第8話 モフモフタイム終了、敵情視察へ
如月先輩の腕の中にいて、俺の耳じゃないけど猫耳に甘噛みされて、どうだと訊かれる。
その心は勿論――……良いに決まってるしかない! 最早一択しかない! それ以外に何があると思ってるんだ、ふざけるな(?) と胸中で逆ギレしながら冷静になった。
(もしかして如月先輩は、わざとやっているのだろうか?)
「如月先輩、わざとですか?」
「あ? 何がだよ?」
「それは、その……色々ですよ!」
「あー? 主語がねぇから分かんねぇな」
それからまた猫耳を執拗に触られて「やっぱこの触り心地はいいなぁ」と呟いた。
(ぐぬぬ……はぐらかすとは……)
「もうお触り禁止ですよ! おしまい!」
「やだ」
子供のようにごねると俺に抱きつき「やっぱ柔らけぇ」と口にした。
今日はやけにボディタッチが多く、俺はもう羞恥でいっぱいいっぱいだ。
「如月さん、もう寝ましょう」
「ん~……」
だが離してくれない。俺を膝上に乗せた状態でギュッとしてきた。矢張り酔っているようだ。このまま意識を飛ばされここで寝られたら体を冷やすし、風邪だって引くだろう。
「如月さん、二階に行きましょう? 寝室」
「……」
それから無言になるが、俺をそのまま抱えあげて立ち上がった。
「おわっ!? ちょっと、俺、自分で歩けますけど……?」
如月先輩は答えてくれず、歩いていく。
(ダメだ、任せよう……)
説得を諦め、そのまま身を任せることにした。
二階の階段を上がり、寝室の扉を開けた如月先輩は俺を抱えて横になった。昨日の体勢と同じく俺は後ろから抱きつかれていた。
(ようやく寝る気になっってくれたか……)
安堵した直後、また猫耳に如月先輩の片方の指が触れた。
「クラゲ、もうちょっと……」
「……」
猫耳がお気に入りなようで、モフられていた。
エンドレスモフモフなので落ち着かない。
(今晩ずっと、この状態を保たないといけないのかな……)
それにしても、如月先輩ばかりが触っているのはずるい気がした。
(俺だって、ちょっとは触りたい……)
そこでお腹に回っている如月先輩の片手に自分の手を重ねてみた。矢張り女性と違い、ゴツゴツとしていて、その感触がとてつもなく男であるのを認識させてくれた。男ながらも、俺が好きになった人の手だ。決して本能的な部分が反応して好きになった訳ではない――と思うし、思いたい。
「クラゲ、何してんだ?」
「如月さんが俺の猫耳ばかり触っているのがずるいので、如月先輩の手を触ってるだけですよ」
「そうか」
不意に、如月先輩の手が俺の手を握った。ごつごつとした指先は俺よりも骨太で逞しい。
(はぁ……何これ。遺伝子の差……? 魔族なのに何で俺の指はこんなにも細いのだろう……)
如月先輩の指の太さに嫉妬する中、直に指を絡まされた。指を絡まされ、握られ、胸がぎゅっとなったが、安心もしてしまう。
「如月さんの手、大きくて、温かくて良いですね。何でも掴めそうです」
「そうでもねぇよ」
「俺の手と違って逞しいし、羨ましいです」
「人と比較したら切りがねぇぞ。クラゲはクラゲのままでいいんだよ」
「……っ!?」
甘噛みされたのは猫耳ではなく、俺の耳だった。
「ちょっ、何するんですか!?」
「なんだ、こっちの耳も弱いのか」
振り向けば如月先輩が目を細めて笑っていた。
(卑怯だし、何なんだよこの余裕……)
「誰だって耳は弱いですよ。俺、寝ますからね? お休みなさい」
「おやすみ」
如月先輩は俺の指を絡めたまま眠ってしまった。
(あれ、今日はこの状態のまま寝るんですか……?)
