第2話 プロローグ2




 最初は夢を見ているような気分だった。

 

 思考はまとまらず、自分が急行列車に轢かれて一生を終えたことも思い出せなかった。

 

 誰かが遠くから俺を呼んでいるような気がして、しかしその声を聞き取ることもできない。

 

 まどろみに抗うこともできず眠りにつく。


 そんな時間を繰り返していた気がする。




 何かがおかしいと思ったのは、それからしばらく経ってからのことだ。

 といっても、実際どのくらいの時間が経ったのかはわからない。


(体は動くのに、感覚が全然違う…)


 電車にはねられて四肢に重大な障害が残ってしまったのかもしれない。

 足はともかく手が使えなくなるのは勘弁してほしかった。


 戸惑っている俺に、なにやら声が近づいてくる。


「そろそろアレックス君が目を覚ます頃かしら」

「きょうはね、わたしがミルクをあげるの!」

「そうね。あなたはお姉さんなんですから、しっかり面倒を見てあげるのですよ」

「はーい!」


 この時点で、俺は非常に嫌な予感がしていた。


(おい、まさか……)


 渾身の力を振り絞って、俺は瞼を開いた。

 ぼやける視界の中、やたら大きな赤毛の幼女がこちらを見て、嬉しそうに近寄ってきた。


「あ!アレックスくんおきてるー!」


 誰がアレックス君か!

 そう叫んだはずなのに、自分の口から出たのは「あばぁ。」という情けない声。


(まじか……)


 もう誤解のしようがない。

 他の誰でもない、俺がアレックス君だった。





 ◇ ◇ ◇





 アレキサンダー・エアハルト。

 それがの俺の名前であるらしく、普段はアレックスという愛称で呼ばれていた。


(アレキサンダーって、なんかすごい偉い人の名前じゃなかったか……?)


 アレキサンダーさんがどんな偉業を成し遂げたかは思い出せない。

 しかし、せっかく偉人さんの名前をつけてもらったので、名前負けしないように精一杯頑張る所存だ。

 どうやら俺は孤児のようだから、並大抵の努力では歴史上の偉人に対抗することなどできないだろうが。


 それにしても――――


(生まれ変わりたいとは思ったが、まさか生まれ変わった先が日本じゃないとは思わなかったな……)


 最初に名前を呼ばれたときは「俺は日本人だぞ!何て名前つけやがるんだ!」と思ったものだが、自分が日本人ではないと理解すればそこまで変な名前だとも思わない。

 気候は日本にいたころとそこまで大きく変わらなかったし、行動範囲も歳相応に狭かったため、意識を取り戻してからここが日本ではないと気づくまでにそれなりの時間がかかってしまったのだ。

 後から振り返れば、黒髪の人が少ない代わりに金髪の人が多いあたり、もっと早く気づくべきだった。

 意識を取り戻したといっても、思考は正常ではなかったのかもしれない。


 しかし、ここが日本ではないと知ってしまえば確認しなければならないことが次々と思い浮かんでくる。

 近くに紛争地域があるか。

 この地域の宗教や慣習がらみで忌避されることはないか。

 こうした情報は最優先で入手しなければならない。


 だから一人歩きができるようになると、どうしても外に出たくなった。

 自分の身を守るすべを持たない赤ん坊だからこそ、少しでも安全に生きていくために、この場所の情勢を知る必要があると思ったのだ。

 詳細は無理でも、この国がどの宗教圏に位置する国なのかということくらいは知っておきたい。


 しかし、これがなかなか上手くいかなかった。


 何度もお守り役の大人の目をかい潜って外に出ようとしたが、俺はいつも誰かしらに見つかって部屋に戻された。

 初めて外に出ることに成功したのは、もうすぐ2歳になろうかという頃。

 急用で大人が俺から目を離したそのわずかな時間を狙って、俺は外に向かって石造りの廊下を走り抜ける――――ような気持ちでゆっくり歩き出した。

 幼い体では、いくら気持ちが前に向かったところでまともに走れやしないのだ。


(俺は、自由だ!!)


 外に出た瞬間、そう叫びたかった。

 窓から眺めているだけだった世界にようやく踏み出すことができたのだ。

 幼い体に感じる風は心地よく、心は解放感に満ち溢れている。


 しかし、それでも俺が自由を叫ばなかったのは、そこで別の言葉を口にする必要があったからだ。


「もええう!(燃えてる!)」


 目に映ったのは炎だった。

 よく俺の世話をしてくれる女の子の腕が、メラメラと燃えていた。


「あえあー!もええうー!(誰か!燃えてる!)」


 思うように動かない舌を必死に動かして、声の限りに叫んだ。

 過去に救えなかった少女のことが脳裏に浮かぶ。


(くそっ!なんでこんな……。いや、まだ間に合う!今度こそ助けてみせる!)


