第8話 スキル1
冒険者ギルドの2階にある一室。
俺のスキルを確認してくれる精霊がいるらしい部屋の前の廊下で、俺は一人立ち尽くしている。
(くっそ……こんなことでビビってちゃダメだろ。英雄になるんだろ、アレックス!)
どうせ小さい子や新人をからかうための作り話だ。
今頃階下では、フィーネが俺の怯える様子を思い出して笑っているに違いない。
そう考えて少しだけ落ち着きを取り戻し、部屋の扉の前に立つ。
(ここで突っ立っていても仕方ない)
扉に手をかけ――――ノックをしてなかったことに気付いて慌てて手を放す。
どうやら俺は相当動揺しているらしい。
改めて扉をノックしようと手をかざすと――――
「どうぞー」
手が扉を叩く前に、部屋の中から落ち着いた声があがる。
「……失礼します」
呟くように一言だけ告げて、俺はその部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の中の様子を見渡す。
窓はないが、天井に付けられた灯りは十分に部屋の中を照らしている。
部屋の中央には低い長方形のテーブル。それを挟むように手前と奥に三人掛けのソファー。部屋の奥の方にある扉は、この精霊の控室だろうか。
「いらっしゃい。あら、今日はずいぶんとかわいい子ね」
そういって、精霊はにっこりと笑う。
「……よろしくお願いします」
それに応えながら相手を観察する。
精霊に会うのは初めてだから、どんな姿をしているかと思ったが。
腰の下を通り越して膝の近くまで伸びる紺色のきれいな髪。
瞳は透き通るような水色で怪しい輝きを放っている。
見た目は人間の若い女性と全く違いがない。
いや、それよりも。
(浮いてるよな、これ)
足が地面に付いてないように見える。
「あらあら……いくら子どもとは言っても、女性をそんなにジロジロ眺めては失礼よ?」
「っ!ごめんなさい、精霊の人に会うのは初めてだったので」
精霊の人、という謎の単語が口から飛び出す程度に混乱しながらも、俺は慌てて謝罪の言葉を口にする。
すると精霊は手をひらひらと振り、気にした様子もなく俺を許してくれる。
「素直なのはいいことね。私はラウラ、よろしくね」
「俺はアレキサンダーです。アレックスと呼んでください」
「そう、アレックスちゃん、よろしくね」
ちゃん付けはやめてほしいと思いながらも、先ほどの失態の後である。
文句は言えず、俺は軽く頭を下げた。
「さてと!まずは説明からかな?」
「あ、説明はさっきフィーネ……受付の子にしてもらいました」
「え?あの子、ちゃんと説明したの?」
「…………」
してないかもしれない。
思い返すと、この部屋に精霊がいることと精霊が<アナリシス>を使うことくらいしか聞いてない気がする。
「すいません、やっぱりお願いしてもいいですか?」
「ええ、わかったわ」
ラウラは、ソファーのひとつにぽふっと音を立てて腰掛けると、俺には向かいに座るよう勧めてくれる。
「まず、<アナリシス>をかける前にいくつか説明するから、しっかり聞いてね。大事なことだから」
「わかりました」
俺はラウラの言葉を一言も聞き漏らさないように神経を集中する。
その様子に満足したラウラは、懐から一枚のカードを取り出す。
「これがスキルカードよ。アレックスちゃんのスキルを確認して、結果を私がこれに書き込むの。冒険者の登録証を兼ねているから冒険者は全員持っているけれど、自分の保有スキルの証明にもなるから、冒険者でなくても持つ人はいるわ」
灯を反射して銀色に光るカードが、目の前に置かれた。
「スキルカードには、名前や年齢、住所も書けるから、用意された記入欄を全部記入すれば、簡易な身分証としても使えるの」
「偽造されないんですか?」
ふと、思ったことを聞いてみる。
「私が書き込むときに魔力を込めるし、ギルドでそうならないように処理するから。見た目を似せても、見る人が見ればニセモノだってわかっちゃうのよ」
なるほど。
「ちなみに偽造は厳罰だから、間違ってもやっちゃダメよ?」
「はい、絶対にしません」
「いい返事ね」
さて、と前置きしてラウラが続ける。
「ここからが特に大事な部分なんだけれど、スキルカードに書き込むスキルはアレックスちゃんが決めることができるの。私が確認したスキルをアレックスちゃんに説明するから、その中からアレックスちゃんが、人に教えたい、教えてもいいというスキルを選んでね」
アレックスちゃん、と連呼されて集中が乱れる。
幸いラウラは俺の年齢を意識して平易な言葉を選んでくれているらしく、説明を理解するのは難しくなかった。
「スキルカードに書かなかったスキルはどうするんですか?」
「どうもしないわ。私はだれかにアレックスちゃんのスキルを聞かれても教えないし、そもそも今まで何万回もスキルをみてきたから、誰がどのスキルを持っていたかなんて覚えていられないしね」
「何万回……」
ということはこの精霊、どうやら見た目通りの年齢ではないらしい。
「アレックスちゃん、今……何を考えたのかな?」
「……いえ、なにも」
おいおい、まさか心が読めるのか。
「『心が読めるのか』かな?」
「っ!?」
いつのまにかラウラの持つ雰囲気が変わっている。
ミステリアスで、しかし穏やかな雰囲気を持っていた精霊。
彼女は俺の心の奥底まで見通すような怪しい視線をこちらへ向けていた。
身の毛がよだつ。
思考が加速する。
(ラウラの<アナリシス>……見ることができるのは、本当にスキルだけなのか?)