昨晩よりも密着してる上に、お腹に手を回して恋人繋ぎまでされている。ごつい指先から仄かに伝わる温かさ――って、うん、何なんだこのシチュエーション……?
疑問が浮かぶが、心地好さにどうでも良くなってしまった。
(明日にはどうなってしまうのだろうか……?)
今から明日の心配をして、少しそわそわしてしまう。
➴➴➴
目覚めて違和感がしたのは、直ぐのことだった。
(俺のうなじに、吐息が掛かっているような……? もしかして、如月先輩はまだ寝ていらっしゃる?)
確認するまでもなく昨晩と同じ体勢、手を繋いだままで如月先輩が俺に抱きついていた。そっと腕を剥がしてみるも、起きる様子はなかった。
とりあえず部屋を出て、リビングに向かった。如月先輩が起きる前に何か朝食を作ろうと冷蔵庫を拝借すれば、調味料とパンがあるくらいだ。チルド室を覗いてみればスライスチーズがあったので、ピザトーストを作ることにした。野菜室を覗いてみれば玉ねぎが袋入りでしまってあった。
「玉ねぎもスライスして焼けば美味しいよね」
ケチャップを食パンに塗った後、玉ねぎをスライスし、その上にスライスした玉ねぎを載せ、チーズを載せた。トースーターに入れ蓋を閉めて焼いていけば、直にチーズの香ばしい匂いがする。トマトケチャップとチーズの香りは俺の鼻腔を通り『ぐうっ』とお腹が鳴った。
「うんまそぉ……」
トースターの中を見ればチーズが溶けて、こんがりと焼き上がっていた。
「おー、旨そうだなぁ……」
「どわっ!?」
いつの間にか俺の後ろに如月先輩が立っていた。
「お、おはようございます」
「おはよう。この旨そうなの、俺のもあんのか?」
俺の背後に立ち、訊いてくる如月先輩、そして俺のお腹には如月先輩の両手が回ってきた。
「ありますよ」
(ていうか何故、俺のお腹に、極自然のように手が回ってるんだ……? 抱き枕要員だから……?)
疑問が浮かぶ中、如月先輩は「そうか。じゃ、着替えてくるわ」と離れていった。
(な、何だったんだ……?)
分からないが、ピザトーストが焼けたのでお皿の上に載せていく。お皿の上に載せていると如月先輩が戻ってきて――
「マジで良い匂い、旨そうに焼けてんなぁ」
椅子に座り、手を合わせていただきますをした。ただパンにケチャップを塗って、スライスした玉ねぎを載っけてチーズを散らせて焼いただけなのに、如月先輩は美味しそうに食べてくれた。
「クラゲ、これ、どうやって作ったんだ?」
「ケチャップを塗って、その上に玉ねぎを載せて、チーズを散らsえて焼いただけですよ。一応、ピザトーストですけど」
「へぇ、またレクチャーしてくれ」
「いいですよ」
如月先輩はお気に召したようで、今度は自分で作ってみたい様子だ。それよりも今日はやけにゆっくりとしていた。時間は大丈夫なのだろうか?
「如月先輩、こんなにゆっくりしてて問題ないんですか?」
「ああ、今日はちょっと考えがあってな……」
「考え?」
「仕事をボイコットだ」
「えっ!?」
(ボイコットって、ボイコット……? ストライキ的な……?)
「ははっ、なんて顔してんだよ。ボイコットって言っても出社はする。出社はするが、プロジェクトやイベントに関して離れるってことだ」
「なるほど……」
だがそれでも業務放棄することには間違いない。イベントやプロジェクトに協力しない、経営方針に背いての活動――。不穏な感じだが、如月先輩は不穏な雰囲気ではなく何時も通りだ。むしろ吹っ切れたような感じがある。
「羽衣石社長の身の回りは何時ものようにして、あとはやらねぇ――って言っても、全くやらねぇ訳じゃねぇ。兎角先ずは、魔導執行省にやられっぱなしだからこっちも何か対策しないとな」
「対策……」
どんな対策をするかは不明だが、如月先輩は何かを考えたようだ。魔導執行省の永冶と如月先輩は友人であり、幼馴染みでもある。永冶の弱点を知っているのだろうか?
