
家妖精は、こくこくと何度もうなずく。
「うーん……、そうだな……」
自分から言い出しておいてなんだが、名前を付けるのは得意ではない。
何かいい名前がないか、辺りを見回しながら考える。
ふと、テーブルに並べられた花瓶の花が目に留まった。
あいにく花の名は知らないが、白い花弁を持つ綺麗な花だ。
(花…………フラワー……フルール……)
俺は家妖精に向き直る。
「フロル……かな。おまえの名前は、フロルにしよう。どうだ?」
どこの言葉か忘れたが、花という意味を持つ言葉だったはずだ。
無難すぎるかもしれないが、名前というのはわかりやすいほうがいいと思っている。
そんな内心を知ってか知らずか、フロルは大げさなくらい喜んでくれた。
「気に入ってくれたなら何よりだ」
フロルが喜んでいるのをみると、なんだかこちらまで嬉しくなった。
フロルが用意してくれた朝食をおいしくいただくと、外出するための準備をする。
装備や衣服の買い替えに冒険者ギルドへの顔出し。
今日を生きていくために、やらなければならないことは少なくない。
家賃や宿代を払わなくてもよくなったとはいえ食費分は稼いで来なければならないし、フロルが育てた野菜は美味しかったが野菜だけで暮らすわけにもいかない。
「じゃあ、行ってくる」
なぜか悲しそうな顔で縋りつくフロルを説得して玄関のほうへ向かうと、フロルは見送りについて来てくれた。
本人は玄関の外まで見送りに来たかったようだが、フロルを極力人目に晒したくなかったため、ここまででいいと断った。
(おそらく『死霊』の正体はこの子だろうからな……)
感覚から推測すると昨日フロルに与えた魔力は俺の魔力量の半分以上になる。
魔力量に自信がある俺ですらこの調子だ。
魔力の少ない一般人ではわけもわからぬうちに気絶してもおかしくない。
この家がタダ同然だった理由は、この家が死霊屋敷と認識されているからだ。
住人が気絶する理由を知られたら、あの丸い店主がどう出るかわかったものではない。
庭付きお屋敷、ハイスペックな家妖精付き。
正当な対価を支払うことになれば俺の所持金ではどうにもならない。
何がきっかけで露見する恐れもあるのだから、早く稼げるようにならなければ。
俺の人生で唯一守ることができたといってもいいフロルを、金欠が原因で失うなどということになれば、きっと俺は二度と立ち直れないだろうから。
俺はまず、エドウィンから受け取った報酬の大半を使って新しい装備と衣服を整えた。
臆病な俺の逃げ道を塞ぐため背水の陣を敷くという意味を込めて、当面の生活費以外は一切残さない。
逃げることなく、ここで生きていくという自分なりの決意表明だった。
最も金をかけるべきは剣。
そう考えた俺は西通りの高級店――――ではなく、敢えて東通りの寂れた武器屋に足を運んだ。
東通りの武器屋はこの都市で冒険者になろうとしていたときに初めて本格的な剣を調達した店だ。
魔法的な強化や綺麗な装飾は一切なく店主の爺さんが偏屈であるために客は多くないが、剣そのものは頑丈で切れ味も十分。
繊細な剣術など使えない俺にはこちらが向いている。
孤児でいた頃、時折ここの店主の爺さんの手伝いをしてお駄賃を得ていたこともあったが、幸いというべきか初めて店を訪ねた冒険者を装って顔を出した俺に、爺さんは普通の――偏屈爺さんにとっての普通だが――対応をしてくれた。
そのことがありがたくもあり、少しだけ寂しくもあった。
剣は重量と耐久性重視で選び、防具は動きやすさ重視で選んだ。
残った金で中古だが清潔な服を買い、余り金で髪を整えた。
身に着けるものを一新するだけで、気持ちまで心機一転できるような気がするのだから不思議なものだ。
「昨日は死んでもいいとすら思っていたのに、笑っちまうよな……」
全ては気の持ちよう、ということだろうか。
通りを歩きながら、なんと無しに笑みがこぼれた。
「懐かしいな……。3年ぶりくらいか」
装備を一新した俺は、南通りに面する冒険者ギルドの正面に立った。
隣接する酒場ともども、あの頃と変わらない風景がそこにあった。
「おっと……、ここにいても邪魔か」
いつぞやと同じく冒険者の少ない昼時だが、入口前にぼーっと突っ立っていたら邪魔になる。
ギルドの中に入るとやはり冒険者はほとんどおらず、依頼にきたのであろう一般客がちらほら見えるばかり。
