第10話 12歳直前1




「今日もよろしくお願いします!」

「おー、また来たのか、アレックス。相変わらず精が出るなー」


 昼下がり、俺は閑散とする冒険者ギルド――――の隣にあるランチ営業もやっている酒場に足を運ぶ。

 俺が探していた男は今日も今日とて昼から酒をあおっていた。


「まー、俺は良いんだけどね。ちょっとした運動で、今日も美味い酒が飲めるんだ。文句はないんだが……」

「昼からそんだけ飲んでおいて、よく言いますね」


 俺が声をかけた、だらしない風体のおっさんは名をデニスという。これでもC級の冒険者である。

 冒険者の階級は新人がE級、そこからD、C、B、Aと上がっていく。

 C級になることができれば一人前と言われているが、C級になるにはある程度の実績が必要となるので、D級のまま引退する者もそれなりにいると聞く。

 そんな一人前の冒険者に声をかけた理由はというと――――


「せっかく剣を習うなら、ちゃんとした流派の道場とか引退した騎士様に師事するとか、やりようはあるんじゃないかい?」

「何度も言ってるじゃないですか。俺は<剣術>スキルを持ってないんですから、そんなところに行ったって門前払いですよ。あと、そんな立派な人に教えてもらうような金ないですし」

「ああ、そう言えばそうだったな」


 俺は今、この冒険者に剣を習っている。

 いや、剣というよりは実戦的な立ち回りを学んでいると言ったほうがいいかもしれない。


 10歳のとき、ラウラに冒険者は向いていないと言われたあの日から、俺は試行錯誤を続けていた。

 どうすれば自分の手札を最大に活かすことができるか。

 どうすれば武術系スキルもない、攻撃魔法系スキルもない俺が、英雄になることができるのか。

 剣以外ならどうかと槍、斧、弓なども使ってみたが、結局スキルを習得することはできなかったので今は剣一本に絞って訓練を積んでいる。

 しかし、剣術スキルを持っていない俺はどう頑張っても剣だけでは戦っていけない。

 だからこそ、剣の使い方よりも使を教えてくれる人が俺には必要だった。


「なあ、それ間接的に俺が立派な人じゃないって言ってないか?」

「…………」


 昼間から酒場に入り浸ってる人間が何を、と言わんばかりの半眼で見返す。

 自覚はあるのだろう、そっぽを向いて下手くその口笛を吹き始めるところも、完全にダメ人間である。


「さあ、時間は有限だぞ少年!さっさと稽古を始めようじゃないか」

「…………そうですね」


 俺も教えを乞う立場なのだから、これ以上の追及はすまい。


 デニスの後ろについて、隣の冒険者ギルドに向かう。

 受付の横にある廊下を奥へ抜けると、小規模な闘技場のような空間に出る。

 屋根はなく、中央に石材でできた半径20メートル程度の台座があるだけのシンプルな空間。

 冒険者たちの訓練や昇格試験の模擬戦に使われる訓練場だが、そういった用途に使われていないときなら冒険者同伴の場合に限り俺みたいな未登録の人間も利用できる。

 無料で使えるというので、俺は積極的にここを使わせてもらっていた。


 デニスは備え付けの模擬戦用の剣を肩に担いで、訓練場の中央に向かって歩いている。

 俺も小振りな得物を選んで台座に上がると―――


「ッ!」


 声もなく打ちかかってくるデニス。

 かろうじて反応した俺は、デニスの左側を転がるようにしてその剣閃を回避し、バックステップを踏んで態勢を整える。

 台座に上がる前に<強化魔法>を行使していなかったら、今の一振りで稽古終了だったに違いない。

 デニスはいたずらがした子どものような表情をしてこちらに向き直るが、この瞬間も油断はできない。


「いいね、俺が教えたとおりだ!『相手の剣は受けるな、避けろ』、しっかりできてるじゃないか」

「お褒めに預かり……ッ!」


 こちらが言葉を返したタイミングで再び踏み込んでくる。

 右からの袈裟斬り。

 今度は避ける余裕がなく、<強化魔法>で底上げした腕力で強引に打ち払う。

 俺を小ばかにするようにニヤニヤ笑うデニスに向けて、大振りに牽制して再度距離を取った。


 汚い、本当に汚い。

 けれど、こういう戦いこそ俺が望んでいたものだった。


「ほらどうした足が止まってんぞ!おめぇは技術がねぇんだから、受けに回ったらおしまいだろうが!<強化魔法>で底上げした腕力、体力、瞬発力!数少ない取り柄をしっかり活かせ!」

「言われなくてもっ!」


 俺は<強化魔法>の効果を限界まで引き上げる。

 かつては体の外に放出してきた魔力を、無理やり体内に押し留める。

 魔力よりも先に集中力が切れてしまうため、持続時間はさほど長くない。

 それでも、デニスに対して優位を得るためにはこれしかない。

 脚力を頼みに正面から勢いよく踏み込んで斬りかかる―――


「おっと……うおっ!」


 と見せかけて一旦急停止。

 デニスが回避した先を目がけ、今度こそ斬りかかる。


 しかし、態勢を崩かけていたデニスは、それでも俺の剣を受け流した。


「悪くないが、足りないねぇ」


 態勢を崩されたところを蹴り飛ばされ、俺は試合場である石の台座から転げ落ちた。


「はい、終了。今日もエールごちそうさま」

「グギギ……」


 また、簡単にあしらわれてしまった。

 俺はポケットからとり出した大銅貨をデニスに投げつける。

 一本勝負、負けたら大銅貨1枚。

 これがデニスに稽古をつけてもらう条件だった。


 一本勝負にしたのは一戦で全力を出し切るためだが、保有する魔力量に対してその用途をほとんど持たない俺は魔力の大半を残したまま敗北を重ねている。


「やっぱりあれだな、何か切り札が欲しいよな。今のままだと負ける気がしねーもの」

「そんなのがあったら苦労しない……」


 いや、本当に。

 『魔力をありったけ剣に乗せて超強化攻撃!』とか、『魔力を剣に沿って伸ばして中距離攻撃!』とか、ありがちな必殺技を実現できないものかと模索したりもしたが、無駄に魔力を消費するだけで斬撃の威力は向上しなかった。

 <強化魔法>を極めたところで、素手で板金鎧を破壊したり足で岩盤を踏み砕いたりはできないだろうし。

 必殺技、どこかに落ちてないだろうか。


「ま、気が向いたらまた来いよー」

「……ありがとうございました」


 訓練場を後にするデニスの背中を見送る。

 <剣術>スキルを持つC級冒険者。

 俺が追い求めるスキルを持つ、しかしC級冒険者として飛び抜けて強いわけでもないと自称する冒険者。

 そのデニスから、俺はいまだに一本取ることすらできていなかった。



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