第7話 冒険者ギルド




「やっと…………貯まった」


 袋に入った銅貨を数え終わると、万感の思いを込めて呟いた。

 自分でもわかるくらい顔がにやけている。

 この顔のままで人前にでるのはちょっと避けたいレベル。

 しかし、それも仕方のないことだ。

 なぜなら俺は今日この日、幼い頃に抱いた夢――――英雄になるという夢に向けて大きな一歩を踏み出すことができるのだから。






 リリーが孤児院を旅立ってから1年と数か月。

 俺は魔力や剣の練習や都市の巡回と並行して、積極的にお金を稼ぐ努力を続けていた。

 おつかいやら店番やら、子どもでもできる仕事だから対価は安く、しかも孤児だからという理由で拒絶されることも多かったが、俺が10歳になってしばらく経ったこの日、俺は目標の金額を貯めることに成功した。


「アレックス兄、どうしたのそのお金?」

「わあ、すごいいっぱい!」

「どこから盗んできたの?アマーリエ先生に怒られちゃうよ」

「誰が盗むか!自分で貯めんたんだよこのやろう!」


 失礼なことを言うオットーに拳骨を落と―――したかったが、少しだけ背が足りなかったので代わりの腹パンを一発。

 うめき声をあげて崩れ落ちる間抜けを尻目に、ラルフとローザに向き直る。


「冒険者ギルドで俺のスキルを見てもらうための金が、やっと貯まったんだ」


 そう、これは自分のスキルを知るためのお金。

 冒険者ギルドで自分のスキルを確認するための費用、その額なんと10万デルだ。


 この国で一般的に使われているお金は、鉄貨、大鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨の6種類で、通貨はデルという。

 鉄貨が1デルで大鉄貨が10デル、銅貨が100デル――――というように十進法で桁が上がっていき、大銀貨が10万デルだ。

 世の中には金貨や大金貨、さらに白金貨というものもあるらしいのだが、孤児である俺はまだ見たことがない。

 物価が違うだろうからなんとも言えないが、銅貨1枚(=100デル)で100円程度という認識で概ね間違いないと思う。


「え、でもあれって大銀貨が必要って聞いたよ?いつのまにそんなに稼いでたのさ」

「ちょっとした小遣い稼ぎを、何年もコツコツとな」

「ねー、アレックス君。このお金でおいしいものを食べに行こうよ」


 起き上がってきた間抜けをもう一度床に転がす。


「さて、じゃあ早速行ってくる」

「いってらっしゃい、アレックス兄。どんなスキルだったか、わかったら教えてね」

「毎日裏庭で頑張ってたもの。きっといいスキルがあると思う」


 間抜けと違って、うれしいことを言ってくれる二人の頭をわしゃわしゃとなでて、俺は孤児院の門から外に出る。

 南町通りの冒険者ギルドまでの数分間がやたらと長く感じる。

 早く、少しでも早く。

 俺は高ぶる気持ちを抑えきれず、全力で冒険者ギルドへ駆けて行った。




 時間はお昼前。

 冒険者ギルドのロビーにはほとんど冒険者がおらず、依頼のために訪れたと思しき一般客がちらほら見えるばかりである。

 この状況は予想通り。

 邪魔にならないように、あえてこの時間を狙ったのだ。

 冒険者用の受付と一般客用の受付、どちらに行こうかと視線を彷徨わせていると冒険者用の受付にいる一人の女性と目があった。


(眺めていてもわからないし、あの人に聞いてみようか……)


 受付に近づくと、その女性は困ったような顔になる。


「えっと……、キミ、歳はいくつかな?」

「10歳です。12歳にならないと冒険者になれないのは知っています。今日は、俺のスキルを確認してほしくてここにやってきました」

「そうなの……。でもごめんなさいね、スキルの確認は、費用として大銀貨1枚を払ってもらうことになっていて―――」


 そう言い終わるのを待つ時間ももったいないとばかりに、受付に金の入った袋を乗せる。


「銅貨が多くて申し訳ないですが、ちゃんと大銀貨1枚分あるはずです。何年もかけて少しずつ集めました」

「え、これをキミが!?」


 目を丸くして驚く彼女に対して、笑って大きく頷く俺。

 この人の気持ちはよくわかる。

 親からもらってきたと言うならばともかく、10歳の子どもから10万稼ぎましたと言われたって普通は信じることなどできないだろう。


「へえ……、小さいのに根性あるのね。将来は冒険者になるの?」

「多分、そうなると思います」


 しかし、この人は違ったようだ。

 俺の話を信じてくれたのか、あるいは実際にお金があるのだから出所は気にしないというだけか、ばかみたいな量の硬貨を同僚の手も借りて数えてくれる。

 硬貨の計量が終わると、受付の女性がスキルを確認するための流れについて説明してくれた。


「スキルをどうやって確認するか、知っているかしら?」

「いえ、詳しくは……」

「そう、それならちょっと待っていてね」


 そういって一度奥に戻っていく受付の女性は、それほど間を置かず一人の少女を連れて戻ってきた。

 受付の女性が少女に向かって告げる。


「フィーネ、こちらのお客様がスキルの確認をされたいそうです。お金は受け取っていますから説明をお願いします」

「え、この子?12歳には見えないんですけど……」


 10歳だからな。12歳に見えないのは仕方ない。

 俺はさして気にしなかったのだが、受付の女性の視線は厳しくなる。


「スキルの確認自体は冒険者でなくともできると教えたでしょう。なにより、この人はまだ10歳ですけれど、確認費用の大銀貨を自分で稼いできたそうですよ。あなたもその姿勢を見習ったらどうですか?」

