第4話 幼少期2
「―――というわけで、現在の帝国は、かつてよりも領土が狭く小さな国になっており、北部ではかつての領土を取り戻そうと、公国との戦争を繰り返しているのです」
農作業の後は朝食。
その後は黒板に描かれたこの国周辺の地図を見ながら、年長の子に交じってお勉強の時間だ。
今は社会の授業の時間で、この孤児院で俺たちの面倒をみてくれている大人のひとりであるアマーリエ先生が教師役を務めていた。
(こんな孤児院で国語、算数、社会まで教えてくれるとは思わなかった……)
特に社会の授業はありがたい。
幼い頃からどうやっていろいろな情報を手に入れるか苦心していたものだが、この授業のおかげで多くの心配事は解決した――もしくは解決が不可能であることを理解した――と言っていい。
アマーリエ先生の話によれば、この国は皇帝を頂点に据えた帝国であり、この都市の領主は貴族であるという。
帝国の中心部は皇帝の直轄領で、それ以外の土地は貴族が統治するという構造だ。
中でも国有数の都市は大貴族が治めており、この都市も国で十指にぎりぎり入るくらいの大都市なのだとか。
また、この国は戦争をしているとも聞いた。
開戦から百年、両国の正規軍同士が大規模に衝突したのは遠い過去のこと。
現在は敵国に隣接する都市の領主が中心となり、手柄を求める下級貴族や傭兵などが散発的に戦闘を繰り広げているだけだという。
全面戦争をする余力は残っていないが、お互い引けずに意地で戦い続けているのだそうだ。
幸いこの地域に関して言えば戦争の影響も小さく、宗教自体があまり浸透していない――シスターである先生方は嘆いていたが――からか宗教対立なども生じていない。
治安も悪くないので、孤児が生きていくためには悪くない環境だった。
もちろん治安が悪くないと言っても、スラムに近い場所はその限りではないのだが。
あとは、奴隷制度がないと教えられたときは本当に安堵した。
ファンタジーに奴隷は付き物という認識は頭の中にあったものの、そんな制度が本当にあったなら孤児などいつ奴隷にされるかわかったものではない。
実を言えば、内心では戦々恐々としていたのだ。
孤児院で教育を受けられること。
俺たちの食事や衣服がこの都市に住む人々と比べてそこまで粗末なものではないということ。
これらを踏まえても、この地域に浸透している倫理観は孤児にとってそう悪いものではないことがわかる。
本当にありがたいことだった。
一方、いまだ判明していない情報も多かった。
アマーリエ先生は子どもの疑問に面倒がらずに付き合ってくれる良い先生だが、幼い子には教えられないと判断した情報は「もっと大きくなってからね。」と言ってはぐらかす。
俺にとっては極めて重要な、武器に関する情報もそのひとつだ。
特に危険な銃火器に関しては、存在するか否かも判明していない。
(そういえば、アレも結局わからないままなんだよな……)
俺が生きるこの世界が前世の延長上にあるのか、それとも異世界なのか。
魔法やスキル、魔獣と聞けば異世界説が真実味を帯びてくるのだが、俺自身が魔法やスキルを使うことができないので、それらがどういうものなのか判断する材料が不足している。
『高度に発達した科学は魔法と区別がつかない』というようなことを誰かが言ったように、正直に言うと前世で毎日のように使っていたスマホやパソコンも文系の俺にとっては魔法のようなものだったのだ。
使い方を知っていても、それがどのような理屈で動作しているのか理解していたわけではないのだから、リリーが使う<火魔法>も、何らかの技術の延長上にある可能性は否定できない。
そのスマホやパソコンを筆頭とする電子機器や家電製品がどこにも見当たらないことも異世界説を後押しする要素ではあるが、数百年も時が流れていれば身近なツールなんていくらでも変わってしまうのだろう。
前世には科学技術を滅ぼしかねない恐ろしい科学技術もあったことだし。
(まあ、ここまでくるといちゃもんに近いか……)
できれば元の世界であってほしいという願望混じりの屁理屈だ。
ただ、ここが元の世界なのではないかと思える共通点があるのも事実だった。
食べ物では果物や野菜を中心にどこかでみたような形のものが多く、家財道具の造りも似ているようにみえる。
太陽と月はひとつずつだし、メートル法が通用しているし、1日が24時間で1年が――――360日しかないところはちょっと違うか。
ちなみに前世に存在した電子機器や家電製品のいくつかは魔道具で代替されている。
身近なものだと冷蔵庫やガスコンロ、大きいものだと飛空船も魔石で動いているらしい。
「アレックス君、眠いならお部屋に戻って寝ていてもいいのですよ?」
「あ、ごめんなさい。アマーリエ先生」
「別に叱ったわけではないのですけど……」
考え事をしていたら声をかけられてしまった。
先生は年長の子に交じった4歳児を純粋に心配してくれたようだが、必要な知識を教授してくれる先生に対して失礼がないよう気を付けなければならない。
「アレックス君は本当に熱心でいい子ね。それに比べてリリーさんときたら……」
「だって楽しくないもん!アレックス君だって、魔法の練習してる方が楽しいよね?」
アマーリエ先生のお小言に悪びれもしないリリー。
