第11話 12歳直前2
「そろそろ来るころだと思ってたよー!うん、スキルは増えてないねー」
部屋の中に入るや否や、ラウラは俺の微かな希望を粉々にしてくれる。
「……帰る」
「ちょっと!それはないでしょー?」
「俺が帰りたくなるようなことを言うからだろう」
「だって増えてないもの!嘘でもいいから増えたって言ってほしいなら、次来た時に言ってあげるねー」
「ぬか喜びする俺の顔を見るのがそんなに楽しいか?」
「うん!すっごく楽しいよー☆」
殴りたい、この笑顔。
本当に心の底から楽しそうなのだ、この鬼畜精霊は。
「ほら、元気出してー!また<強化魔法>見てあげるからさー」
「…………頼む」
俺はいつものように体の中にある魔力を練り上げ、手足の先まで行き渡らせた。
デニスから戦い方を学ぶように、俺はラウラから魔力の扱い方を学んでいる。
無駄があったら指摘してもらうという程度のもので、ほとんどただのお茶会と化している面は否めない。
それでもスキルを見てもらうついでに月1度か2度くらい、俺はこの部屋に通い続けていた。
(一向に活路が見えない状況でも焦らずにいられるのは、この息抜きのおかげもあるかもしれないな……)
ラウラには絶対に言わないけどな。
「さて、そろそろ帰るわ」
「はーい、いよいよ明日だねー!」
「……そうだな」
俺は明日を以て冒険者に登録できる年齢、つまり12歳になる。
孤児の俺に誰かが適当に付けてくれた誕生日から数えてちょうど12年経ったということだ。
(長かったような、短かったような……)
二度目の人生も明日で一区切りを迎えることになるのだから、少し感慨深い。
「それで、どうするの?」
「どうって何が?今更冒険者になるのを諦めるとでも?」
「いや、そうじゃなくてさー」
ラウラは俺を指さして言う。
「アレックスちゃん、まだボッチなんでしょ?」
「あー……、まあ、な」
ラウラは、俺が所属するパーティのアテがないことを指摘する。
実のところ、12歳になる前に冒険者ギルドに出入りしている人間はほかにもいる。
そして、その多くは12歳になったらすぐに冒険者として活動できるように所属パーティを決めてしまっていた。
もちろん12歳のひよっ子E級冒険者が既存の熟練パーティに加入できるワケもなく、その多くは冒険者歴が浅い――あるいはまだ冒険者になっていない――ひよっ子同士で集まることになるのだが。俺はそういったパーティにすら居場所を見つけることができないでいた。
「アレックスちゃんと同じくらいの子が集まってるパーティはたしか……3組くらいだったかなー?全部あたってみたの?」
「ああ、全部ダメだったよ」
ラウラの言うとおり、俺と歳が近い奴らが集まるパーティは3組あった。
1組目は下級貴族息子とその取り巻きで構成されるパーティ。
まあ、結果は言わずもがな。
実際話してみてとてもじゃないが仲良くやれるタイプではなかったから、これは仕方ない。
2組目は北東区域に住む一般人の子どもが集まって構成されたパーティ。
前衛1人後衛3人とバランスの悪い集め方をしていたので前衛としてもぐり込めないかと思ったのだが、どうやら4人とも幼馴染の仲良しパーティだったようであからさまに邪魔者扱いされてしまった。
3組目は出自バラバラ、本気で冒険者を目指している奴らが集まったパーティ。
<剣術>スキル持ちのリーダーの前衛と遊撃、攻撃魔法、回復で構成されており、バランスも良い。
そのリーダーとは冒険者ギルドで頻繁に顔を合わせており、時には模擬戦もした仲だったので少しだけ期待していたのだが、俺のスキルカードを見て「少し考えさせてくれ。」と言った彼は――――
『個人的には力になりたいが、俺はパーティリーダーとしてお前の加入を断らなければならない』
翌日、そう言って俺に頭を下げてきた。
本当にすまなそうにしている彼の姿をみて、こちらが申し訳なくなったくらいだ。
「――――てな感じで、全滅というワケ」
「うーん……予想通りだけれど、やっぱりソロでやるしかないねー」
「お前と初めて会った日からそのつもりで訓練してきたさ。まあ、結局新しいスキルは覚えられなかったけどな」
<強化魔法>と<結界魔法>。
たった2つのスキルを最大限に駆使して戦っていかなければならない。
そのための準備は、しっかりやってきたつもりだ。
「それでもアレックスちゃんは、できることを一生懸命やってきたと思うよー。ピンチになっても慌てないで、今までやってきたことを忘れないで頑張ってねー」
ラウラが柄にもなく素直に応援してくれる。
「どうしたんだ?ラウラらしくもない」
「えー……せっかく応援してあげたのに、ひどーい!」
頬をふくらませて拗ねたような仕草をするラウラに、俺は堪えきれず声を出して笑ってしまう。
「しかも笑われたー!」
「はははっ!ごめんごめん」
笑ったせいか、なんだかスッキリした気持ちになってきた。
今の状況を考えれば、とてもこんな気持ちにはなれないはずなのに。
(やっぱり、礼くらいは言っておくか)
部屋から外に出ようとしていたが、思い直してラウラに向き直る。
「ありがとな、ラウラ。お前のおかげでなんとかやっていけそうだ」
俺はそう言って、頭を下げる。
ラウラに対してこんなに丁寧に接したのは初日以来だろうか。
初日から俺の心を弄んでくれた鬼畜精霊は、一方で魔力の効率的な使い方や冒険者にとって必要な知識など、いろいろなことを俺に教えてくれた。
俺が焦っているときは優しい言葉をかけてくれもした。
日頃の態度が態度なのでこちらも素直に感謝の言葉を告げたりはしなかったが、ラウラが俺にしてくれたことは感謝の言葉だけではとても返せないものだろう。
しかし――――
「何を……言ってるの?」
顔をあげると、そこには今まで見たことがない表情をしたラウラがいた。
てっきり感謝の言葉を聞いて満足げにしているかと思ったのだが。
思えばさきほどの声も少しばかり震えていたか。
「どうしたんだ、ラウラ。そんな怖い顔して、美人が台無しだぞ?」
「ふざけないで」
もはや睨まれていると言ってもいいくらい、ラウラの目つきが険しい。
(一体なんだってんだ?)