 そんな決意を胸に、とにかく大人を呼ぼうと声を枯らしたのだが――――


「あ、アレックスくん!?ダ、ダメじゃない、おそとにでちゃ!」


 しかし、そう言って俺に近づいてきた少女は燃えていなかった。


(あれ、火が消えてる……?)


 燃えていたはずの少女を見つめても焦げも火傷もない。


(一体何が……!?)


 見つめる少女の笑顔はいつもと変わりない。

 その手を掴み、じっと見る。

 水仕事を手伝っているせいか少し荒れているが、火傷の跡は見当たらなかった。

 ついさっきまで火に焼かれていたとは思えない柔らかい手だ。


 頭が混乱する。

 幻覚でも見てしまったのだろうか。


「そっか、アレックス君は初めて見たんだね」

「…………?」


 ポカンと口を開けて混乱する俺は、さぞ間抜けな顔をしていただろう。


 そんな俺に向かって少女は――――


「さっきのはね、<火魔法>っていうんだよ!すごいでしょ!」


 あっさりと、決定的な言葉を口にしたのだった。





 ◇ ◇ ◇





 部屋に連れ戻された俺は、自室の窓からのぞく四角い空をぼんやりと見つめていた。

 考えるのは先ほど目にした信じ難い光景のこと。


(国はともかく、世界すら違ったか……。いや、元の世界で俺が死んだ後に魔法が発見されたっていう可能性もある……のか?)


 孤児院の門から狭い路地を見渡しただけでは、この地域がどこであるか特定することなどできなかった。

 道行く人の肌の色や髪の色も様々だったため、現時点で俺の手元にある情報ではどちらが正解か特定することも難しい。

 正解はもう少し大きくなってから歴史書でも読ませてもらえれば判明することだろう。


 まあ、それはさておき。


(魔法かあ……)


 あの後、自分の目がどうしても信じられなかった俺は、かわいさ5割増し(当社比)で魔法を見せてほしいとお願いしてみた。

 すると、女の子はうれしそうにいろいろな魔法を披露してくれた。

 両手を燃やしたり、火を空中に飛ばしたり、飛ばした火を枯葉に当てて燃やしたり、それをみて飛んできた大人にげんこつをもらったり。


(ファンタジー、だったな……)


 まあ、それはいい。

 魔法に文句を言っても仕方がない。

 俺は頭の中で常識と書かれた紙を丸めてゴミ箱に投げ込み、本棚からファンタジー小説を手に取った。

 ここが異世界なのかどうかはさておき、現在俺が置かれた状況がどういったものなのか判明するまでは、そういうものを参考に行動してもいいかもしれない。


(やっぱり、魔法を習得するべきだろうか……)


 いや、魔法に関しては必要かどうかなんて考えず、是非とも使ってみたい。

 英雄になりたいと本気で思っていた頃、ヒーローの必殺技を本気で練習した記憶がよみがえる。

 あれに近いことができるかもしれないと考えると、高揚する気持ちを抑えることは難しい。

 夢が現実になるかもしれないと思えば、もう興奮を止めらない。


(さて、そうと決まれば善は急げ!)


 俺の魔法の先生に、会いに行こうじゃないか。






 <火魔法>を操る世話焼きな女の子。

 彼女の名はリリー・エーレンベルクという。

 白い肌に深紅の髪、薄く赤みがかった瞳を持つ、言われてみればいかにも火魔法使いという容姿の4歳児――――この幼女が、俺の魔法の先生だ。


 この子以外に魔法を使える人を知らないから、他に選択肢はない。


「え?アレックスくんは魔法をつかいたいのー?えっとね!わたしたちの体のなかにはね!魔力があってね!あ、魔力はおなかのあたりにあるの!それをね!こうやって、ぎゅーってして、手にあつめてね!そうすると、なんだか火が出そうな気がしてくるから、もえろーーってこころのなかでお祈りするとね、ぼわーって出てくるの!すごいでしょ!火なのに熱くないんだよ!わたしが<火魔法>のスキルをもってるからなんだって!あっ!でもアレックスくんはさわっちゃだめ!熱くないのはわたしだけなんだって先生がいってたから、アレックスくんはさわったらあぶないからね!わかった?」

「…………うん」


 やはり4歳児に理路整然とした説明を求めることは難しいと思い直し、リリーに礼を言ってからよたよたと部屋に戻る。

 かろうじて魔力が腹部にあるらしいということは分かったから、それだけでも良しとしよう。

 機会があれば彼女の“先生”とやらに教えてもらえないか、頼んでみるのもいいかもしれない。


(まあ、1歳児が魔法なんて使ったら怪しまれるか……?)


