第24話 祝いの花束
「てわけで、今日は少し森の深いところまで行かねぇか?」
冒険者ギルドのエントランスに据え付けられた1台のテーブルを囲んでいる俺たちに、オーバンはひとつの提案をした。
俺たち、といっても埋まっている席は3つだけ。
オーバンと俺と、そしてアデーレだけがこの会話に参加している。
最近はこの3人で狩りに行くことが多くなった。
ダニエルとドロテアがとある理由から、ほとんど狩りに参加しなくなってしまったためだ。
その理由というのが――――
「昔から世話になってきた姉御の出産祝いだ、盛大に祝ってやりてぇ。頼む!」
そう言って、オーバンは一回り年下の俺に頭をさげた。
「頭をあげてくださいよ、オーバンさん」
「ダメだ!お前がいいって言ってくれるまで頭をあげるわけにはいかねぇ!」
「ええ……」
ドロテアが身籠った。
それがわかったとき、ダニエルは普段の落ち着いた様子からはまるで想像できないほどに浮ついた。
ダニエルの妻であり身籠った張本人であるドロテアすら目を疑うほどの喜びよう。
俺たち3人もそんな二人を眺めながら我がことのように喜んだのを覚えている。
そしてそれからというもの、ダニエルはドロテアをまるで壊れ物を扱うかのように大切に、とても大切に扱うようになった――――と言えば聞こえがいいが、実際のところ最初はもう軟禁といっていいほどの状態だった。
外に出たいと言うドロテアに対して、「キミと子どもに何かあったらどうするんだ!」と絶叫して断固として譲らないダニエルを村の女性たちが総出で説得した結果、なんとかダニエルの付き添いがあるときに限って村の中を出歩くことを認めたというような有様だ。
そんなドロテアを狩りに連れ出せるわけもなく、「ドロテアと子どもに何かあったらどうするんだ!」と言ってドロテアから離れなくなってしまったダニエルも戦力外。
結果として、俺とオーバンとアデーレだけが狩りに出るようになったというわけだ。
これが、もう数か月も前の話である。
その後ドロテアのおなかは順調に大きくなった。
そろそろ生まれるかという段階になったとき、オーバンがドロテアの出産祝いのために遠出しようと言い出したというのが今の状況だ。
(しかし、なあ……)
森の奥には強い妖魔や魔獣がいる。
この村に来たばかりのころにダニエルたちからそう教えられたため、俺は森に深く踏み込んだことがない。
これに関してはオーバンとアデーレも大差なく、俺たち3人の中に森の奥の状況を詳しく知っているものはいなかった。
ダニエルが森の奥まで踏み込もうとしなかった理由は、5人そろった状態でも安全に狩りを行うことができないと彼が判断したからに他ならない。
それを考えれば、俺たち3人で森の深いところまで行くのは非常に危険だと思われた。
現在、ダニエルとドロテアが離脱したことでパーティの戦力はガタ落ちしている。
人数的なところもあるが、パーティの遠距離攻撃手段がドロテアの<風魔法>しかなかったために、戦術の幅がほとんどなくなっているのだ。
さらに直接戦闘が不得手なアデーレを守るため、前衛の動きにも制限がかかっている。
ドロテアが狩りに参加しているときは彼女が後衛としてアデーレの護衛も兼ねていたので前衛3人はほとんど自由に動くことができていたが、今はオーバンがアデーレをフォローできる位置取りをすることでドロテアの穴をなんとか埋めている状態。
パーティ火力は半減どころではない。
こんな状態でダニエルが躊躇するほどの狩場に飛び込むという判断は、無謀というほかなかった。
ならば――――
「でもオーバンさん。言うまでもないですが、狩りは俺たち3人で行くことになるんですよね?アデーレさんを危ない目に合わせるわけにはいかないんじゃありませんか?」
「うっ……、それは……」
ダニエルほど過保護ではないが、オーバンも相当アデーレを溺愛している。
アデーレを引き合いに出せばあきらめると思っての返答だったが――――
「わたしは大丈夫です!ドロテア姉さんのために頑張りたいです!」
「アデーレ……」
今回に限っては、いつもおどおどおろおろのアデーレも乗り気だった。
彼女もドロテアのために何かしたいという思いが強いのだ。
