第7話 抱き枕要員からの襲撃からのモフモフエンドレス?
如月先輩と一緒に寝る――大の大人が一緒のベッドに入って寝る――?
いや、うん。何も不味いことはない。いやあるかもしれない――俺が。俺が無理な気がする……でも寝てみたい、心底寝てみたい、如月先輩の温もりあるベッドで寝てみたい!
しかし本当に良いのだろうか? そもそも如月先輩は羽衣石社長が好きなのでは……?
ハッ……! もしかして、その羽衣石社長の寂しさを俺で埋めようという魂胆かもしれない。セカンドなんちゃなのかもしれない! 俺は別にセカンドなんちゃらとして見られてもいい! 如月先輩の温もりの為ならセカンドなんちゃらでも良い!
それから深呼吸をし、如月先輩に向き直った。
「如月さん、お願いします。俺、問題なく寝れますから! セカンドの役、きっちりと務めていただきます!」
「あ? セカンド……? まぁいい、嫌じゃねぇなら決まりだな」
「はい!」
「部屋はこっちだ」
「はいっ!」
浮かれてしまいそうな心を落ち着かせる為、再び深呼吸をし、如月先輩の後についていく。
二階の部屋に上がると部屋がいくつかに分かれていたが「あの部屋は物置小屋になっている」と説明を受けたのち、更に奥に見えた一室に案内された。その部屋は寝室になっていて、キングサイズのベッドが一つだけ置いてあった。大の大人が三人寝ても余裕のあるベッドだ。
「広いだろ? ベッドは広くないと寝れなくてなぁ……。ほら、これ予備のリネンケットと枕だ。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
如月先輩はリネンケットを掛けて、背を向けて寝る体勢を取った。俺もリネンケットを掛けて横になり、如月先輩とは真逆の方向を向く。背中合わせで寝る形だが、如月先輩の体温が背中越しに感じてしまい、仄かな温かさにどぎまぎしてしまう。
(ダメだ、寝られないかも……)
如月先輩が近くにいる、しかも如月先輩の匂いがするベッド――無理です、俺……
「クラゲ、起きてるか?」
「えっ、はい、起きてます」
起きてるどころか最早、寝れない。目が冴えまくってますという話だ。直に衣擦れの音がした。
(何だろう……?)
疑問が浮かぶ中、如月先輩は俺を引き寄せるようにして、お腹に手を回してきた。
「――!?」
直後、首元に息が掛かった。ぞわぞわとした感覚が体を駆け巡り、俺の脈打つ鼓動は激しくなった。
「クラゲってさ、本当にクラゲみてぇに柔らけぇな」
「へっ!? そ、そうですかね……?」
マスコットや抱き枕的な存在に思っているのだろうか、如月先輩は俺のお腹に回していた手に少し力を入れた。
「……っ!」
「あ、悪ぃ――つい、柔らかくて。なんか抱き心地いいよな、お前」
(もしかして如月先輩、酔ってるのかな……?)
「如月さん、お水を持ってきましょうか?」
「水か、そうだな、少しは水分が欲しいかもな……」
お腹に回していた手が今度は俺の顎を掴んだ。それから間も無くして、如月先輩の方向にグイッと向けられた。
「如月さ……!?」
その直後、如月先輩の整った顔が近付いてきた。しかし流れに身を任せることも、求めることもせず、近づいてきた如月先輩の口を塞いだ――……自分の手で。
「き、如月さん、水を持ってきますね?」
幾らセカンド的立場だからといい、羽衣石社長のとっておきの唇を俺なんかが奪う訳にはいかないし、権利もない。如月先輩は暫くぼんやりとしていたが「ああ。水は冷蔵庫にペットボトルが入ってるから、それな?」と答え、俺から離れてくれた。
「直ぐに持ってきますからね」
部屋を出て扉を閉めて、呼吸を整えた。
「はぁ――危なかったな……」
ともあれ、理性が外れることはなく押さえ込めた。如月先輩のことは好きだが、羽衣石社長を飛び越える訳にはいかないのだ。
「俺はセカンド、俺はセカンド、俺はセカンド……」
念仏のように唱えていると心が大分落ち着いてきた。
よし、これなら問題ない。次も何があっても冷静に対処ができる。
「お待たせしました、水を持ってきましたよ」
「ああ、悪いな」
如月先輩に渡した。如月先輩はペットボトルのキャップを開けて口をつけた。水を半分程飲み干したところで――
「ふぅ、スッキリした」と呟いた。矢張り酔っていたのだろう、これで少しは正気に戻るなるはずだ。
「それじゃあ、お休みなさい」
電気を消し、再び先程のように横になった。すると如月先輩はもぞもぞと動き、再び俺のお腹に手を回し「おやすみ、クラゲ」と耳元で囁いてきた。
(いやいやいや――何故!? 何故、またこの体勢で!?)