「如月さん、俺も手伝いますよ」
「そうか、ありがとうな、クラゲ――そういや昨日まであった猫耳、すっかり無くなっちまったな」
如月先輩は残念そうに呟いた。猫耳は俺にとっては不要な機能だったが、如月先輩にとっては楽しみアイテムの一つだったのだろう。
「俺は猫耳が無くなってホッとしましたよ」
「また猫耳を生やす治験薬を飲んでみたらどうだ?」
「嫌ですよ、生やしたくないですし、やりませんよ……」
治験薬ではない魔術書なので、やろうと思えば何時でもできるだろうが、もう二度とごめんである。
➴➴➴
如月先輩の運転で会社に向かう途中のいつもの信号。信号が赤になり青に変わるのを待つ中、スマホが鳴った。見ればひかりからだった。
「はい、メシアです」
受け答えた瞬間――
『メシア君! 今どこ!?』
鬼気迫る声が響いた。
「今ですか? 今は如月先輩の車の中で、会社に向かっている途中ですが……」
『来たらダメよ! 今、魔導執行省の人達がきて――あ、不味いわ。ここも見つかりそう……兎角、来たらダメよ? いいわね? それじゃ!』
「あ、ひかりさん……」
しかしもう一度呼び掛けた時には通話は切れていた。
「どうしたクラゲ?」
「今ひかりさんから電話がありまして、会社に来てはダメだと、魔導執行省の人達が来ているからって……」
「へぇ、そうか。それなら丁度いいじゃねぇか」
如月先輩はニッと笑った。
「丁度良い――……と、言いますと?」
「魔導執行省の連中がうちの会社に来てるなら、今から俺達は魔導執行省に向かえばいいだけだ。羽衣石化学に大勢で押し寄せてんなら魔導執行省は手薄だろ? そんでプロジェクトの探りを入れる、決まりだな」
如月先輩はそう言うとギアチェンジをし、分離帯で車をターンさせ、会社とは真逆の方向を走行していく。
「如月さん、魔導執行省の場所は分かるんですか?」
「ああ、勿論だ」
それから暫く走ること一時間、物々しい雰囲気の建物が見えてきた。
(ここが、魔導執行省……)
魔導執行省というより、まるで刑務所のような造りだ。この建物に独房があっても不思議ではない。
「じゃ、行くぞ」
如月先輩は正面玄関から迷わず入っていく。
「え、如月先輩、アポ無しで入れるんですか?」
「ああ。随分昔の話になるが、俺は魔導執行省にいたこともあるからな」
「えっ、そうなんですか?」
「たった数ヵ月だったがな。方針が変わって以降、俺はお払い箱だ。魔導執行省に残ったのは幼馴染みの永冶はじめと医務室の女医だけで、あとは全員解雇されちまったな」
「そうだったんですか……」
方針が変わった――つまり人間である如月先輩は不要になったのだろう。今の魔導執行省は魔族で構成されていると永冶は言っていた。
(ん……? となると俺、魔導執行省に入るのは不味くないか……?)
何せ如月先輩と違い俺は人間ではなく魔族だ。魔族なので魔族が入れば直ぐにバレてしまうだろう。しかし如月先輩は玄関の自動扉を踏み越え――「おいクラゲ、なにやってんだ。行くぞ」と俺を待っていた。
(どうする俺……!?)
逡巡する中、如月先輩が戻ってきて俺の腕を掴んだ。
「おら、行くぞっ。はじめ達が戻ってくる前に探りいれねぇと」
如月先輩に強引に連れられて魔導執行省に入ることになってしまった。
(だ、大丈夫かな……?)