リリー炎上事件以来、魔法のコツを盗もうとしてリリーの後ろをついて回るようになったからか、今では完全に弟扱いされている。
「アレックス君!お外で魔法の練習しよう!」
そう言って俺を外に連れ出そうとするリリーに、アマーリエ先生の拳骨が落ちる。
「…………ぅ」
しゃがみこみ、頭を押さえてぷるぷる震えるリリー。
痛そうだが弟(仮)の前で涙は見せられないからか、必死に耐えている様子が大変かわいらしい。
「早く席に戻りなさい。さもなくば、お昼ご飯は抜きにします」
「うぅ……」
お昼抜きは流石に堪えるらしく、リリーは自分の席に戻って黒板に向かう。
ぼーっとしたり外を見たりと、さっぱり頭に入っている様子はなかったが。
昼食の後にも授業の時間があり、それが終わればようやく自由時間だ。
たまに孤児院の先生がどこかからお手伝いの話をもらってきてそちらに行かなければならないこともあるが、それも月に数回程度のこと。
孤児院の子どもたちは思い思いに話し、遊び、自由時間を楽しんでいる。
治安の関係で孤児院から一人で出ることは禁止されているが、それさえ守れば何をしてもよかった。
そんな中、リリーと俺は自由時間を魔法の練習に費やしていた。
今日も今日とて、孤児院の裏庭で本を片手に体中に魔力を行き渡らせる。
今は一番寒い季節だから、魔力を体中に行き渡らせるだけなら部屋の中でやってもいいのだが、俺が裏庭に来ないとリリーが俺の部屋にやってきて俺を裏庭に連れ出してしまう。
何日か繰り返すと段々リリーの機嫌が悪くなっていくので、今では彼女が部屋に来ないうちに自分から裏庭に行くようになった。
「ほら、こうすれば暖かいでしょ?」
もはや炎と形容した方がいいような<火魔法>の塊が、俺たちの周囲をふわふわと回る。
リリー炎上事件から2年以上の歳月が流れ、春に7歳になるリリーは<火魔法>使いとしての技術に磨きをかけていた。
彼女の自己申告によると、本気で作った火の玉は着弾すると半径5メートルほどを焼き払うという。
そんな危ないものがふわふわ周囲を漂っているのだから俺としては気が気でない。
やめてほしいなどと言えばリリーの機嫌が悪くなるのは明らかなので、火だるまにならないことを祈りながら魔法の練習をするしかないのだが。
しかし、肝心の練習の成果といえば――――残念ながら、俺の方はいまだに魔法を使える気配がなかった。
(変身シーンの真似のおかげか、魔力の量はずいぶん増えた気がするんだけどなあ……)
魔力が枯渇すると気絶するように眠ってしまうことは身を以て知っている。
しかし、それでも俺はほとんど毎日アレを続けてきた。
その甲斐もあり、当時は3秒しかもたなかったアレも今では20秒近く持続するようになっている。
(まあ、だからなんだと言われると困るが……)
アレをやると魔力量が増える気がしたし、実際に増えた。
魔力が空になると発生する昏倒や頭痛に耐え、時折見舞われる酷い体調不良にも耐えてきたのだから、この行為が無駄ではないと信じたい。
しかし、俺の体内をめぐらせている魔力は今のところ火にも風にも水にも土にもなりそうになかった。
冒険者ギルドに行ってお金を払うと自分が持っているスキルを判別してもらえるらしいのだが、4歳の孤児に出せる額ではないので、現状の俺には自分の保有スキルを知る手段はない。
(歯がゆい……)
なんとかして自分の保有スキルを知りたい。
その思いは、日に日に強くなる。
思いのほか多い孤児院の蔵書によれば、スキルに関する全てが解明されたわけではないながらも、スキルの大半は先天的に習得している、あるいはその人の才能を可視化したものではないかとされていた。
中には長い修練の末に後天的に習得できたり窮地を切り抜けることでレアなスキルを習得したりという例もあるそうだが、その幸運に人生を賭けるのは流石に避けたい。
将来的にどのような道を選ぶにせよ早めに自分のスキルを知っておき、そのスキルを伸ばす方針を取った方が効率的に自分の能力を伸ばすことができる。
つまり俺が英雄になるためは、自分のスキルをなるべく早く知らなければならないのだ。
(リリーのように感覚的に魔法を使えてしまえば話が早いんだが……)
リリーは<火魔法>スキルを持っていると大人に教えられる前から、<火魔法>を使うことができたそうだ。
むしろ火を操ることができるから<火魔法>を持っているのだろうと思われているだけで、実際に<火魔法>のスキルを持っていることを確認したわけではないらしい。
そういうわけで、俺にも何か保有スキルの兆候が現れないものかといろいろ試してはいるのだが、それらの挑戦はことごとく失敗に終わっていた。
「アレックス君、そんなに難しい顔してどうしたの?」
気づいたら、リリーが心配そうにこちらをうかがっていた。
「大丈夫、何でもないよ」
俺は笑ってそう答える。
俺はまだ4歳だ。
リリーが初めて火魔法を使えたのもこのくらいの歳だと言っていたし、まだ焦ることはない。
(そう、焦ることはない……。焦ることはない、はずなんだが……)
いつからか、俺の心には拭えない不安が巣食っていた。
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