第9話 C3−P1 マウの想いと罪悪感

「君に大事な話がある」


 マウが私の肩を握る。

 逃げないで聞いてほしい、そんな思いを込めた所作。


 記憶から蘇る、チュートリアルでの悲劇。

 私は、マウに殺されているのだ。


 心臓が激しく鼓動する。

 怖い、けど同時に、マウの真剣な眼差しに引き寄せられてしまう。


「ルージュは、この国の情勢をどう思う?」


 来た。

 チュートリアルと同じ切り出し。


「どうって……良いところもあれば、悪いところもある、かなあ」


 なんて、無難な返答。


「僕は、いまの政治体制に疑問を感じている。それに僕は未だに許せない。王族の身内贔屓の裁判で、父さんが処刑されたことを……」


「それは……」


「いずれ僕は、民主化運動組織『アルファ』に入るつもりだ」


 うげぇ、いまのところチュートリアルの時とまったく同じセリフ。

 あぁ、殺されちゃうんだ。また残機減っちゃうんだ私。


 待てよ? いまなら多少魔法を覚えているし、抵抗できるんじゃないかな?

 防御魔法のプロテクションもあるし。


「僕は、君にも参加してほしいと思っていた」


「ん?」


「けど、君がサレナさんを庇って、たとえ校長先生に怒られるとわかっていても自分の意思を貫いたことを知って、目が覚めたんだ」


 流れが……変わった?

 校長に怒られるって、わかっていたつもりはなかったけど。


「君には君の人生がある。これまで、ルージュが側にいてくれるのが当たり前になっていたし、これからもそうであってほしいと思っていたけど、そんなの、僕のわがままでしかなかったんだ」


「マ、マウ?」


「いつか、僕と君は違う道を進む。ずっと一緒にはいられない。耐えがたくてもしょうがない事実だ」


「そ、そうだね。ずっと子供じゃないわけだし」


 違う、明らかにチュートリアルとは話の流れが違う。

 どうしてだろう。わからないけど、条件が揃ったから?

 マウの好感度が上がったから?


「きっと争いに巻き込まれることもあるはずだ。意見が食い違って、喧嘩だってするだろう。だけど、これだけは覚えていて欲しい」


「うん」


「僕は、君が好きだ」


「……」


「君の可憐で、明るくて、危なっかしいけど、まっすぐ生きている。そんなところが、ずっと好きだ」


 知ってる。

 彼が私に、ルージュに好意を抱いていることは。

 そういう設定だから。


 知ってるんだ。わかってるんだ。

 わかっているのに、胸が熱い。

 ぐっと、感情が込み上げてくる。


「な、なんでそんなこと言うの。もし私がアルファを嫌って、マウのこと密告しちゃったらどうするの?」


「構わない。むしろ、本望だよ。君に殺されるなら」


「そんなの……勝手だよ」


「ごめんね。でも、伝えたかったんだ。君と道を違えても、君が誰を好きになっても、僕をどう思おうとも、覚えておいてほしい。僕は、これからも君を愛しているってこと」


 じゃあね、と優しく微笑んで、マウは去っていった。

 予鈴が鳴る。


 急がなきゃいけないのに、足が動かない。

 勝手だ。好意という縄で、私の心を束縛しているようなものだ。


 だけど迷惑には感じない。むしろ、申し訳無さと疑念すらある。

 マウが好きなのは、私なのか。それとも『ルージュ』なのか。

 もちろん、後者だろうな。


 私はただ、ルージュの肉体を乗っ取っているだけなのだから。

 