 その辺りの常識は追々学ぶとして、とりあえずは魔力を扱えるようになることを目標とした。


 すぐにできるようになるとは思えないが、どうせ他にやることもない。

 魔力の扱いをおぼえるため、ひいては魔法を習得するためならば俺は年単位の時間をかけることだって厭わない。

 それくらいの覚悟が俺にはあった。


 しかし――――


(あれ、意外と簡単だった……)


 俺はさしたる苦労もせず魔力の把握に成功した。

 前世では絶対になかった感覚だと思うのだが、言われてみればへそのあたりに何か渦巻いているようで、それがうっすらと体中に行き渡っているようだ。

 それを手に集めるところまでは、あっさりと上手くいった。


 ただし、肝心の火は出ない。

 火が出そうな気もしなければ、燃えろと念じても燃えたりはしなかった。


(そもそも、魔法を使える人たち全員が<火魔法>を使えるということもないか?)


 リリーはスキルを持っているから魔法が使えるというようなことを言っていた。

 その話が正しい場合、俺が<火魔法>のスキルを持っていないなら<火魔法>を使うことはできないはずだ。

 人によって保有するスキルは違うだろうから、自分が火魔法のスキルを持っているのかわからないうちに火魔法の練習に精を出すのはリスクがある。

 俺はまだスキルが先天的に与えられるものなのか、後天的に習得するものなのかも知らないのだから。


 時間をかける覚悟はある。

 しかし、使えるはずのない魔法の練習を繰り返し、多くの歳月を無駄にしたという結果は避けたい。

 時間は有限なのだから、有効に使わなければ。


(やっぱり、知識が足りないな……。仕方ない、今は当初の予定通り魔力の扱いから練習していこう)


 魔力を右手に集め、左手に集め、胸に集め、薄く全身に行き渡らせる。

 

 そして魔力を動かしているとき、俺はあることを思いついた。


(もしかしたら、できるのか……?)


 試してみる価値はある。


 両足を肩幅に開く。


 少し膝を曲げる――――のは幼児の体では無理だったので、壁に寄り掛かる。


 両手は前に出して、手のひらを自分に向けて、拳を握る。


 大きく息を吸って、気合を入れて叫ぶ。


「ああああっ!!」


 前世で流行した国民的アニメの主人公が変身するシーン。


 全身から金色の風が噴き出す情景を強くイメージする。


 そして、イメージどおりに腹部にたまっていた力が体の外に抜けていく感覚に襲われた。


(できた!!?)


 英雄になってやると思い立ってから苦節20数年。


 ついに、俺は――――





 ◇ ◇ ◇





「だめだよーアレックスくん。寝るときはちゃんとベッドで寝ようねー」

「うん……」


 目を覚ました俺はリリーに頭を撫でられながら、寝ぼけた頭で寝る前の記憶を思い出していた。

 体が幼児であるためか急に眠くなることは以前にもあったのだが、今日に限っては別の原因に心当たりがある。


(どう考えても、原因はアレだ。それしか考えられない……)


 もちろん変身ごっこのことだ。

 どうやら魔力が枯渇すると眠くなってしまうらしい。


「きっと魔法を使ってみたかったんだよね?でも魔法はつかいすぎると倒れちゃうから気をつけてね!とくに女の子はゼッタイ使いすぎちゃいけないんだって!先生がいってた!」


 意外と鋭いリリーのおかげで期せずしてウラもとれた。

 これからアレをやるときは、寝る準備をしてベッドで横になることにしよう。


 リリーが部屋を出て行ってから、俺はベッドに横になりボロボロの毛布を被る。

 結構な時間眠っていたからか、すでに魔力はある程度回復していた。

 流石に今日はもうアレをやるだけの魔力は残っていないが、それでも魔力を操る練習は今後も続けていくべきだ。


 魔法があるこの世界で、今度こそ大切なものを守ることができるように。


(いや、せっかく魔法がある世界に生まれ変わったんだ。二度目の人生、夢は大きく持つべきじゃないか?)


 前世の記憶を引き継ぎ、2歳を目前にして思考は明瞭。

 かつて読んだファンタジー小説のように神様から高性能なスキルを与えられるようなことこそなかったが、幼い頃から目標を持ち、それに向かって最適な行動をとることができる。

 このことは、決して小さくないアドバンテージになるはずだ。


 だから諦めずに突き進めば、こんな俺でも手が届くのではないだろうか。

 1人2人と言わず、守りたい人すべてを守ることができるような、テレビ画面の向こう側にしかいなかった存在――――英雄というやつに。


(よし、決めた!)

 

 どうせ本来はあり得ない二度目の人生だ。

 もう諦めるのは、失敗を恐れるのはやめよう。


 この人生の、全てを懸けて。


 今度こそ、俺は英雄になってみせる!



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