第17話 C3−P0 死者

 翌日の授業はすべて中止となった。

 テロに巻き込まれて負傷した生徒が多かったため、らしい。

 とうぶん、外出イベントは発生しないのかもしれない。


 本来女人禁制である男子寮に踏み込んでいく。

 どこの部屋かは知ってる。教えてもらったことがある。


 目当ての扉をノックして、彼の名前を呼んだ。


 数秒して、ドアが開く。


「マウ……」


 彼の顔を見た瞬間、魂が抜けるんじゃないかという勢いで胸が軽くなった。

 よかった。ちゃんと帰ってきていた。怪我もない。


「どうしたんだルージュ。こんなところまで」


「ちょっと、入っていい?」


「え!? ダメだよバレたら怒られるよ?」


「じゃあ、ちょっと付き合って!!」


 マウを部屋から連れ出して、適当な踊り場で立ち止まる。

 ハテナを浮かべたマウに、私は告げた。


「昨日、どこにいたの?」


「どうしてそんなこと聞くんだ?」


「質問に質問で返さないでよー」


「……城下町だよ。友人の買い物に付き合っていた」


 一瞬、思考が止まった。

 嘘だ。マウが私に嘘をついている。


 ルージュの記憶では、いつも私に正直だったはずなのに。


「僕も驚いているよ。昨日の事件は」


「マウ……隠し通せると思っているの? 言っていたよね? アルファに入るって」


「……」


「それに私、見たよ。マウが戦っているところ」


 マウは黙ったまま、私を見つめ続けた。

 その宝石のように美しい瞳は、冷たく、淀んでいた。


「誰かに話すなら、それでもいい。僕は後悔していない」


「ねえ、やめようよ暴力なんて」


「……」


「平和的に解決したいって、言っていたじゃない。弾圧されてもさ、言葉で変えていけないかな。どんどん組織の人数が増えて、国民のほとんどが賛成したら、きっと国王だってさーー」


「ルージュ」


 ハッと、私の言葉がせき止められた。


「前に言ったはずだよ。僕は、僕の道を行く。たとえ、君に止められたとしても」


「そんな……」


「平和に済ませたいけれど、最初から綺麗な手で終わるとは思っていないよ。本当の自由と平等のために、僕は戦い続ける」


 マウが背を向けた。

 このままじゃいなくなってしまう。

 何か言わないと。マウと止められる何か、一言。


「私のこと、まだ愛しているの?」


 歩みだそうとしていたマウの足が、止まった。


「わ、私、マウのこと嫌いになっちゃうかもよ!! それでもいいの!?」


 青い髪を揺らしながら、マウが振り返る。

 汚れた瞳はキラキラと煌めき、どことなく、熱を放っていた。


「そういう、不器用なりに優しいところが、大好きだ」


「……」


「幸せになってほしい。僕が作る、正しい国で」


 マウが自分の部屋に戻っていく。

 なのに、私は呆然と立ち尽くしたまま、動けなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 優理との作戦会議の通り、スクリオ先輩に会いに行くことにした。

 もしや、マウをアルファに引き入れたのは彼なのではないだろうか。


 再び男子寮へ足を踏み入れると。


「よう」


 タケシ先輩が、大きな箱を抱えて廊下を歩いていた。


「先輩、無事だったんですね!!」


「まあな。ドラゴンを1体倒してやったぜ」


「凄いです!! その荷物は?」


「あぁ、ツヨシのだ」


「え、入院でもするんですか? どこか骨折したとか……」


 タケシ先輩が目を細めた。

 唇を噛み締めて、視線を逸らす。


 そんなに深刻なのかな、ツヨシのやつ。


「死んだよ」


「…………へ?」


「他の騎士を庇ってな。だから、荷物を整理していた」


「……」


「俺はテロリスト共を許さない。なにが平等な世界だ。あんな連中が作る世界が平等であるわけがねえ!! 自分らの不満を国王のせいにして、駄々こねてるだけのガキだろうが!!」


 でも、少なからず生まれ持っての『差』はあるはずで、それに苦しんでいる人はいますよね。

 なんて、口が裂けても言えない。


 ツヨシが死んだ。

 ドラゴンとの戦いで。


 嫌いだった。サレナをいじめたし、イキっていたし。

 デートに誘われて悪寒すら覚えた。


 でも、死んでほしかったわけじゃない。

 リトライをすれば助けられる? 無理だ、私にはもう残機がないから。


 胸に小さな穴が空いた。

 埋められそうで埋まらない穴。


「ルージュ。もしテロリスト共のこと何かわかったら教えてくれ」


「わかりました」


 としか、答えようがない。

 でも、マウを売れないよ。


 なんとなく察する。

 十中八九、私はもうすぐコンティニューになる。


 どんな結末かは予想できないけれど、1つの物語の終焉が近づいている予感はしていた。

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