彼らが長い年月をかけて培った繋がりを少しだけうらやましく思う。
「森の奥が危険だってことはわかってる。別に森の奥で魔獣を狩ろうってわけじゃない」
「そうなんですか?じゃあ、一体何のために?」
「ちょうどこの時期に綺麗な花が群生する地域があるんだ。そこまで行って、花を一束摘んでくるだけだ」
「花ですか、それはまたロマンチックですね」
オーバンと花。
似合わないなと心の中で思いながら表情には出さない。
「綺麗だってのもそうだが、その花を原料とする薬があってな。産後の回復が早まるらしい。もう村の薬師には話をつけてあるから、あとは花を摘んでくるだけなんだ」
「なるほど……」
それくらいなら何とかなるか。
俺もこの村に来てから多くの魔獣を相手にして戦闘経験を積んでいる。
少しくらい格上の魔獣相手でも逃げるだけならなんとかなるという自信はあるし、いざとなれば切り札もある。
俺だってドロテアにはずいぶんと世話になった。
その恩に報いたいという気持ちはオーバンたちと共有している。
「わかりました。ドロテアさんのために頑張りましょう!」
「そう言ってくれると思ったぜ!」
オーバンは喜色満面といった様子で俺の肩をバシバシと叩く。
地味に痛いからやめてほしい。
「それで、出発はいつにしますか?」
「もちろん今からだ!」
うん、まあそんな気はしていたが。
なにせオーバンもアデーレもすでに狩り用の装備を着込んでいる。
俺が首を縦に振りさえすれば準備完了ということなのだろうが、俺の準備のことが頭からすっぽ抜けているあたりがオーバンらしい。
「俺は何も準備してませんよ。少し待っててください、急いで支度しますから」
「おう、頼むぜ!」
呑気なオーバンとにこやかに微笑むアデーレをその場に残して部屋に戻ると、俺は手早く装備を身に着ける。
全身鎧を着込むわけでもなし、装着にさほど時間はかからない。
両足にグリーブを装着してから胸当てを装備し、腰に使い込んだ片手剣を佩いて左手にはガントレット。
ケガや毒に効くポーションなどが必要数入っていることを確認してからポーチを身に着ければ完成だ。
何度となく繰り返された手順で、今更手間取ることはない。
(おっと……、あぶないあぶない……)
オーバンたちのところに戻ろうと部屋を出たところで、いったん部屋に戻る。
目的は部屋の扉の近くに立てかけられた全身が映る大きな鏡だ。
装備を身に着けるためのベルトの緩みやほつれをチェックしないとどうなるか、すでに実戦の中で思い知らされた。
鏡をのぞくと要所を薄い鉄板で補強した皮製の装備を身に着けた、いかにも駆け出し冒険者という風体の少年が鏡に映る。
鏡に背中を向けたり横を向いたりしながら、装備に不備がないことを確認した。
(……よし!)
今度こそ準備万端。
オーバンたちが待つエントランスに戻ると、受付の奥で事務仕事に勤しむエルザに声をかけることも忘れない。
「出かけてくる!夕飯には少し遅れるかもしれないから俺の分は残しておいてくれよな!」
「わかったわ。お昼はそこに乗せておいたから、忘れないでよね」
「おお、ありがとな!行ってくる!」
受付台に乗せられた小さな包みをポーチにしまってから、オーバンたちに続いてギルドを出る。
「お待たせ。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
流石に慣れたのか、いつのまにか俺に対しておどおどすることもなくなったアデーレがあいさつを返してくれる。
一方のオーバンはこちらを見て何やらニヤニヤしているが、これはスルーして村の外へと歩き出す。
「お前たち、いつのまに良い仲になってたんだ?隅に置けねぇなあ、おい!」
どうやらスルーに失敗したらしい。
強制エンカウントというやつかもしれない。
「何が良い仲ですか。エルザのことを言っているなら、残念ながら何でもありませんよ」
「ウソつくんじゃねぇよ!さっきのやりとりなんかどう聞いても夫婦じゃねぇか」
「あ、でも、残念ってことは、アレンくんもまんざらでもないんだね?」
おとなしくとも女の性なのだろうか。
こういう話題に限って積極的なアデーレが楽しそうに食いついてきた。
「そんなことありませんよ。それに、こっちにその気があったとしても向こうにその気がありません」