バレたらそれこそ如月先輩と羽衣石社長の板挟みになる可能性が高いだろう。
「おいクラゲ、さっきからどうした?」
「いえ、何でも……」
(魔族バレすることに怯えてるなんて言えないし……)
「具合が悪いのか? そうだな……確か医務室があったな。よし、そこでクラゲは横になってろ。俺はその間に探ってくるからよ」
直後、俺の体は浮遊し、如月先輩に抱えられていた。
「き、如月先輩、恥ずかしいです! 俺、大丈夫ですし、一人で歩けますからっ!」
「遠慮すんな」
「ていうか、受け付けとか済まさなくても良いんですか……?」
「問題ねぇ。それに一階のフロアは一般の連中も入れるようになってからなぁ」
「そ、そうなんですね……」
羽衣石化学の警備体勢と違い手薄なようだ。魔導執行省に勤めている者達は人間の姿をしているが魔族だ。どうにでもなると思っているのだろうか? そんな考えが浮かんだ頃には如月先輩に医務室まで運ばれていた。
➴➴➴
医務室に行くと女医がいた。
「あら、如月じゃない」
「レイナ、久しぶりだな。あとこいつ、俺の部下なんだが具合が悪くなってな、ちょっと頼むわ」
「分かったわ、それじゃあそこのベッドに寝かせてちょうだい」
レイナと呼ばれた女性は如月先輩と同じく三十歳ぐらいで、白いブラウス、タイトな赤のスカートに白衣を羽織っていた。
「それで君、名前はなんていうの?」
「新山メシアと言います」
「メシア君ね、私はフラン・レイナよ」
エメラルドグリーンにウェーブ掛かった金髪のセミロング、スタイルも抜群に良い体型の女医だ。医務室のベッドに寝かされた俺に、レイナはにっこりと微笑んでいる。
「あなた、とても真面目そうな顔をしてるわね。私の恋人になってみない?」
レイナの手が俺の頬に触れ撫でていく。撫でられた感触は男と違って柔らかく滑らかだ。大人の女性の雰囲気に緊張する中――
「レイナは相変わらずだな。医務室に入る男達を片っ端から口説いて骨抜きにして、何人食えば気が済むんだよ……」
「あら、失礼ね。みんな私に惚れてしまっただけよ?」
「まぁいいや、クラゲに手出しすんなよ。じゃ、頼んだわ」
如月先輩は踵を返して医務室から去っていった。
「ふぅん、あの如月があんなことを言うなんて……よっぽどあなたが大事なのねぇ?」
レイナがまじまじと見つめてきた。整った顔をしたレイナに思わずどぎまぎしてしまう。
「どうですかねぇ……はははっ」
「あなたが魔族と知っても、愛してくれるのかしらねぇ?」
不意にレイナのエメラルドグリーンの瞳がワインレッドに変化し赤くなった。
矢張りというのか、魔族のみで構成されているとだけあって、魔導執行省には人間がいないようだ。
「レイナさんも魔族だったんですね」
「ええそうよ。私は魔族だったから門前払いはされずに今もここに勤めているわ。けど如月は人間だったから直ぐに切られてしまったのよ。仕事も真面目にこなしていたのに、とても残念だったわ。それに折角、仲良くなれた初めての人間友達だったのに……。企業の方針は残酷よね」
レイナは椅子に座り、足を組み替えて嘆息した。その姿はとてつもなく悩ましい。
(レイナさんになら本当のことを話しても問題ないかもしれない……)
「あの、俺……魔族なのがバレると困って、それで如月先輩が俺が具合が悪いと誤解してここに運んでくれて……なので本当は具合は悪くないんですよ」
「あら、そうなのね」
「はい、一瞬ですがベッドをお借りしてしまいすみません」
