第27話 裏切りの結末2
「ははっ……、あなたがそんな冗談を言う人だとは思いませんでしたよ」
「冗談ではない。繰り返すが、お前にはこの村から出て行ってもらう。これは決定事項だ」
冗談ではないらしい。
ああ、本当にそのとおりだ。
本当に――――――冗談ではない。
「ふざけるなっ!!!」
ソファーから立ち上がり、エドウィンを睨みつける。
「村を出ていく?出ていくとしたらそれは俺じゃなくオーバンのはずだ!!悪いのは俺ではなくオーバンだ!!それなのになぜ!なぜ俺が出ていかなきゃならない!!!」
エドウィンに対して感情的になるべきではない、なんてことはもう考えられなかった。
昨日からためていた不満を爆発させるように、怒りに任せて罵倒を吐き出す。
自分でもわかるくらいに頭に血が上っている。
それでも落ち着こうとは思えなかった。
エドウィンは憐れむような視線を俺に向けている。
その視線が余計に俺を苛立たせた。
俺はその視線を真っ向から睨み返して、エドウィンに問う。
「なんとか言ったらどうだ!!」
「理由は、お前にとって到底納得できるものではないだろう」
「言ってくれなきゃ、納得できるかどうかもわからない!!」
感情のままに怒鳴っても仕方がない。
理解はしている。
ただ、理解しているだけだ。
「お前を村から追い出す一番の理由は、お前が村から出て行くからだ」
「は……?何を言って――――」
「お前は近々この村から出て行こうと考えていただろう。違うか?」
俺の言葉を遮って、エドウィンが言う。
どうやってそれを知ったのかはわからない。
何度も言い出そうとしては言い出せず、一度も言葉にして伝えることはできていなかったはずだ。
「俺は自分の気持ちを言葉にすることが得意ではない。思えばあまり話す機会も持てなかった。だが俺は、お前のことを我が子のように思っている」
「……よくしてもらったことは感謝しています」
だからこそ理解できない。
なぜ、俺を村から追い出そうというのか。
その理由は、すぐにエドウィンの口から語られた。
「俺はこの村の冒険者ギルドのマスターだ。だから、この村の安全に責任を持たねばならない。それは、俺自身の気持ちよりも優先されることだ」
「それがどうしたと言うんですか」
「今、この村に冒険者は5人しかいない。村から出て行くお前を除けばわずか4人だ」
「そんなことは知っています!」
再び声を荒げる俺に対して、エドウィンは落ち着いて語りかける。
「それが理由だ。お前が出て行けば冒険者は4人、その状態でオーバンを罰すればどうなるかわかるか?」
オーバンを罰すればどうなるか。
そんなこと、知ったことではない。
罰するに足る理由があるから罰する。
罰とは、そういうものではないか。
「こんな小さな村だ。オーバンに罰を与えれば、理由はすぐに村中に知れわたる。冒険者ギルドの処分基準に当たらなくとも、仲間を見捨てたという事実は村の者が彼を白い目でみるに十分なものだ。あいつはきっとこの村にいられなくなるだろう」
だからどうしたというのだ。
仲間を見捨てたために報いを受ける。
当然のことではないか。
いい気味だ。
「オーバンが村を出て行けば、アデーレもついて行くだろう。そうすれば、村に残る冒険者はダニエルと、子を産んだばかりのドロテアだけだ。そんな状況を、ギルドマスターとして許容するわけにはいかない」
「………………」
ああ、そういうことか。
話がかみ合わないわけだ。
俺は誰が悪いのかという話をしていて、エドウィンは誰を悪者にすれば村のためになるのかという話をしている。
最初から話がかみ合うわけがなく、妥協点など存在しなかったのだ。
もし、俺が今回のことを不満も言わずに胸の中にしまっておくことができるとしたら、エドウィンは俺を村から追い出すことをやめるかもしれないが、裏切られた相手と再度パーティを組むことなどあり得ない。
俺は村に居づらくなり結局は村から出て行くことになるだろう。
途方もない無力感に襲われ、俺は崩れ落ちるように再びソファーに腰をおろす。
視線は床に落としたまま。
今の表情を、誰にも見られたくはなかった。
「ははっ……。なるほど、俺を追放すれば村に4人の冒険者がいる状態を維持することができる。だから、オーバンを罰するよりも、俺を追放した方が村のためになる、と。そういうことですか」
「…………そうだ」
俺の独り言のような問いかけに一言肯定で返したエドウィンはのっそりと立ち上がり、棚からゴソゴソと何かを取り出すとテーブルに載せた。
重そうな音を立てて置かれたそれは、中身がしっかりと詰まった皮袋だった。
「これは、お前が持ち帰った魔獣の素材に対する報酬だ。口止め料と詫びの気持ちも込めて色を付けた。今日の朝一番に辻馬車が出る予定だ。だから――――」
――――それに乗って、誰にも知られずにこの村を出て行ってくれ。
気が付くと、俺は自分の部屋のベッドに仰向けに寝そべって天井を見上げていた。
(いや、俺の部屋じゃないのか……)
本来は冒険者ギルドの休憩室のひとつであるはずなのに、俺が自分の部屋のように思っていたというだけの話。
いつの間にか私物も多くなったが、この部屋は結局のところ俺の部屋ではなかったのだ。
床に視線を落とすと装備が脱ぎ散らかしてあり、エドウィンがよこした報酬が入った皮袋も無造作に投げ出されている。
装備は泥と血と汗に塗れたまま時間が経ってしまい、汚れを落とすのは大変かもしれない。
もう東の空が白み始めている。