しかし如月先輩は俺を抱き込みそのまま寝てしまった。直に規則的な吐息が聞こえ、完全にぐっすりのようだ。
(ううっ、無意識怖い……)
どぎまぎしながらも何とか寝ることができた。
➴➴➴
翌朝、目が覚めれば俺に抱きついて寝ていたはずの如月先輩がいなかった。
(もしかして、もう仕事に――? いや、それは流石にないよな……)
一階に下りていけば、リビングから香ばしくて美味しそうな匂いが漂っていた。パンの焼ける匂いだ。
「おはよう御座います」
「おう、はよぅ。朝食食えよ」
如月先輩はトーストを焼いてお皿に盛り付けてくれた。どうやらパンは焼けるようだ。それから椅子に座り、いただきますをした。テーブルにはバターと苺ジャムが入ったガラス瓶が載っていた。
「よく眠れたか?」
「はい」
抱きつかれて落ち着かなかったが、それでも眠れてしまったので不思議だ。人の温もりがこんなにも心地良いとは思わなかった。
「そうだ、クラゲさえ良ければだが、ここに住んでもいいぞ」
「どぅえっ!?」
突然の提案に、俺は口に頬張ったパンをぽろりと落としてしまった。一体どういう風の吹きまわしなのか、全然分からない。
(あ、もしかして……寂しいとか、一人にしないでとか、魔族としての能力が解放されたのが切っ掛けで重いことを呟いていたからかな?)
とはいえ、一人暮らしよりも如月先輩の側で寝食を共にする、シェアするのは悪くないかもしれない。今斯うして如月先輩といるだけでも楽しい――とはいえ、俺はセカンドだ。
いやそもそも、セカンドでも何でもない。ただの上司と部下の関係で、如月先輩は羽衣石社長が好きなのだ。
(何で如月先輩は俺と暮らそうと提案するんだろう……?)
その辺のことを聞いても重いと思われないだろうか――いや、聞こう!
「何で一緒に住むのを提案してくれるんですか?」
「心配だからだ」
「心配――ですか……なるほど。その、昨日は薬の副作用でちょっとおかしくなってただけですから、問題ないですよ」
「そうか」
「――?」
如月先輩は黙するが、やがて口を開いた。
「やっぱ変更だ。クラゲ、今日から俺の抱き枕要員として任命してもいいか?」
「はぃぃいっ!?」
いきなりの申し出に声が裏返ってしまった。如月先輩の安眠の為に抱き枕として俺が派遣されると――なるほど、良いに決まってますけども!? しかし毎晩、抱き枕にされることを考えると俺の身が持ちそうにない気がした。
「あの、ちなみに抱き枕要員というのはどんな感じの要員なんでしょうか……?」
「そりゃ昨日みたいな感じでいてくれりゃあいいだけだ」
至極真面目に返されてしまった。
「な、なるほど……」
マグロ状態でいるだけでいいと。冷凍マグロのようにそのまま横になっていればOKと――……何でだ!? と突っ込んでから考え思い浮かんだのは羽衣石社長だ。本当は羽衣石社長と寝たいが羽衣石社長は魔王にぞっこん――とあれば、必然的に俺になる。俺を代用品として選択しているのだろう。
「如月先輩が俺なんかでいいなら、いいですけど」
「クラゲがいいんだよ。じゃ、決まりな?」
如月先輩はフッと笑った。
(ていうか今、俺がいいって言った?)