ベッドから下り、ベッドを整えてからお礼を言えば「いいのよ、いつでも借りて、何なら遊びにきてちょうだい」と告げ――
「それで、メシア君と如月は魔導執行省に何しにきたのかしら?」
レイナは興味津々に訊いてきた。
「えっと、言っても問題ないんですかね……?」
「ええ、誰にも言わないわ」
「魔導執行省と羽衣石化学抱えているプロジェクトについて探りにきました」
「ああ、あのプロジェクトね。異世界と魔王をどうにかするっていう――そうじゃなかったかしら?」
「はい、そうです。レイナさんは詳しいんですね」
「まぁね。医務室にいるだけで会社の情報が結構流れてくるものよ?」
フッと微笑んで、続きを紡いでいく。
「それに今、魔導執行省はピリピリしてるから、私に仕事の内容を愚痴りにくる社員も多いのよ? 賛否両論だから」
「そうなんですか……」
(社内の雰囲気が良くないってことか……)
一枚岩で進んでいると考えていたが、どうやらそうではないようだ。異世界や魔王をどうにかする、当然、この人間界にも関わる問題に発展する――自ずと反対派と賛成派で対立してしまったのだろう。
「レイナさん、今日、朝早くから魔導執行省の人達が羽衣石化学に強制捜査に来たみたいで、多分、プロジェクトの件で羽衣石社長が決断をしなかったからだと思うんですけど……プロジェクトに関して他に何かしらの情報はないですか?」
「あらあらあら、それはこの私に、スパイになれってことかしら?」
「うっ――……まぁ、そうなっちゃいますが……」
「ふふっ、いいわよ。私でよければ協力するわ」
二つ返事でレイナは承諾してくれた。
「――! 本当ですか!?」
「ええ、勿論。それに私もプロジェクトについては反対派なのよ? 何があったかは知らないけれど、人間を傷つけるようなことには荷担したくないのよ。この世界が好きだから余計にね」
レイナはきっぱりと言いきった。
「そうなんですか。レイナさんもこの世界が好きなんですね」
「ええ、ずっと一人ぼっちだったけれど、人間界に来たら温かい人達がいて、楽しい場所がいっぱいあって――まぁ、嫌なこともあるけれど、次の日には大抵忘れるぐらいに充実した日々を過ごせる場所だから、とても好きよ。それでメシア君、先ずはどうしたいの?」
「プロジェクトの企画書というか、原本みたいな物はあるんですかね?」
「そうねぇ……あるとしたら研究室だと思うけど、先ずは如月を拾ってからにしましょうか」
レイナは椅子から立ち上がって両手を広げて詠唱していく。詠唱したそばから一羽の黄色い小鳥が出現し、レイナの周囲をくるくると飛び回った。
「この使い魔が見つけてくれるわ、さぁ行きましょう」
レイナと共に医務室を出た。フロアが広いどころか膨大な建物なので探すのが大変そうだが――
「ショートカットで行きましょうか――? キウイ、如月錬次がいるフロアまでテレポート」
瞬間、使い魔キウイは巨大化して鳥籠のような形になり、俺とレイナを囲んで包んだ。
「これで如月がいるフロア近くまでいけるわ」
使い魔キウイは鳥籠から大きな羽を出現させ、更に尾っぽを二つに分かれさせると、尾っぽを伸ばしていき、上の階の手すりにフックの要領で掛け、一気に上へと羽ばたいた。天井高がある造りの建物で天井の模様が見えない程に高そうだが、使い魔キウイのおかげで難なく上の階にいけそうだ。
「レイナさんは高度な魔法が使えるんですね、凄いです」
「ありがとう、でもあまり大した物は使えないけれどね。人探しぐらいしか役立たない能力よ」