もし心を読むことができるなら。
あるいはその人間のスキル以外の状態、例えば前世の記憶を持って生まれ変わっていることを知られていたとしたら。
あまり考えたことはなかったが、この世界で俺と同じ状況にある者はどれくらいいるのだろうか。
別世界、あるいは過去の知識を持つ者はどの程度の希少性があるとされているのだろうか。
どの程度の危険性を持つとされているのだろうか。
―――殺されてしまうわ。
フィーネとの会話が頭の中に蘇る。
(くそっ!どうすれば切り抜けられる……!)
心を読むことができるとしたら、もう状況は詰んでいるといってもいい。
ここは冒険者ギルドなのだ。
自分より腕の立つ人間なんていくらでもいるだろうし、ここから逃げたところで―――
「くふ、ふふふふふ……」
「…………?」
突然、ラウラの様子に変化が表れる。
怪しげな雰囲気が霧散し、笑いを堪えられないといった様子で―――
「おい、まさか……」
「あはははははは!アレックスちゃん、ほんっとに最高!こんなにいい反応してくれる子は久しぶりだよー!おねーさん感激!」
ラウラはソファーに体を投げ出して足をじたばた動かし、全身で今の気持ちを表現してくれる。
俺は呆然とそれを眺めるしかない。
「いやー、最近の新人さんは私がこういうことを言うのを誰かから聞いてくるから、反応がつまらなかったんだよねー!私の一番の楽しみだっていうのに、本当に残酷なことするよね!」
残酷なのはお前だ。
(カマかけられたのか……)
目の前の精霊は何万回もスキルを見てきたと言った。
きっと似たような説明を繰り返してきたのだろうから、会話の中で相手のリアクションから相手の疑問や心情のパターンを覚えているということもあり得る。
(詐欺師の常套手段じゃねーか)
―――心が読めるのか。
実際に俺は心を読めるんじゃないかと疑っていたが、それが的外れでも俺がきょとんとするだけでラウラにデメリットはない。
相手がそれを疑っていたときだけ、ラウラは相手の反応を愉しむことができるというわけだ。
「なんて、趣味の悪い……」
「ごめんねー!てへっ☆」
さっきまでの雰囲気は作られたものだったのだろう。
怪しげな雰囲気は雲散霧消し、ミステリアスなお姉様はウザい女へと変貌を遂げた。
かわい子ぶって舌を出し、ウィンクするその顔をぶん殴ってやりたい。
顔立ちが整っているから、その仕草が様になっているところが益々憎らしい。
「はー、元気出てきたわー、おねーさんお仕事頑張っちゃう!」
(耐えろ、アレックス!今ここでこいつを殴ったら大銀貨が無駄になっちまう!)
俺は怒りでぷるぷると震えながらラウラをにらみつける。
「えーと、アレックスちゃんは複数のスキルを持ってるよー」
「え!本当ですか!?」
「ウソだと言ったら?」
「…………」
無表情で耐えようとしたが、頬が引きつるのを止められない。
そんな俺を見てにまにまと笑う鬼畜精霊。
完全におもちゃにされている。
「はー、アレックスちゃんは本当にかわいいなー……。いつまでもこの時間が続けばいいのに」
うっとりした顔で、なんて恐ろしいことを言うのだろうか。
「スキル、早く」
俺は片言で催促する。
もうこいつに対して丁寧な言葉を使う気にはなれない。
「はいはーい、わかってますよー!えーと、まずは……」
口調に反して少しだけ真面目な表情をするラウラを、俺も真剣な表情で見つめる。
「1つ目は<結界魔法>だよ」
「<結界魔法>……防御系スキルか?」
できれば自分で戦うことができる系統のスキルが望ましいと思っていた俺だが、がっかり感よりも『スキルなし』という最悪の結果は免れたことによる安心感が勝り、胸をなでおろした。
「大体合ってるけど、詳しい説明も聞くでしょう?」
「ああ、頼む」
「<結界魔法>はね、その名前のとおり、結界を設置する魔法だよー」
「…………えっ、説明それだけ?」
「説明する前に試してもらったほうが、話が早いかなって」
なるほど。
だが、一つ問題があった。
「<結界魔法>は、もう試したことがあるんだけどな」
そう、<結界魔法>に限らず前世知識で聞きかじった魔法は一通り試している。
そして全て失敗したのだ。
魔法らしい効果を得ることはできず、何も起こらないか魔力をいたずらに消費するだけの結果で終わっている。
「騙されたと思ってやってみてよ」
騙される予感が半端ない。
そう思いながらもそれでは話が進まないので、俺は向かって右手、この部屋の壁際、距離にして2~3メートル程度のところに一枚の障壁を設置することをイメージする。
しかし―――
「ダメ……、だよな?」
やはり魔力が霧散してしまった。
かつて試したときと結果は同じでどうしても壁状になってくれない。
落胆した俺はラウラに向き直ると、ラウラはにっこり笑って一言だけアドバイスをくれた。
「遠いよ、アレックスちゃん」
「遠いって、それはどういうことだ?」
「そのままの意味だよ?」
そう言って俺の胸元を指さす。
「自分の体のすぐ近くに、魔力で壁を作るようにイメージしてみて」
そんな近くに作ってどうするんだと思いながらも、俺は言われた通りにやってみる。
「……………………できた」
なんでだ。
あれほど努力してもできなかったことが、こんなにも簡単に。
体の正面すぐ近くに、50センチ四方くらいの小さな障壁をイメージした瞬間。
あまりにもあっさりと、それは姿を現した。
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