それが抱き枕要員だとしても少し嬉しかった。
「それじゃあ荷物をまとめたらこっちに運んでいきますので、今日からお世話になります」
アパートの契約は数日後に切れるのでタイミングとしては良かった。
「ああ、こっちこそよろしくな」
如月先輩は微笑んだ。結局如月先輩にまたしても押しきられてしまった。なんだかんだで心配してくれているのかもしれない。
(厳しいけど、優しいよなぁ……)
またしても好きポイントが上昇した。
「そうだ、昨日の報告しねぇとな? ひかりのやつに」
「はい」
ある意味ひかりさんのおかげで如月先輩とシェア生活ができるようになったので感謝しかない。
(ひかりさん、どうもありがとう!)
しかしその感謝の言葉も、この場だけで終わった。
➴➴➴
「ひかりさん! 昨日は……」
如月先輩と共にひかりの研究室に行き、早速お礼を言おうとしたが――
「ふふふっ! 今度こそ間違いないわ! これでいける! そう、いける! 私はやった! 私は天才! ふふふ、アハハハハッ!」
デスクの上に乗り、その上に鉄パイプの古い椅子を置き、更にその上に立ってひたすら高笑いをし続けていた。
「やべぇな……」
如月先輩が呟くと、その声に反応したひかりが呪いの人形のようにキッと振り向いてそこから飛び降り、此方にやってきた。
「あらあらあらあらぁ? どうしたのかしら? 雁首揃えて? 私に何の用事かしらぁ?」
何やら言動がおかしい。何時ものひかりじゃなくなっていた。昨晩、結果を報告しなかったのがいけなかったのだろうか――? なんてことを考えている内に、ひかりさんは俺の両手を握った。
「メシア君、私のお願い……聞いてくれるわよね?」
いきなり真面目な顔になり正気に戻った。何かが憑依しているような感じが拭えない。ひかりの頼みといえば何らかの治験薬か、もしくは昨日のような魔術本の類いのような気がしてならないが――
「どんなお願いごとでしょうか?」
如月先輩のように抱き枕要員のような可愛いお願いなのか、それとも今まで以上にやばいお願いになるのか、そう考えている内に手汗が出てきた。
「おいひかり、クラゲにあんま無理させるようなことはしないでくれよ?」
「あら、何でよ?」
「クラゲは俺のだからな」
「え?」
「――!?」
ひかりの呟きの直後、またもや如月先輩に後ろから抱き込まれ、硬直したのは言うまでもない。
如月先輩は昨晩から言動がおかしい。いや言動がおかしいのは俺もだが――
(しかし俺はいつから、如月先輩の物になってしまったんだろうか……?)
「如月先輩、あの……」
「クラゲ、ひかりに何でも協力するのはいいが、少しは自分の体を気遣え」
「は、はい」
それから直ぐに離れたが、俺の心臓はけたたましく鳴りっぱなしだ。
「んで、俺は治験に協力したほうがいいのか?」
「如月には用なし! メシア君だけよ?」
「あそ。じゃ、後でクラゲ回収しにくるわ~」
如月先輩はそう言って研究室を退室していった。
「さてメシア君、一体どういうことなのかしら?」
「えっ、どういうことって、何がですか……?」
「如月と何があったの? ひかり姉様に詳しく教えなさい!」
ひかりは目をくわっと開いて詰め寄り詰問をしてきた。ひかりの声は嬉々とし、口許はにやけている。噂好き、恋ばな好きの空気になり、自ずと話さなければならない状況になってしまった。
しかし何から話せばいいのか、とりあえず昨日の話に遡ってひかりに話せば――
「へぇ、魔力と本能解放で甘えたさんになってその後、抱き枕要員にされたと……。ふ~ん、へぇ~、ほぉ~」
相槌を打ちながら目をきらきらさせている。ひかりは昨晩の事情を知れて満足したようだ。
「でもそれって、メシア君にチャンスがあるってことじゃないの?」
「チャンス?」
「如月と付き合えるチャンスよ」
「そう、なんですかね……?」
「そうよ! あるわよ! ってことで、今日も派手に魔力と本能の解放と行きましょうか! 今日は昨日よりは控えめでいくわ。詠唱を練習してうまくできるようになったのよ!」
「そうなんですね」
主旨がずれているような気がしたが、今日も今日とて自ずと魔力と本能の解放の流れになった。
(昨日みたいにならないといいけど……)
不安が過るが「お願いします」とひかりに言った。ひかりは昨日と同じように詠唱した。すると俺の体は昨日と同じく熱くなったが、昨日と違い、感情が溢れることはなかった。溢れることはなかったのだが――
「えっ! あらっ!? 嘘……かわいいっ!」
「えっ?」
ひかりが妙にはしゃぎ、俺の頭上を見詰めていた。
(何だろう?)