部屋の私物と装備を片付けることを考えると、馬車の時間まであまり余裕はなかった。
ここに戻ってきたとき我慢していた眠気はすっかりなくなったが、代わりいろいろなものを詰め込まれて頭の中はグチャグチャだ。
考えなければならないことは多いはずなのに何も考えないでいたいと思っている。
でも、今はそれでいいと思う。
考えてしまえば、つかの間の落ち着きを取り戻した俺の心は再び煮えたぎり、衝動のままに暴れたい気持ちを抑えきれなくなってしまうから。
たとえ結末が最悪なものだとしても、ここで過ごした日々の何もかもが憎悪の対象になるわけではない。
出産を間近に控えたドロテアだって、こんな話を聞いたら悪影響を受けてしまうかもしれない。
万が一、俺が原因でおなかの子が流れてしまったとなれば、それはあまりにも恩知らずというものだ。
それに――――
「…………」
俺を信じて待っていてくれた少女のことを思う。
思えば彼女はエドウィンの判断をあらかじめ聞かされていたのだろう。
振り返ったときに見せた悲しげな表情も、執務室で見せた泣いた後のような顔も、そう考えれば腑に落ちる。
俺が執務室で待っている間も、彼女がエドウィンを説得しようと頑張ってくれたのかもしれない。
「本当に、いろいろ世話になったな」
日頃の食事のことだけではない。
彼女との何気ない会話は、この村に来たばかりの頃の不安定だった俺にやすらぎを与えてくれた。
彼女がいなければ不安に押しつぶされていたかもしれないし、今回のことだって受け止めきれずにヤケになっていたかもしれない。
(今も、受け止めきれているとはとても言えないけどな……)
なんでこんなに落ち着いた気持ちでいられるのか。
自分でも不思議なくらいだ。
「さて、荷造りしないと……」
自分に言い聞かせるように呟いて、俺はベッドから腰を上げた。
持っていけるものは収納袋に詰め込み、持っていけないものは部屋の隅にまとめた。
ありふれた生活用品でも、それにまつわる思い出がある。
それでも、必要最低限のもの以外は置いていかなければならない。
次の拠点を見つけるまでは可能な限り身軽でいることが望ましいからだ。
ギルドの休憩室に戻った部屋を一度だけ振り返り、その場を後にした。
「エルザは……いないのか」
エントランスホールに出るが、受付台の向こうで仕事をしているはずのエルザの姿が見えない。
台所も同様だった。
「部屋か……?」
きっと疲れているだろうから今日は休むことにしたのかもしれない。
休んでいるところに訪ねていくのは申し訳ないが、これで最後なのだ。
少しくらい邪魔しても、きっと許してくれるだろう。
2階へと続く階段を上り、エルザの部屋の扉の前に立った。
1階と2階の構造に大きな違いはない。
扉にかけられた木札だけが、そこがエルザの部屋であることを示している。
深呼吸してから、扉をノックする。
「エルザ、今いいか?」
しばらく待ってみるが返事はない。
もう一度ノックしてみても結果は同じだった。
「エルザ、いないのか?」
無作法を承知で扉を開けようとしてみたが、鍵がかけられた扉が開くことはなかった。
(どこか、掃除でもしてるのか?)
辻馬車が出る時間になるまで、俺はエルザを探して建物の中を歩き回った。
しかし、結局俺は彼女の姿を見つけることができなかった。
◇ ◇ ◇
馬車の幌の隙間から、だんだん遠くなっていく村を眺める。
「結局、別れも言えなかったな……」
ほかに乗客がいない辻馬車の中、俺のつぶやきは誰にも届かなかった。
御者によると、この馬車は最寄りの街に向かっているらしい。
到着は夕方だから、このまましばらく馬車に揺られることになるのだろう。
その間に、考えなければならない。
俺はこれからどうするのか。
俺はこれからどうしたいのか。
「そうだなあ……。次の街に着いたら、まずは今日の宿を取らないとな」
流石に野宿は御免だ。
贅沢は言わないが、粗末なものであってもベッドでゆっくり体を休めたい。
「ギルドに顔を出して情報も集めないと」
当面はソロでやっていくとしても、そのうちどこかのパーティに入りたい。
ちょうどよいパーティがあればいいのだが。
「それと……。あと、は…………」
辺りの風景がにじんでいく。
幌がついているにも関わらず、膝に乗せた俺の腕には何かがぽたぽたと滴り落ちていた。
「なんで、だよ……。なんで、こうなるんだよぉ…………」
ゆっくりと考える時間ができたことで、心の奥に閉じ込めていた感情があふれ出してくる。
「俺が……、なにを、したってんだよ…………」
辺りに誰もいなくなったことで、虚勢を張る必要もなくなってしまった。
「くそ…………、ちくしょう…………」
馬車の中に降る雨は、それからしばらく止むことはなかった。
草原に敷かれた粗末な街道には、カラカラと辻馬車が進む音だけが響いていた。
日が傾いたころ。
御者の言ったとおり、俺を乗せた辻馬車が次の街に到着した。
料金を支払い、礼を言って馬車から降りる。
辺りを見回せばどこを見ても見慣れぬ建物と見慣れぬ人。
俺を知る者など、どこにもいなかった。
「大丈夫だ」
大きくひとつ息を吐き、見知らぬ風景の中を進む。
足は止めずに、心を落ち着けながら自分に言い聞かせた。
俺は村の都合で村を追い出されただけだ。
俺が悪事を働いたわけじゃない。
だから、大丈夫だ。
俺はまだ、英雄を目指せるはずだ。
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