第18話 C3−P0 スクリオとサレナ

 全生徒、寮の部屋と食堂以外立入禁止のはずなのだが、そんな決まりを守るお利口な生徒ばかりではない。


 私を含めてね。


 まあ、教師陣としても、部外者は絶対に入れない魔法の結界を張っているから、生徒が校舎から出なければ良しなのだろう。


 見回りの先生に見つかったら部屋に強制連行されるけど。


「さて、スクリオ先輩はどこだ……」


 寮を当たったが、どうやらいないらしい。

 となると、校舎のどこか。


 あの人は目立つから、すぐに見つかるはず。

 通りかがった女子生徒に声をかけて、居場所を聞いていく。


 そして、


「スクリオ先輩」


 廊下で女子をナンパしていた先輩を発見した。


「おや? 君は愛しのルージュちゃん」


「少し、お話できますか?」


「君から誘ってくれるなんて……俺ってばホント罪な男。いいよ」


 ナンパ中の女子に別れを告げて、先輩は私と共に空き教室に移った。

 奇しくも、チュートリアルでマウに殺された教室であった。


「んで? 話って?」


「それが……」


「消極的な子も好きだけど〜、大胆な子はもっと好き。なにを話す? ルージュちゃんが満足するまで、側にいてあげるよ。なんだったら、お話以上のことも、してあげるけど?」


 ものすごくドキドキする。

 トキメイているからじゃない。恐怖心からだ。

 スクリオ先輩は民主化組織のスパイ。優理から貰ったその情報に間違いはない。

 なんせ攻略サイトに記載されているからね。


 もし、指摘して、怒って、私を殺そうとしたならば……。


 躊躇っちゃダメだ。

 先輩がマウと繋がりがあるのなら、組織から抜けるよう指示させないと。

 そのうえで、謎多き先輩を攻略してみて生存ルートのヒントを得たい。


「先輩は……昨日のテロのとき、なにしてたんですか」


「なにって……避難していたよ? 俺ってさあ、逃げ足速いタイプなんだよね。ほら、女の子に恨まれることも少なくないからさ」


 絶対嘘だ。


「あの……先輩……」


「なにを知りたいのかわからないけどさぁ、ルージュちゃんって案外欲張りなんだね」


「へ?」


「好きな男のこと、なんでも知りたがるタイプでしょ?」


「いや、その……」


「俺さあ、女の子の過去って気にしないんだよね。どんな恋愛をしてきたか、どう生きてきたのか、教えたくないことはいっぱいあるでしょ? だから無理に聞かないんだ。それが、男女の礼儀ってやつ。……だからさ、俺のこと何でも知りたがる女の子って、少し苦手」


 先輩が距離を詰めてくる。

 無意識に後ろに下がって、背中を壁にぶつけてしまう。


 それでも先輩は歩みを止めず、綺麗な顔を私の耳元にぐいっと近づけた。


「ルージュちゃん、極東にはこんなことわざがあるらしいよ。……知らぬが仏って」


 普段とは違う低い声。

 押しつぶされそうな圧。


 嫌な汗が止まらない。


 まさか、察したのか? 私が、スパイだと知っていることを。


「俺は君の考えていることを探るつもりはない。だからルージュちゃんも辞めときな、わる〜い男の秘密を探るのは。でないと、泣いちゃうよ」


「あの、せんぱーー」


「僕は遊び人、君はただの優秀な女の子。……だろ?」


 フッと、先輩が離れた。


「じゃあね〜。次こそは街デートしようね」


 軽やかな笑みで、手を振りながら、先輩はいなくなってしまった。


「はぁ、はぁ」


 なにもできなかった。

 なにも聞き出せなかった。


 あの人、やっぱり只者じゃない!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 結局今日一日中、私はなーんにもできなかった。

 なーんにも。


 マウを説得できないどころか、スクリオ先輩に軽くあしらわれる始末。


「はぁ、優里になんて報告しよう」


 食堂でカレーを食べて、私は自室のベットで寝転がっていた。


 このまま一日が終わってしまう。

 私はいったい、いつ死ぬんだろう。

 どうやって死ぬんだろう。


 たぶん、今のままじゃ確実に死亡ルートに入る予感。

 マウのエンド6に入るのかな。


 キスすらできない、呆気ない死の終わりへ。


「はぁ、あーあ」


 今夜2度目のため息をついたとき、


「ルージュさん」


 廊下からサレナの声がした。

 なんだろう。扉を開けると、案の定サレナが立っていた。


「少し、いいかしら」


「いいよ。どうしたの?」


 招き入れて、私はベッドに座った。

 サレナも隣に、ちょこんと座る。


 前にも似たような状況があったな。

 あのときはサレナの部屋だったけど。


 サレナが節目がちに私を見つめた。


「大丈夫?」


「え」


「今日、何度かあなたを見かけたけど、とても怖い顔をしていたわ。たぶん、昨日のテロのことでしょうけど」


 驚いた。

 サレナ、私のこと心配してくれていたんだ。

 はじめはあんなに、人と壁を作っていた子が。


「確かに、いまこの国は安全じゃないわ。辛いこともたくさん起きる。……もし、もし私にできることがあれば、相談に乗るわ。魔法は苦手の落ちこぼれだし、王族内でも発言力がないけれど……」


「サレナさん……」


「魔法の授業で私を助けてくれたように、私だって、あなたの力になりたいわ。だって、あなたは……」


 サレナが視線を逸らす。

 意を決したように一息つくと、まっすぐ、見惚れてしまうほど美しい瞳で、私を捉えた。


「はじめて、損得抜きで私に優しくしてくれた同級生だから」


「……」


 グッと胸が熱くなる。

 沸騰しそうなほど熱された直後に、胸の炎が弱まって、代わりに私の心臓を締め付けた。


 優しいな、サレナな。

 嬉しい。私だって、元の世界ではマトモな友達なんていなかった。


 そうか。私たちはお互いに、はじめての友達なんだ。


「ありがとう、サレナ。じゃあ、もう少し、一緒にいてくれる? 側にいるだけでホッとする」


「えぇ、もちろん。ルージュさんが望むなら」


「さんはいらないよ、サレナ」


「……ルージュ」


「ふふふ」


 それから中身のないような、だけど気持ちが弾むような会話を続けて、自然と同じベッドで横になった。

 お泊り会みたいだ。


 そういえば、優理から通話が来ない。

 部屋に誰かがいるとできないのかな。


 あぁ、優理と作戦会議をしなくちゃいけないのに、頭がぼーっとしてきた。

 ベッドが狭い。でもいいや、心地良いから。


 サレナってば、寝顔まで綺麗だな。


 不安や死の恐怖から逃げるように、私は眠りについた。

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