頭上に手を伸ばして触ってみれば、俺の髪の毛がある場所にフワリとした感触が走る。
(これは、もしや……)
今度は両手で形を確認した。何やらモフモフの何かがひょっこりと俺の頭から二つ生えているようだ。
「えっ、なんか頭に何かが生えてますけが……!?」
これは何ですかと訊く前に、ひかりが手鏡を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ♡」
「ありがとう御座います」
手鏡を受け取って見てみれば、俺の頭から猫のような白い猫耳がひょっこりと飛び出ていた。
「――! 何なんですかこれ!?」
「さぁ、知らないけれど……これ、あなたの魔族としての本能が甦ったんじゃないのかしら?」
「え、でも俺、今も昔も人間型の魔族でしたけど……」
「あら、そうなの?」
ひかりはそう言って、詠唱した魔術書のページを手繰り「あっ」と小さく呟き、苦笑を浮かべ――
「なんか勢いあまって、他のページの獣人魔法を指で触ってたみたい」と口にした。
「ええっ!?」
「まぁ効果は一日で切れるから問題ないわ。それにしても、プロジェクトの件で魔導執行省が何か仕掛けてくるかと思っていたけれど、永冶って男、何もしてこないわね。諦めたのかしら?」
「さぁ、その辺は分かりませんけど……」
永冶もだが、魔王の動向も気になっていた。魔王は俺達魔族の動向を見張っている。見張っているということは永冶のことも疾うに気付いてるはずだ。それに永冶は人ではなく同じ魔族だ。その魔族が俺がいた異世界だけでなく、人間世界にも何かしようとしている。それなのにこの不穏な動きを放置しているのは流石に変だ。
(魔王は魔王で、何かを考えているのかな……?)
とまれ、この猫耳が生えた状態をなんとかしたい。
「ひかりさん、これ何とかならないんですか?」
「そうねぇ、何にもならないわよ。それよりちょっと屈んでくれる?」
「はい」
ひかりに言われて屈めば、ひかりは俺の頭から出ている耳に手を伸ばし、触ってきた。
「フワフワして最高~、これで尻尾も生えていれば面白いのに……あ、そうだわ! もう一回詠唱すれば今度は尻尾が生えるかしら?」
「止めてください! 詠唱しないで下さい!」
これ以上、もふももふ的な要素を追加されるのは勘弁だ。
「えー、いいじゃない。面白いわよ?」
「止めてください」
「ケチぃ」
そんなやり取りをする最中、研究室の扉が開いた。
「グッモーニーン♡」
部署に現れたのは羽衣石社長と噂をすればの、魔道執行省の永冶はじめだった。
「しゃ、社長……おはようございます」
慌てて両手で頭を押さえて挨拶をした。
「おや、メシア君、頭押さえてどうしたの?」
「へっ? あ、いやちょっと……寝癖が酷くて、今こうして押さえているところです」
「そうなのかい」
社長は納得し頷いてくれた。
(ふぅ、危機は去った……)
と思いきや、今度は永冶が目の前に立ち、頭を押さえる俺の両手に手のひらを重ねてきた。
「寝癖は押さえると余計に跳ねてしまうものだよ?」
クスリと笑った永冶は俺の両手を引き剥がした、それも力強い力で。そしてぴょっこりと出現したもふもふの耳に羽衣石社長の目と永冶の視線が集中した。
「メシア君、どうしたんだいその耳?」
「えっと、治験薬でこうなりまして……」
本当は魔導書でこうなってしまったが、治験薬でと誤魔化した。
「失敗した治験薬を間違えて飲ませてしまったんです」
ひかりも言い添えれば羽衣石社長は納得したが――
「治験薬――……ねぇ?」
永冶は疑いの目を俺とひかりに向け――
「治験薬とはいえ、精査する必要がありますね。少しだけお借りしますよ」
俺はあっという間に永冶に肩に担がれ、その場から離脱することになった。その間、僅か数秒――魔族としての能力を発揮した永冶の移動は速い。
(風の音がする……!)