「え、ええ……?そうかな?」
「そうですよ。エルザがいろいろ世話を焼いてくれるのは居候としてお金を渡しているからであって、俺に対して特別な感情なんてありません」
「うーん…………」
「それよりも今日の狩場のことですが――――」
アデーレはもやもやした表情をしているが、俺は話題を転換してこの話を強引に打ち切ることにする。
正直、俺はこの手の話が苦手なのだ。
前世でも職場の女性の先輩から同期の女性との仲をああだこうだ言われたことがあったが、その話が同期の女性に伝わったらしくその気もない相手とギクシャクしてしまった。
他人の関係を引っかき回して楽しむような悪趣味な奴は、タンスの角に小指をぶつけてのたうち回ればいいのだ。
本当に余計なお世話である。
もちろん、アデーレにも職場の先輩にもそんなことは言わなかったが。
昼を少し過ぎたころ、ようやく目的の場所の近くまで来たらしい。
いつもよりかなり早い時間に村を出て到着したのにこの時間となると、村からの距離は普段の2倍ほどだろうか。
予想していたとおり、夕飯の時間までに村に戻ることは難しそうだ。
俺が周囲を警戒している間に、オーバンとアデーレが地図を見ながらあれやこれやと話し合っている。
(頼むから、迷ったとか言わないでくれよ……)
すでにいつもの行動範囲からは大きく外れているため、自分がどこにいるか感覚があやふやだ。
迷ってしまった場合、歩いた距離を考えれば今日は森の中で野宿になる。
いつもより強い魔獣がいるかもしれない場所でテントもない。
命懸けのキャンプだ。
「たぶん、こっちだ」
「……大丈夫ですよね?」
「たぶん、大丈夫だ」
出発時の威勢は見る影もなく、自分に言い聞かせるように呟くオーバンに不安感が増していく。
アデーレもオーバンの服の裾をつまんでおろおろしている――――が、こちらはよく考えたらいつもどおりか。
「いざとなったら、迷う前に村に戻って出直す手もありますよ?」
「たぶん、大丈夫だ」
「…………」
全然大丈夫な気がしない。
(もう少しオーバンの好きなようにさせてみて、ダメなら村に戻ろう)
日が沈んでしまえば完全に手遅れになるが、日が出ている間ならおおよその方角を認識することができる。
現在地がわからなくても、まっすぐ北に向かえば森を抜けられるはずだ。
「ここだ!この花だ!ほら、やっぱり大丈夫だった!」
しばらく歩くと、透き通るような空色の花弁を持つ花が群生地にたどり着いた。
「きれい……」
「本当にきれいですね」
俺は花の美しさに目を奪われながら、内心で本当に目的地に到着したことに驚いていた。
もう野宿を覚悟していた矢先のことだったので本当に助かった。
安心して一息つくと、オーバンを疑ったことに対して少しだけ罪悪感が湧いてくる。
一言謝ろうかとも思ったのだが――――オーバンの表情を見て止めた。
彼自身が一番驚いているように見えたからだ。
ここで誉めたら調子に乗ってしまう。
「さあ、二人とも!花に見惚れるのはこのくらいにして、花を摘んで帰りましょう。どのくらいの量が必要なんですか?」
「ああ、そうだな。ええとたしか―――」
オーバンが薬師から渡されたメモによると、100本もあれば足りるらしい。
ずいぶんな数だが、これだけ生えているなら100本くらい摘んでいってもすぐ元に戻るだろう。
3人で手分けして集めていくと、それほど時間もかからずに必要数を採取することができた。
「さあ、村に戻りましょう」
二人に声をかけてから群生地に背を向けて歩き出した――――そのときだった。
「…………ぁ」
「アデーレッ!!!」
アデーレのか細い声をオーバンの絶叫がかき消す。
絶叫によって硬直した俺は、剣の柄に手をかけながら慌てて振り返る。
「…………え?」
空色の絨毯に倒れこむアデーレ。
右腕を押さえて蹲るオーバン。
そして――――
『ゲゲ、グ』『グァォ、グオオオオオオオォ!!』
縄張りに侵入した獲物を嘲笑う、2つの頭を持つ大熊の魔獣。
俺たちは、たった数秒で全滅の危機に瀕していた。
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