「そんなことないですよ、立派じゃないですか。俺なんて全然能力がなくて、異世界でもこの世界が鏡越しに見れただけですし、ストーキング能力も限度がありますし……」
「そうなのね……さぁ、着いたわよ」
使い魔キウイの鳥籠のおかげで如月先輩が今いるフロアに着いたようだ。
「ここに如月がいるようね――キウイ、ありがとう」
レイナがお礼を言うと、使い魔キウイは消えていく。
「ちなみにこのフロアは何になるんですか?」
さっき見ていた景色と大分違い、鉄骨の骨組みがあり、壁も床も剥き出しにの状態になっていた。冷たい風が吹き抜け、窓がないようにも見える。
「ここがさっき言ってた研究所よ。如月も勘が鋭いから最初からここに来る予定だったのかもね」
レイナと共にフロアを歩いていくと、大きな重厚な扉にぶち当たった。まるで各施設のようだ。
「如月はこの先にいるわね。パスワードをどうやって入手したのかしら……?」
「うーん――あ、もしかしてですけど、永冶さんとか……?」
「永冶、ねぇ……。たしかに昔から仲が良いという話は聞いていたけど、永冶が簡単に教えるとは思わないわ」
「たしかに、そうですよね」
永冶は蛇のように執拗な男で用心深そうでもある。大事な情報を自ら明かすとは思えない。
それからレイナが打ち込んだパスワードで重厚な扉が開いた。レイナと共に入室すると再び扉が閉まっていく。室内を見ればそこも鉄骨剥き出しの造りになっていた。
「あれ、何ですか?」
少し先に大きな水槽が見えた。大きな水槽には何やら生物が動いている。
「さぁ、何かしらね――行ってみましょうか」
レイナと共に行ってみれば、水槽の中には魔族達が枷をつけられていた。水属性魔族のようで、何やら実験をされているようだった。
「あら、あそこにいるの、如月じゃない?」
如月先輩はもう少し先に行ったフロアに立っていた。一体何を見ているのか、微動だにせず立っていた。
「如月先輩」
「ん? クラゲに、レイナまで――つぅか具合はもう良くなったのか?」
「はい、良くなりました。心配掛けてすみませんでした」
「そうか。それよかレイナ、ここは一体、どういう場所なんだ?」
「研究所よ――って、それを知ってて来たんじゃないの?」
「いんや、気づいたらここにいてよ。俺、どうやって来たんだろうな?」
如月先輩はどうやって来たかを覚えてないようだ。
(もしかしてまた、部分的に記憶の改竄をされて、操られてしまったとか……?)
もしそうならば、すでに魔導執行省の手の上だ。これ以上ここに留まるのは危険かもしれない。
「如月さん、レイナさん、急いでここから出ましょう」
「そうね、そうしたほうがいいわね」
厳重な扉に引き返そうとしたが、厳重な扉が開け放たれ、魔導執行省の者達が入室し、此方に気付いて近付こうとしていた。さっきまで姿が見えなかったのに、このフロアに来て現れたのは間違いなく罠だろう。
「このままじゃ捕まるだけだわ、ショートカットで行くわよ」
レイナは先程と同じように使い魔キウイを呼んだ。使い魔キウイは再び鳥籠になり、俺、レイナ、如月先輩を包み込むようにして入れて踵を返し、羽ばたいていく。剥き出しになっていた鉄骨の下は青空が広がっていた。
「おい、なんだこりゃ!?」
驚いている如月先輩に、
「これは魔導執行省で研究している新しい乗り物よ!」
レイナは誤魔化して説明し、外に降下した。使い魔キウイは羽ばたき、懸命に空を飛翔した。魔導執行省の者達はそれを見るだけに止め、追ってはこなかった。
(諦めたのかな? もしかして、プロジェクト反対派の人達だったのかな……?)