目の前の景色が一本の直線のようにして流れていく。いやそれよりも、永冶は俺をどこに連れていく気なのか……? しかし今へたげに話せば舌を噛みそうなので、止まってから聞くことにした。
➴➴➴
気付けば社内の屋上まできていた。見覚えのある景色にホッとするも、永冶と二人きりなのが怖い。永冶は如月先輩の幼馴染みだが、如月先輩と違い人間ではなく魔族で、底が知れない。そもそも考え方も違い、俺とひかりがいる異世界を破壊しようとしているのだ。油断なんてできたもんじゃない。
直に永冶が下ろしてくれたが、俺は永冶から距離を取った。永冶とは極力近付きたくないが、永冶は遠慮なく人のパーソナルスペースを踏み越え、俺の腕を少し強めに掴んできた。
「そんなに警戒しなくていいよ、楽にしなよ?」
口ではやんわりと言ったが表情は冷たく、怪しく微笑んでいる。
「警戒されたくないのなら、腕を放してくれませんか」
「どうして?」
「楽にしなよって言ったのに、これじゃ矛盾してますよ……」
「ふふっ、そうだね」
永冶は冷笑を浮かべた。何を考えているか全く分からない相手に、恐怖しかない。
「僕が怖いかい? メシア君がいる異世界や魔王を無くす方針だからかな? そうだな、君やひかりだけは生かしておいてもいいかもしれないね」
「ふざけないでください! そもそも永冶さんも魔族ですよね? 同じ異世界出身ではないですけど、どうして僕がいる異世界や魔王に拘るんですか?」
「それは勿論、プライドや矜持を傷付けられたからさ」
「傷付けられた? どういうことですか?」
聞き返せば、永冶は意外そうな目で俺を見詰めてきた。
「おや、知らないのかい? 君がいた異世界の事情の歴史は聞かされてないのかな?」
「いえ、全く。それに俺はずっと、一人でしたから」
「そうかい、それなら教えてあげるよ。今日から寝物語として時々、思い出すがいいさ」
永冶はそう言って、過去の歴史を打ち明けた。
「僕がいた異世界では魔族同士の争いが耐えなかった。何百年も弱肉強食の争いが続き、それに終止符が打たれたがと思えば、今度は他の異世界での魔族狩りが始まった。その被害者が俺で、それが原因でEDになった。だがその狩りも新たな魔王によって終止符が打たれた。それが君達の世界の魔王だよ。新たな魔王の誕生、そして異世界の魔王同士が戦い、君の世界にいる魔王が勝利し協定を結んだ。協定を結び、異世界を繋ぎ、魔族会議で過去に起きた凄惨な種族同士の争いを和解して、乱すことのない、平和を維持する象徴の証になった。知っているとは思うが、協定を結ぶまでは凄惨だった――だからこそ許せない」
「魔族会議に出席しなかったのは、正当な理由があったからだと……」
「正当な理由? もうこの際、正当な理由があったとしても止められないよ、プロジェクトはほぼ決定事項だからね」
何百年も続く確執、協定を結ぶも幼い人間の子供の為に魔族会議を魔王がポカ――俺が住んでいた異世界を消滅させる意向になった原因だが、プロジェクトはそれとは別に進行しているようだ。
「過去を清算できないのは分かりますが、消滅させたらまた同じことを繰り返すことになりますよ?」
「それはならないよ、魔導執行省と羽衣石化学が結託すれば、他の異世界も管理しやすくなるし意のままだ」
「それは、羽衣石社長を利用するということですか?」
「ああ、そうだよ。それに羽衣石社長は君達の世界に魔王に憧れているだろう? 魔王の器に羽衣石社長の魂を入れればきっと羽衣石社長も満足するだろうし、こちらとしても管理しやすい」