ラウラの変化の理由がわからない。
いや、変化の理由は先ほどの感謝の言葉なのだろうが、感謝されて怒る理由はやはりわからなかった。
「ねえ、アレックスちゃん……。キミは、まだ夢を諦めていないんだよね?」
「英雄になるってやつか?」
「うん、そう」
「ああ、当然だ」
俺は、いつかのように即答する。
「というか、本当に今更だな……どうしたってんだ、ラウラ。まるで、今にも噛みついてきそうな顔してるぞ?お前らしくもない」
「…………そうだね、ちょっとらしくなかったかなー、ごめんね?」
少し寂しげな表情になったラウラは俺を見つめていながら、しかし、俺ではない誰かを思い出すような遠い目をして続ける。
「アレックスちゃんの表情や仕草がさ、昔死んじゃった子に似てたんだよねー。その子、口ではありがとうなんて言いながら、最後のお別れのつもりだったらしくてさー。……それをわたしが知ったのは、全部終わった後だったんだけどね」
そう言ったラウラは、目を閉じて大きく長く溜息を付く。
そして、目を開けると俺の目を見て再度問いかける。
「もう一度確認するけど、アレックスちゃんは死ぬ気なんてないんだよね?」
「あるわけないだろ、縁起でもない!そもそも冒険者になれるのは明日なんだぞ?明日狩りに行く前にギルドに寄るんだから、そのときにもう一度顔見せに来るつもりだ。それとも何か?俺が都市の外に出る前に野垂れ死ぬほど貧弱に見えるってのか?」
「……うん」
「…………」
流石にイラッときた。
「ごめんごめん冗談だって!そんなに怒らないで、ね?」
両手を顔の前で合わせ、ウィンクするラウラ。
やっといつものラウラが戻ってきたようだ。少なくとも、表面上は。
俺は右手をあげてそれにこたえると、今度こそ部屋を出る。
「それじゃ、また明日な!」
「はーい、待ってるからね、忘れずに会いに来てねー。あ、おうちまで気を付けて帰るんだよー!」
「俺は子どもか!」
「どこからどうみても子どもだよー?」
そう言えば、そうだった。
俺は1階に降りると、見知った少女の顔を探した。
いまだ“見習い”が取れない受付嬢のフィーネ。
彼女とも、この2年でずいぶん仲良くなった。
「いないか…」
明日は登録手続が済んだらすぐに狩りに出る予定だから、今日のうちに色々と話をしたかったのだが。
どうせ明日も来るのだし、仕事中に呼び出しても迷惑だろう。
「さてと……」
俺は気を取り直し、孤児院へ続く歩き慣れた道を行く。
視線はぼんやりと周囲に向けながら、必要な準備を忘れていないか頭の中で確認する。
武器は時々手伝いをしている武器屋の店主から汎用性の高い片手剣を安く譲ってもらった。
しばらく前から日々の訓練でもこの剣を使っており、十分に手に馴染んでいる。
ポーションは念のため、少し多めに冒険者ギルドから調達した。
この都市の近くに毒を使う魔獣はいないが、毒消しポーションも1個だけ用意している。
防具は所持金と体のサイズの都合上、皮の胸当てと脛当てだけだ。
魔獣の攻撃を受けても大丈夫だと思えるほど堅固な鎧は12歳の俺ではとても着こなすことができないから仕方がない。
肝心の狩場は強い魔獣と遭遇する恐れがある南の森ではなく、そこからはぐれて草原をうろついている魔獣を狙うことにしており、ラウラからおすすめのポイントを教えてもらっている。
(よし、抜かりはない……はずだ)
あまり自信はない。
なにせ狩りは前世も含めて初めての経験だ。
デニスやラウラから必要なものを聞き出して一式そろえたつもりだが、実際にやってみて足りないものを思いつく可能性はある。
(そのときは都市に戻ってくればいいんだけどな……)
<剣術>スキルがないとはいえ、草原のはぐれ魔獣を相手に不覚を取る気はない。
剣を忘れて狩りに行くような間抜けさえやらかさなければ、大丈夫――――のはずだ。
まあ、今更心配しても仕方ない。
やれることはやったのだから、あとは本番を迎えるだけだ。
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