「大銀貨を?ウソでしょう?……ぐっ」


 容赦ない拳骨と、うめき声を漏らす少女。

 どこかで見たような光景である。

 受付の女性は無言のままだ。

 無言のままだが、その視線が放つ圧力が半端ない。

 このままでは流石にまずいと思ったのか、涙目で頭を抑えた少女は案内を始めてくれる。


「こ、こちらになります。確認は2階の部屋で行いますから、向かう途中で説明します」

「お、お願いします」


 受付の女性にも礼を告げ、少女のあとをついていく。

 俺と同じくらいか、もしかしたら少し年上かもしれない。

 ほんの少しオレンジがかった金色の髪を腰まで伸ばした受付嬢見習いの少女は、階段を上り始めて1階のフロアから見えなくなるのを見計らうと、愚痴をこぼし始めた。


「ほんと、毎日毎日ばかすか叩いてくれちゃって。私の頭が悪くなったらどうするのよ……」

「ははは……、大変なんだね」


 日常的に叩かれるようなことをやらかしているらしい少女は、とび色の瞳に涙を浮かべてこちらを見る。


「さて、説明を始めるけれど、どこまで知ってるの?」

「うーん……悪いけどなにも知らないから、最初から説明してくれるとうれしいな」


 本当は知っていることもあるけれど、本職からの説明を聞いておいて損はない。

 この子を本職と言っていいか、疑問は残るが。


「仕方ないわね。まあいいわ、これも仕事だもの」


 客の前で仕方ないとか言っちゃうから叩かれるんだろうに。

 この子の将来が心配だ。


「まず、これから案内する部屋にはね、ギルドのために働いてくれている精霊がいるの」

「へえ、すごいな。精霊に会うのは初めてだよ」


 この子のやる気が出るように合いの手をいれる。


「ふふ、すごいでしょう?その精霊は<アナリシス>というスキルを使えるの。見た相手のスキルがわかるレアスキルよ」


 相手のスキルを確認するためのスキル。

 俺のファンタジー知識では有用なスキルの筆頭格というイメージだが、やはり希少なスキルのようだ。

 そうでなければスキルの確認で10万デルも取られたりはしないだろうから、予想していたことではある。


 だから俺が少女にそれを尋ねたのは、本当になんとなくだった。


「なあ、<アナリシス>って、俺は習得できないのかな?」

「それはやめておいた方がいいわ」


―――もっとも、覚えようとして覚えられるスキルではないけれど。


 立ち止まった少女は、呟くようにそう続ける。

 少し雰囲気が変わったような気がする。

 何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。

 俺が黙り込んだことに気付いた少女は、振り返ってこちらに語りかける。


「ねえ、……えーと?」

「俺はアレキサンダー。アレックスって呼んでくれ」

「アレックスね。私はフィーネよ」


 今更ながら互いに自己紹介を済ませると、フィーネは続ける。


「アレックスは、相手のスキルを好きなときに覗き見ることができる人間がいたとしたら、どう思う?」

「え?…………ああ、なるほど」


 それ言葉だけで全て察してしまう。

 

「あら、意外と賢いのね。多分、あなたが思った通りよ」

「嫌われるし、疎まれる。場合によっては利用される。ひどいときは、悪い奴に捕えられるってところかな?」


 情報というものは大きな武器になる、なんてことは言われなくとも理解できる。

 相手のスキルを知ることができたなら、それは交渉や戦闘など、あらゆる場面で有利に働くだろう。

 そして<アナリシス>が希少であればあるほど、その効果は際立ったものになる。


 だからこそ、自分のスキルを他人に対して開示するときは、細心の注意が必要になるし、好きなときに自分のスキルを覗き見ることができる人間がいるとしたら、その人間は、きっと多くの人間にとって疎ましい存在になってしまうのだろう。


「そうね、半分正解」

「半分?」


 何か足りなかったか、俺は首をかしげる。


「そうなることもあるけれど、半分以上は殺されてしまうわ」


 見つめる少女の瞳は冷たかった。

 その表情に思わず息をのむ。


 すると、フィーネは我慢を堪えきれないといった風に笑いだした。


「何を心配しているの?まるであなたが殺されてしまうみたいな顔よ?」


 そう言ったフィーネは再び歩き始める。


「いやでも、スキルを確認して<アナリシス>があったら人生終了って怖すぎない?」


 一瞬だけ、夢も目標も放り投げて帰りたいという思いが頭をよぎる。


「大丈夫よ。レアスキル持ちというのは、どこにでもいるものじゃないの。レアスキルを持っている人間は数百人に1人くらい。<アナリシス>はレアスキルの中でも希少な方で、この都市で使えるのは、ここにいる精霊だけよ」


 そういって、フィーネはある部屋の扉を指さす。


「さ、中に入ってスキルを確認してもらってね。スキルがなくても、使いどころが少ないスキルでも、へこたれちゃだめよ?」


 フィーネは縁起でもないことを言い残して階下へと戻っていき、俺は精霊がいるらしい部屋の前に一人取り残された。


 おい、説明ってこれだけかよ。



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