「そんなの間違ってますよ!」
「間違ってる? 平和になると思わないかい?」
永冶はじめの考えはぶれない。だがどう説得すればいいかが分からない。
「そんな考えじゃ平和になりませんし、誰も喜びませんよ……。如月さんだって、喜ばないですよ?」
「錬次か、錬次も反対だったか――……そうだ、メシア君、君を取引の餌にすれば錬次は動くんじゃないのかな?」
「なりませんよ」
俺じゃなく、羽衣石社長なら如月さんが動きそうだが、俺を取引にしたところで動く筈がない。
「ふふっ、噂をすればなんとやら――みたいだね?」
「えっ?」
「メシア! 大丈夫か!?」
屋上の扉を勢いよくバンと開け放たれ、息せき切って現れたのは如月先輩だった。如月先輩は俺の傍に駆け寄ろうとしたが、永冶は俺を羽交い締めにし――
「これ以上近付けば、どうなるか分かるかな?」と如月先輩に告げた。如月先輩は動こうとせず、永冶を睨んでいた。
「はじめ、てめぇ……」
「悪いけど僕には魔導執行の権限があるからねぇ? 此方の条件を飲み込まないのなら、メシア君がどうなることやら。僕の権限があればいくらでも、どうにもできちゃうんだよ?」
「ふざけんな!」
「ふふっ、君の怒った顔はとても素敵だね――でもまぁ、今日はこれぐらいにしとくよ」
それから俺は離されたが、直後、永冶はじめは跳躍し、俺と如月先輩の視界から消えた。
結局永冶を説得することはできなかった、話は一方通行で終わってしまった。
「如月先輩、すみません……俺、弱くて、何もできなくて……」
「気にすんな。魔導執行省も、はじめも何とかしようなんて先ず無理だ。それよかお前、どこも怪我してないか?」
「はい、無事です」
そう答えたが、如月先輩の視線は俺の頭に向いていた。
「おまっ――その猫耳、どうした……?」
「これはひかりさんの治験薬のせいでこのようになってしまって……」
本当は魔術書のせいだが、治験薬として誤魔化すことにした。
「そうなのか。しかし、本物みたいだなぁ――って、本物なのか?」
如月先輩の興味は俺の頭に生えた猫耳に向けられ、やがて如月先輩の手が触れてきた。
「すげっ! まじで猫の耳みてぇ~」
如月先輩の指が俺の猫耳をグニグニと触っている。
(……あれ?)
ひかりに触られた時は何ともなかったのに、如月先輩に触られているだけで背中がざわざわとしてしまう。
「……っ、如月先輩、あんま触らないでください……」
「……」
不意に如月先輩の視線とバッチリと合ってしまった。暫く俺を見詰めていた如月先輩の口角が次第に上がっていく。如月先輩はとんでもなく悪い顔をしていた。
「へぇ~、この猫耳が弱いのかぁ?」
面白そうに言って、先程よりいじりだす。
「ちょっ――やめっ……っ!?」
猫耳に触れられているだけなのに、俺の体は異様なまでに反応していた、このままではやばい。
「如月さん、本当にもう……」
手で押し返すが、逆に抱き込まれてしまった。如月先輩の猛攻は止まらない、俺を腕の中にすっぽりおさめた上で猫耳を触ろうとしていた。
「減るもんじゃねぇだろ。もふらせろ」
如月先輩の興味は完全に猫耳のみだ。しかしこれ以上触られると自然現象が発生しそうな勢いだ。胸の高鳴りと共に脚の間の中心地にじんわりと熱が込もってきた。
(やばい! やばい! やばいっ! 静まってくれ! 俺の分身!)