冒険者用の受付と一般客用の受付、どちらの受付にいけばいいかなどもう迷うことはない。
冒険者用の受付のひとつに見知った顔を見つけた俺は、そこを目掛けてまっすぐに歩いた。
視線の先には、ほんのりオレンジがかった金色の髪をもつ少女が一人。
彼女はこちらに気づくと軽く一礼し、お決まりの口上を述べ――――
「いらっしゃいませ、本日はどの、よう…………」
述べようとして硬直する。
目は大きく見開かれ、ぽかんと開いた口は言葉を紡がない。
この様子からすると、どうやらフィーネは俺のことを覚えていてくれたらしい。
忘れられていても仕方ないと思っていたから、少しだけ嬉しくなった。
「あ、あ、アレ――」
「俺はアレンという。この都市のギルドを利用するのはこれが初めてだが、よろしく頼む」
「…………はあ?」
俺の挨拶に対してこれでもかというくらいの胡乱気な目つきで見つめ返すフィーネに、『アレン』と記名された冒険者カードを差し出す。
「…………説明してもらうからね」
「そのうちな。ラウラに客は来てるか?」
「今は来てないわ。会っていく?」
「ああ、頼む」
フィーネは一度奥に引っ込んでからすぐに戻ってくると、右手で二階へと続く階段を示した。
俺は一言礼を告げてから、かつてのようにラウラの部屋に向かう。
(ここに来るのも久しぶりだ……)
そういえば冒険者登録をするはずだったあの日、ここに来るという約束をすっぽかしたままだった。
約束を果たさなかったことを怒っているだろうか。
それとも、そんな約束をしたことも忘れているだろうか。
コンコン、と堅い木の扉を叩く。
しばらく待ってみるが、中から声が聞こえてこない。
もう一度ノックして反応がないことを確認し、「失礼しまーす。」と小声で添えながらゆっくりと扉を押し開く。
「……って居るじゃねーか、なんで返事――――」
――――しないんだよ、とは続けられなかった。
ラウラが半眼でこちらを睨みつけていたからだ。
脚を組み、腕を組み、ソファーに深く腰掛ける彼女。
仕草のひとつひとつがこれ以上なく「私は怒っています!」と主張している。
深くスリットが入った衣装も相まって一段と扇情的な恰好になっているが、そんなことを言って火に油を注ぐ間抜けをやるつもりはない。
「ほんとにずいぶんなことだよねー、挨拶もなくいなくなったと思ったら、戻ってきて早々にそんな不躾な視線をよこすなんて、お姉さん悲しいなー」
「………………」
早速、先制パンチをもらってしまった。
視線はすぐ外したつもりだったが、本当によく見ているものだ。
「悪かったな。俺にもいろいろとあったんだよ」
「当然聞かせてもらうよー?何があったらこんなに遅刻するんだろうね、ぴったり4年も遅れてきたからね。まさか日付は合ってるなんて言わないよね?私をこれだけ待たせたのはキミが初めてだよ、自慢していいよー?」
「…………」
「『俺が都市の外に出る前に野垂れ死ぬほど貧弱に見えるってのか?』なんて言ったのは誰だったっけー?アレックスちゃんじゃないよねー、そんなこと言う子がここまで盛大に遅刻するわけないもんねー?」
ラウラの怒りが収まる様子はない。
本当に腹に据えかねていたようだ。
俺は両手をあげて降参のポーズをとりつつ、ラウラの許しを請うしかない。
「悪かったって。そろそろ収めてくれよ」
「……何があったか聞いてから考える」
「そうだな、何から話そうか……。まずは――――」
「それはまた、大変だったねー」
「感想はそれだけか」
割と多難な日々だったはずなのだが。
語りが下手だから、俺が味わった苦難がさっぱり伝わらなかったのかもしれない。
「なになにー?よしよし辛かったねーって慰めてほしいの?いいよー、お姉さんがたっぷり甘やかしてあげる」
私の胸に飛び込んでおいで、とばかりに両手を広げてにこやかに笑うラウラは本当に楽しそうで、なんというか輝いていた。
俺をいじるときが一番綺麗だというのも悲しい話だ。
16歳の少年相応の性欲に任せて胸に飛び込みたい気持ちが少しだけ湧いてくるが、流石にそれをやると色々終わってしまうのでグッと堪えた。
「まあ、それはさておき、キミはこれからアレンとして生きていくということでいいのかな?」
「ああ、アレックスと名乗っても大丈夫なのかもしれないが、リスクは少しでも小さい方がいい」