「マウ……」


 好きな相手が、いつの間にか知らない人間と入れ替わっている現状。

 あまりにも不憫すぎる。たとえ、そういうゲームだったとしても。


 ならば私にできることはなんだろう。

 死んでもいいから、彼と添い遂げちゃおうかな。


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「お姉ちゃんチョロすぎ」


 今夜も優里に報告する時間がやってきた。

 もちろん話した。タケシ先輩のこと、マウのこと、全部。


「でもさー、改めてこのゲーム鬼畜だよねー、いくらキャラを好きになっても、死ぬ未来しかないんでしょ?」


「不幸な死とは限らないけどね。たとえばマウの場合は……」


 優里がスマホをいじりだす。

 たぶん、攻略サイトの情報を読み込んでいるのだろう。


 クリア条件が書かれていない攻略サイトだけど。


「現在確認されているエピソードだと、『民主化は無事成功。だけど元国王の部下にマウが殺されかけて、主人公が庇う。死ぬ間際で感動的なキスをする』が一番ハッピーかな」


「ハッピー、なのかなあ?」


「あと前にも言ったけど、たとえその死に方で満足しても、お姉ちゃんの場合はまた『やり直し』になるんだからね」


「わかってるよ……」


 画面越しでプレイをしているなら、満足するエンディングでゲームを『終わらせる』ことができる。やらなきゃいいだけだから。


 けど私は違う。強制的にリトライとコンティニューが発生するのだ。

 例え良い死に方をしても、それを何度も繰り返すのは……気が引ける。


「ねえ、エンディングを迎えた時に残機が残っていたらどうなるのかな? リトライして、死なない選択をしたらエンディングも変わるよね?」


「別のエンディングで死ぬだけだよ。他のプレイヤーが実証済み」


「そうですかぁ」


 エンディングは複数あるんだもんね。


「とにかく、これ以上マウに構ってると好感度上がりすぎて取り返しがつかなくなるから、しばらく放置でいいよ。マウは好感度が上がりやすく、下がりにくいキャラだから」


「んー、そうするしかないのかなあ。あーあ、モテる女は辛いなあ」


「モテてるのはお姉ちゃんじゃなくて主人公のルージュでしょ」


 それは恋愛ゲームのプレイヤーには禁句だよ……。

 事実だけど。


「あのさ、私はこの世界で自由に発言できるわけじゃない? 選択肢を選ぶだけの普通のプレイヤーとは違ってさ」


「うん」


「なら、明らかに本来のルージュと性格が違うって、マウは思わないのかな。そもそも、製作者が想定していない動きだってするはずだし」


「んー。まず根本的に、お姉ちゃんとルージュは性格が似ているんだよ。他の人のプレイ動画とか観ての感想だけど」


「そうなのかな」


 性格が似ている。だからルージュに転生できたのかな。


「だからお姉ちゃんは自分の意志で行動していても、製作者がたくさん用意した『ルージュ』の行動選択のパターンのどれかに引っかかるんだよ」


「ふーん」


 じゃあ、マウは違和感を覚えていないのかな。

 なんて都合の良いことか。


 けど、やっぱり私は私で、ルージュはルージュだ。

 似ていても、どこかに違いはある。


 マウの好きなルージュではない。

 少なくとも、『私が好き』であると自信を持って断言できるほど、マウとの交友は浅すぎる。


「とにかく、マウとの会話は当分禁止。いいね?」


「はーい」


 これからドンドンいろんなキャラと出会って、恋愛するんだろうなあ。

 楽しみなような、気が重いような。


「あ、そういえばタケシはどうなの? まあ、どうなろうとも死亡エンドがあるんだろうけどさ」


「まあね。タケシ……というかサイトウ兄弟は3人いてね、2年生にもうひとりいるんだよ。で、基本的にサイトウ兄弟ルートは青春を謳歌するストーリーばかりだから、進んでいて楽しいはずだよ。最終的に死ぬけど」


 サイトウ兄弟ってことは……ツヨシルートだとツヨシと青春を謳歌するのか。

 な、なんか嫌だな……。


「お姉ちゃん、伝え忘れていたけど」


「ん?」


「そろそろ週末でしょ? 週末は週に一度、街に出られるイベントが発生するの。一人でぶらぶらしてもいいし、誰かをデートに誘ってもいい」


「ふーん」


「街で会えるキャラもいるから、積極的に外に出てね」


「はーい」


 デートかあ。

 せっかくならデートしたいよね。


 本当はマウとしたいけど、我慢。

 じゃあツヨシかタケシ?


 ないな。


 となるとサレナかなあ。

 いやいや、別のキャラという可能性もある。


 あーもー!! いったい誰のどんなルートに入れば生き残れるの、私は!!


「あと、最初の週末を過ぎてからストーリーが一気に動きだすらしいから」


「そうなの?」


「シリアス要素増えるって、気をつけてね」





・マウ 7→8


・タケシ 0→3



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※あとがき


瑠璃はルージュに似ているから、なんて実は関係なかったりします。

本来のゲームには存在しない台詞をキャラクターが喋ることがありますが、それでもストーリーの流れは変わらないのです。


例えば、


・①好感度が上がる選択(〇〇が好き!!)

・②上がらない選択(〇〇は普通だよ)

・③下がる選択(〇〇なんて嫌いです)


と、別れていた場合、瑠璃の台詞からキャラクターが勝手に3つの選択肢のどれに近いか判断します。


瑠璃が「〇〇は〜好きなときもあれば嫌いなときもある」とルージュの台詞に存在しない言葉を口にして、キャラも存在しない台詞で返しても、ゲーム的には②の選択肢に当てはめられているわけです。


これは会話だけでなく、行動でも適用されます。

そして当てはめられた選択に従い、ストーリーが進行するのです。


そこまでできるゲームってなんだ? って感じですね。

謎が謎を呼びます……。はたしてここは本当にただのゲームの世界なのでしょうか。


応援よろしくお願いします。

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