そう言って心を落ち着かせ、この地に来た時にたまたま聞いた『モルダウ』の曲をBGMとして心の中で流していく。そうすることで頭に生えた猫耳の刺激は軽減された。
(無だ、無になればいい――煩悩よ! 消え去れ……!)
ひたすら念じていけばスッと熱が引いていく。ぎゅっと目を瞑り、如月先輩が飽きるのを待つ中、不意に手が止まった。
(ん? ようやく満足したのかな……?)
猫耳から手が離れていくが、俺の腰に手が添えられていた。
(――? おん……?)
その行動が理解できず疑問符が浮かぶ。薄く目を開いてみれば、如月先輩と目が合った。
「――!」
猫耳ではなく、ど直球に俺を見詰める如月先輩。その視線は熱くて、焦げそうなぐらいだ。
「あの、もう満足しましたか……?」
気恥ずかしくなり、顔に熱が集中した。
「まぁまぁな。今はこれぐらいにしとくわ、続きは仕事が終わってからな?」
頭の上に手の平をポンと軽く載せて宣言する如月先輩。恐らく今日は抱き枕要員と猫耳をもふもふされることになりそうで、想像するだけでそわそわしてしまう。
➴➴➴
永冶はじめの件については羽衣石社長が改めて説明してくれた。永冶はじめが訪ねてきたのは、プロジェクトの最終確認がしたかったからだと。しかしそれにしては強引な気がした。どこか焦っているようにも見えたのは気のせいだろうか? 躍起になっているような気がした。
「今度魔導執行省に行く事になるから、その時にもう一度、彼と話し合いをするよ」という社長の話で幕を閉じたが、ひかりも、如月先輩も、俺も納得できずに終わった。
何時ものように帰り支度をし、何時ものカフェに寄る前に雑貨屋に寄り如月先輩に帽子を買ってもらった。猫耳が目立つのでそれで隠せるようにだ。色々あったがお腹は空くもので、カフェでお腹いっぱい食べた後、如月先輩の家に帰宅した。
お風呂に入って、スエットに着替えてリビングに行けば、入れ違うように如月先輩がバスルームへ向かった。リビングで寛ぎながらお茶を飲んでいると、暫くして如月先輩がお風呂から戻ってきて、如月先輩の手が俺の猫耳に触れてきた。
「モフモフしてんなぁ」
「はい、でも明日にはモフモフがなくなるそうですよ」
「そうか、それじゃあ満足するまでモフモフするわ」
そう言って如月先輩に頭を差し出すことになった。
(それにしても、如月先輩に触られていると……どうにも落ち着かない……)
腰の辺りがうずうずとしてしまう。
(早く満足してくれないと、俺がもたない……)
「如月先輩、満足しましたか?」
「いや、まだだ。まだ全然足りない」
普段癒しとはほど遠い環境だからなのか、如月先輩の手は俺の猫耳に全集中だ。
「……んっ――!?」
思わず甘ったるい声が上がってしまった。落ち着け俺、平常心だ……!
「何だ、気持ちいいのか?」
如月先輩はそう言って、今度は猫耳に指をそろりと這わしてきた。
「ちょっ! その触り方はダメですって……」
如月先輩の手を払い除けようとしたが、逆に掴まれてしまった。
「暴れるな、クラゲは猫だろ?」
再びすっぽりと抱き抱えられ、今度は如月先輩の膝の上に乗せられた。
「何言ってるんですか……」
「猫はしゃべんないだろ」
「如月先輩、酔ってるんですか?」
「……かもしんねぇなぁ」
あやふやな答えが返ってきた直後に抱き締められ、束の間、俺の猫耳に舌を這わせてきた。
「――!?」
(ふぉおお!? 何してんだこの人っ!?)
「ほんと、本物みたいにピクピク動くな」
そう言われ、今度は甘噛みされた。
「……っ!」
「なぁクラゲ、どうだ?」
如月先輩と目が合う。
訊かれた俺は、羞恥でどうにかなりそうだ。
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