第19話 C3−P0 終幕へ

 翌朝、私はサレナと共に目を覚ました。

 お互いにぐーっとあくびをして、ちょっと照れ気味に笑う。


「は〜、今日の一時間目古典だよ〜。サレナって古典得意だっけ?」


「苦手じゃないけど、今日は一日休むつもり」


「なんで? ま、まさか私の寝相が悪くて、どっか骨折した?」


「ふふ、違うわ。ちょっとね。今日、おじさまが視察にくるのよ」


「おじさま?」


「魔法省の事務次官で、学校の視察。おじいさまの親戚で、血縁は遠いんだけど、苦手なの」


「ふーん。名前は?」


「ルルクスよ」


 なんだろう、聞いたことがある。

 ルージュとしての記憶のなかにあるってことなのかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 今朝の朝礼で、件のルルクスが登壇した。

 髭を蓄えた初老の男性で、校長に代わり、国と魔法使いの今後について長々しい話を聞かせてくれた。


 だけど、そんなことはどうでもいい。

 彼の顔を見て思い出した。というより、記憶から掘り起こした。


 彼だ。彼なのだ、マウの父が不当な処刑を受けるきっかけとなった貴族は。

 マウが、民主化思想に浸るようになったきっかけは。


 マウは、マウはどこだろう。

 辺りを見渡してみるけれど、見当たらない。

 きっとルルクスが学校に来ていることは知っているはずだ。


 となると、マウは……。


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 マウはどこだろう。

 校舎を走り回っているのに、どこにもいない。


 気になる。会いたい。マウが好きだから?

 そうじゃない。心配なんだ。優しいけど、意外と視野が狭くて、素直だけど、融通がきかない、そんな彼が。


 廊下に人だかりができている。

 教師や……知らない大人たち。

 邪魔だな。突っ切る。


「こら」


 うげ、先生に呼び止められた。


「ルージュ、廊下を走るな」


「あ、はい。ごめんなさい」


 あーもー、わかってるよ。

 いいじゃん少しくらい。

 少しじゃないけど、ずっと走っていたけど。


 知らない大人たちが私を睨む。まるで警戒しているように。

 すると、


「ほお、君か、アレクセイ校長殿の娘というのは」


 人の群れから、ルルクスが現れた。


「噂は聞いておるぞぉ。なんでも魔法使いとして比類なき逸材。優秀な生徒であると」


「……どうも」


「生まれも良い。なんせアレクセイ殿は、あの国王陛下のかつてのパーティー仲間であったからな。共に魔王を倒した英雄よ」


「そうみたいですね」


 どうでもいいなあ、そんなこと。

 ていうか、校長の実子じゃないし、設定的に。


「しかしあの人はわからん。先ほども話したが、どうして由緒正しきサンライズ魔法学校に庶民まで入学させるのか、理解できん」


「……」


「そもそも、庶民の分際で魔法を学ぼうと言うのが度し難いのだ。夢を見おって。分を弁えよ。のお、諸君」


 教師や大人たちが「はい」と頷いた。

 まるで躾けられた犬だ。


「ルージュくんだったかね? 君は将来、魔法省に入るであろう。いいや、入るべきだ。ならばこそ、一つ、選ばれし者の理を説いておこう」


「いや、別に……」


「魔法が、自分の生命力、魔力を用いるように、我々選ばれし者は、弱者の命を吸って世を征するのだ。命とはすなわち、『税』よ。税を絞り尽くして我らの糧とするのだ。よーく覚えておくがいい」


 サレナの気持ちがよくわかる。

 私も、こいつが嫌いだ。


 反論したい。けど、そんな時間はない。

 いますぐにでもマウに会いたい。


「あ、ありがとうございます。では……」


「ところで」


「まだなにか?」


「たしか、国王の孫娘が同級生だったな」


「サレナ……王女様のことですか?」


「どうだ? やはりまだ出来損ないの劣等生か?」


「……」


「ふん、一族の良い笑いものだ。まあ、ワシの娘ではないし、どうでもいいがな」


 返事もすることなく、私は速歩きでその場を去った。

 ルルクス。こいつこそまさしく、典型的な悪キャラ。

 言わばボスなんだろう。






 さらに探し回ってみたけど、まだマウは見当たらない。

 男子寮にまで行ったのに。


「なにか、なにかヒントがあるはず。このゲームのなかに……」


 きっとマウを発見したら、会話になる。

 大事な話。

 そうだ、マウと大事な話をするとき、決まって空き教室だった。


 なら……。


 勘を頼りに空き教室へ向かうと、そこには、


「先輩……」


 スクリオ先輩と話しているマウがいた。

 いったい、なにを話しているのだろう。先輩のヘラヘラした顔は確認できるけど、マウの顔は、角度的に見えない。


 スクリオ先輩がマウの肩を叩く。


「じゃあね、マウくん」


 教室から出ていく彼にバレないよう、一旦隣の教室に移った。


「も、もういない?」


 それから再度、先ほどの空き教室に入る。

 マウは、じっと窓を眺めていた。


「マウ?」


 振り返る。


「ルージュ」


 目が、真っ赤に腫れていた。


「な、なにを話していたの?」


「……」


「まさか、ルルクスを……」


「……」


「マウの気持ち、すごくわかるよ。私もあいつが嫌い。でも、でもさ、なんていうか、そんなやり方で国が変わるの? きっと、もっと大きな争いになる気がーー」


「ルージュ」


「ごめん。だけど、マウに手を汚してほしくなくて……」


「ルージュ!!」


 怒号が教室中に響く。

 彼の声に私の意志は一瞬で吹き飛ばされて、萎縮してしまった。


「父さんは馬車の御者だった。10年前、ゆっくり馬を歩かせていた父さんに、街中で馬を暴走させた馬車が突っ込んできた。ルルクスが乗っていた。会食に遅れるからと、危険を顧みずに速度を上げるよう指示していたんだ。父さんが乗せていた客は死に、父さんも軽傷を負った。ルルクスだけが無傷だった。……当然、父さんは慰謝料を求めた。けど」


 その裁判で、何故かマウのお父さんが糾弾され、最終的に死刑判決を下された。

 ルルクスは裁判官のみならず、新聞屋まで金で抱きかかえ、己の罪を擦り付けたのだ。


 高貴なるものが庶民に謝罪などするなどありえない、から。


「さっき組織の人間からも指示があったよ」


 スクリオ先輩のことだ。


「国のため、父さんのため。僕は今日、あいつを殺す」

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