何はともあれ、脱出することができた。
➴➴➴
暫く飛んで地上に下りた場所は、丁度如月先輩が止めた駐車場だった。赤いベンツは無事に同じ場所に停車されていた。
「レイナ、悪いな」
「いいのよ。それより如月、私も協力することにしたわ……まぁただ、私の姿を見られてしまったからこれから先監視されるかもしれないけれど。新しい情報をつかんだら定期的に連絡するわ。これ、私の連絡先よ、渡しておくわ。あと如月とメシア君の連絡先もあれば教えてちょうだい、どっちも偽名で登録しておくから」
「おう、分かった」
レイナと連絡先を交換した。
「サンキューな、レイナ」
「ありがとう御座います、レイナさん」
如月先輩と車に乗り込み、魔導執行省から急いで離れた。
「レイナさん、大丈夫ですかね?」
「あいつなら問題ない。あいつはあの容姿を生かして今まで危機を回避してきたからな」
「そうでしたか……」
たしかにあれだけの容姿ならば惑わされる者は多数出そうだ。
「それよかお前、体のほうは問題ないのか?」
「はい、問題ありません。いつも如月先輩に心配かけてしまって申し訳ないです」
「謝らなくていい。じゃあ、このまま会社に向かうぞ」
「はいっ」
ひかりに来るなと言われたが、矢張りそれでも心配だった。
(それにしても、会社をボイコットする前に魔導執行省の強制調査が始まるなんて……)
都合が良いのか悪いのか、分からなくなった。
「社内、どうなってますかね?」
「分からん。俺が組み立てた警備プログラムも機能してないから心配だ」
時間を見ればもうじきお昼だ。そろそろランチの時間でお腹の音が鳴りそうな気配だ。緊迫しつつもお腹だけは減るのは健康状態が良好な証だ。だが今は羽衣石化学が最優先だ――と考えるも俺のお腹が盛大に鳴った。
「す、すみません。緊張感なくて……」
「気にすんなクラゲ。つぅか俺も腹減ったわ、会社行く前にコンビニに寄ってくか」
如月先輩はハンドルをきり、近場のコンビニに入って駐車場に車を停車した。
「クラゲ、俺は適当に飲み物と食べ物を買ってくるからお前はそこでひかりに電話が繋がるかどうかを試してみてくれ」
「はい、分かりました」
スマホを取り出してひかりに電話を掛けてみた。直ぐに繋がったが――
『メシア君? 無事? 今大丈夫?』
ひかりの第一声は心配する声だった。
「はい、無事です。さっきまで魔導執行省に行って敵情視察をしてたんですけど、魔導執行省の人達に見付かってしまって、それで今、会社近くのコンビニの駐車場にいます。そちらはどういう状況ですか? 無事ですか?」
『ええ、私も社員達も、羽衣石社長も無事よ。だけど条件を出されたのよ……あいつら適当に強制捜査をした後、メシア君を引き渡せって言って……』
「えっ、俺をですか……?」
(何の為だろう?)
考えても分からないが、如月先輩が戻ってきた。
「クラゲ、繋がったか?」
「ええ、繋がりました。ひかりさんも他の社員さんも羽衣石社長も無事みたいですが、なんだかおかしなことになってるみたいです」
「ちょい貸せ」
「はい」
直ぐにスマホを如月先輩に渡した。如月先輩はひかりと会話を応酬していたが――
「はぁ? 何だその条件! 意味不明すぎんだろ……何でクラゲを向こうに引き渡さなきゃなんねぇんだよ!」
如月先輩は眉間にシワを寄せて切れていた。
(怒った横顔も格好いい……)
事態は逼迫しているというのに、如月先輩の顔に見惚れてしまう。
「兎角、そんな条件は却下だ! 羽衣石社長も却下したんだろ? なら却下だ」
如月先輩はそう言って通話を終了させた。
「クラゲ、飯食ってから会社に行くぞ。あとさっきの条件だが一切聞く必要性はねぇ、羽衣石社長も同じ意向だ。プロジェクトも一旦は
「そうなんですね」
「ほれ、とりあえず食っとけ」
如月先輩は袋から菓子パン一つとペットボトルのお茶を俺に渡してくれた。菓子パンはクリームパンで、チョコレートクリーム&カスタードクリームと表記されていた。如月先輩はジャムパンで、それを開けて頬張った。
「いただきます」
一先ず、飯を食わねば戦はできぬだ。如月先輩と共にパンを食し、お腹を満たすことに専念した。
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