もうこれ以上、苦難を招くことがないようにと願って、俺はアレンとして生きていく。
それこそ、生まれ変わった気持ちで。
「そっかー。じゃあアレンちゃん、これからもよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
まずは、アレン名義の冒険者カードにスキルの証明を付してほしいとラウラに頼まなければならない。
そう思っていたのだが――――
「さて、じゃあ早速、久しぶりのスキルチェック行こうかー!」
こちらから言い出さずとも早速やってくれるらしい。
本当は心が読めるんじゃないだろうかと思うことは一度や二度ではないのだが、仮に読まれていたところで防ぐ手立てがないなら気にしても無駄だ。
「まあ、実はもう終わってるんだけどねー」
「そうだろうと思ったよ」
どうせ増えてはいないのだろうが。
達観した気持ちで宣告を待っていると、先ほどの楽しそうな様子から一転して優しく慈しむような表情をしたラウラが、予想外の言葉を紡ぐ。
「辛い経験をして、それを乗り越えてきたからかな……。おめでとう。スキル、増えてるよ」
「え、本当か!?」
にわかには信じられなかった。
あれほど望んだ待望の新スキルを、一体いつのまに手に入れていたのだろうか。
「そうか。俺にもようやく新たなスキルが……」
新スキルを習得したからといって、これまでの全てがチャラになるわけではない。
それでも、俺が乗り越えてきた数々の苦難に、いくらかの意味があったと思うことができるのなら――――
「ウッソだよー!てへっ☆」
「……………………」
「ちょっと、何する気!?お姉さん暴力はよくないと思うなー?ねえ、ちょっと、聞いてる!?」
しばしの間、俺は部屋の中を飛び回るラウラを真顔で追い回した。
ラウラが軽く息切れする程度に疲れた頃合いで、俺はラウラを追い回すのをやめてソファーに腰掛けた。
「はあ、はあ……、でも、アレンちゃんが悪いんだよー。前に来た時、『次はスキルが増えてなくても増えてるって言うから』って私が言ったの忘れてるから!」
「そろそろ一発くらい殴っても許されるんじゃなかろうか」
「暴力はんたーい!」
ソファーに寝ころび、足をバタバタさせながら両手でバツを作って抗議するラウラだが、抗議したいのはむしろこっちの方だ。
ギルドに抗議したらどうだろうかと考えてから、俺は<アナリシス>の正規料金を払っていないのだということを思い出して抗議を諦めた。
流石に無料でやってもらっていることにケチをつけるのは非常識だろう。
「でもね、厳密な意味でスキルじゃないけど、増えてることは増えてるんだよねー」
「うん?どういうことだ?」
「言ってなかったかなー?私はね、スキルだけじゃなくて、ギフトを見ることもできるんだよー」
聞きなれない言葉だ。
ギフトとはどういうものなのだろうか。
「ギフトはねー、んー……、なんていうか、精霊の贈り物みたいな?」
「贈り物?」
「うん。精霊がその人の力になりたいって願って、その人に力を与えた結果として発現するスキルみたいなもの、かな。精霊がプレゼントするスキルみたいなものと思ってくれれば十分だよー。一般的なスキルと違って、効果は人それぞれだけどねー」
なるほど、だから精霊の贈り物か。
「ありがとな、ラウラ」
「どうしたの?突然お礼なんて」
「え?ラウラがくれたんじゃないのか?」
「私じゃないよー。私がアレンちゃんのことを気に入ってるのは確かだけどね」
お互いにキョトンとして見つめ合うことしばし。
恥ずかしい勘違いをしたことに気づいた俺は、視線を逸らしながら頬をかいた。
「あー、そうなのか……。悪かったな、勘違いして」
「別にいいよー。気にしないでー」
「しかし、ラウラがくれたんじゃないとすると、俺はギフトとやらを誰からもらったんだ?」
俺を気に入ってくれる精霊なんて、ラウラを除いて心当たりがない。
そもそも、ラウラ以外に精霊の知り合いがいない。
「フロルって精霊みたいだけど、知らないの?」
「え、フロルが?でもそいつ精霊じゃなくて家妖精だぞ?………………たぶん」
言いかけてから、いつぞや見かけた家妖精と容姿が似ているだけで、フロルが家妖精だと決まったわけではないということを思い出す。
やってくれることは俺が思い描く家妖精のイメージにぴったりだったから、すっかり忘れていた。
いやそれよりも、力を与えるどころかむしろこっちが魔力を与えないと消えてしまいそうに見えたのだが、ギフトなんてもらって大丈夫だろうか。
「あー……、まあ、そういうこともあるかな。でもアレンちゃん本当にその子に気に入られてるんだねー、お姉さん妬けちゃう」
「なんだそりゃ」
またずいぶんと適当な話だが、先ほどの微妙な空気を変えるために努めて明るく振舞っているのかもしれないと思うと、突っ込むのも憚られる。
「まあ、いいや。それで、フロルのギフトってどんな効果なんだ?」
「それがすごいんだよー。能力全般が上がるし、回復力も高くなるし、病気とかも治りやすくなるみたいだねー」
「それは……すごいな」
「ただし、効果はフロルちゃんの支配領域内に限る」
つまりお家にいるときだけ有効ってことだね、とラウラは付け足した。
「ま、そんなことだろうと思った」
それくらいの制限がなかったら、今にも消えてしまいそうな家妖精がくれる贈り物としては大きすぎる。
家の中限定で病気が治りやすくなるだけでも、たいしたものだろう。
「あれ?あんまりがっかりしないんだねー?」
「フロルが俺のためにくれたギフトなんだろう?がっかりなんてするもんか」
能力なんて関係ない。
フロルが俺を思ってくれているということだけで心が温かくなる。
それだけで、また頑張ろうと思える。
「ふふ……、アレンちゃんも成長したんだね」
俺をからかい損ねてしょんぼりするかと思いきや、ラウラはなんだか嬉しそうだ。
「成長……したかな?」
「成長したよ、本当に」
「そっか、そうだといいな。…………さてと、そろそろ帰るよ」
俺はソファーから立ち上がる。
この部屋は外の様子がわからないから時間の経過を感じにくいが、体感ではずいぶんと長居してしまったように思う。
「はーい。今度はあんまりお姉さんを心配させないでね?」
「努力するよ。またな、ラウラ」
ラウラの部屋から出て1階に降り、受付からフィーネが寄越してくる何か言いたげな視線をひらりとかわしてそのままギルドを出た。
フィーネにも事情を説明しなければならないだろうが、日が沈みかけているこの時間から長話を始めてはフロルを心配させてしまうから仕方がない。
そう、仕方がないのだ。
(日が沈むころには帰るって、言っちまったしな)
俺が出かけることをフロルはひどく心配していたようであったために、宥めようとしてついつい言ってしまった言葉ではあるが、初日から約束を破って幻滅などされたくはない。
フィーネに対しては今度何か埋め合わせをすることにしよう。
屋敷へと歩みを進めながら、ラウラに書いてもらった冒険者カードの裏面を見る。
そこには2つの能力が記載されていた。
ひとつはおなじみの<強化魔法>。
そしてもうひとつは――――
「<家妖精の祝福>……か」
考えてみれば、とても家妖精らしい能力だと思う。
ギフトの能力がどのようにして決まるのかはよくわからないままになってしまったが、俺が家の中で安らかでいられるようにと願ってくれたものだとしたら、俺としては本当にうれしいことだ。
フロルには心から礼を言わねばならない。
そんなことを考えているうちに、俺は屋敷の正面までたどり着いた。
冒険者ギルドと屋敷は南通りを挟むものの、距離的にはそれほど離れていない。
歩いて数分という位置関係だった。
庭を通り抜けて玄関から家に入るやいなや、フロルが腰のあたりに抱き着いてきた。
いつから待っていたのだろうか。
小さな体で喜びを精一杯表現している様子は、見ているこちらが嬉しくなるほどだ。
「フロル、あ――――」
決めていたとおりにお礼を伝えようとして、ふと思い出す。
家で帰りを待ってくれていた小さな妖精に対して、最初にかけるべき言葉が他にあるではないか。
もうずいぶん長い間、口にしていなかったからすっかり失念してしまっていた。
あらためて声をかけようと見下ろせば、フロルが不安そうにこちらを見上げている。
途中で言葉を切って思考に入ってしまったからだろう。
少しだけ申し訳ない気持ちになる。
安心させるように金色の髪をなでながら。
俺は言葉の続きを口にした。
「フロル――――」
ただいま。
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