第3話 チュートリアル3
魔法の実践訓練とかあるわけでもなく、あっという間に放課後になった。
とくにイベントなんておきない普通な日。チュートリアル中だからに違いない。
「あ、ルージュ」
寮に戻る最中、別の教室から出てきたマウに呼び止められた。
「マウ、どうしたの?」
うひひ、マウの方から話しかけてくるなんて。
いいねえ。ガンガン話して好感度をあげないと。
「このあと……時間あるかな?」
「へ?」
マウの頬が赤くなる。
「少し、ふたりきりで話がしたくて」
「それって……」
い、いきなり急展開!?
こ、これ本当にチュートリアル?
いやいや、別にこれでハッピーエンドというわけじゃないんだ。
落ち着いて、落ち着くのよ、私。
「だ、大丈夫だよ……」
「ほんと? よかった、最近入学したてでずっとバタバタしてたから」
誰もいない空き教室でふたりきりになる。
青い髪のイケメンさんと、ロマンティックなムード。
はぁ、心臓のドキドキが止まらない。
まさかまさか、いきなりキスとかしちゃったりして。
人生初のちゅー。
ファーストちゅー。
女としての階段を登る日が、ついにきたのね!!
「それで、話って?」
「うん。ルージュはさ、いまのサンライズ国をどう思う?」
「どうって……」
「僕はね、正直不満なんだ。過去の功績に甘んじて担ぎ上げられた王。彼と一部の貴族による政策は、どれも的外れな気がしてならない」
「あ、うん」
「それに、君だって覚えているはずだ。貴族共が、僕の父さんにしたこと」
「あ〜」
ルージュとしての記憶に残っている。
マウの父は、不当な裁判で処刑されたのだ。
どう考えても貴族側に非があったのに。
「王族の身内贔屓で、父さんは死んだ。こんなの、不公平だ。僕はいまでも、父さんの死に際を夢に見る」
「たしかに、あれは……」
「ごめん、一方的に話しすぎた」
これ、どういう空気?
ロマンティックじゃなくなってきたんだけど。
「単刀直入に言うよルージュ。僕と民主化運動組織『アルファ』に来ないか?」
「え、いや、その……」
「お願いだよ。君がいれば、僕は……」
「ちょ、ちょっと待って!! なに言ってんの? だって、テロ組織なんでしょ?」
「違う!! 革命の使徒たちなんだ」
「そんな、いきなり言われても……」
政治とか革命とか、私にはわからないよ。
少し前まで陰気な女子高生だったし、ていうかこの世界に転生したのついさっきだし!!
「ずっと一緒に育ってきたじゃないか!! 身分は違えど、君だけは、いつも僕の味方だった。なら、これからも共に戦ってほしい」
「私は……」
「僕には、君が必要なんだ」
う、嬉しいセリフだけど、正直話についていけない。
革命って、私がしたいのは恋愛なのに。
「あの、マウ……」
「そうか……そうなんだね……」
マウが悲しげに目を伏せた。
「僕は必ず革命軍に入る。そうなればいずれ、君を悲しませてしまうかもしれない。君は……貴族側だから……」
「マウ?」
「それだけじゃない。僕には耐えきれない。君と別々の道を歩むことが」
「な、なに言って……」
「ルージュだってそうだろう?」
問いじゃない。
強要だ。頷けと圧を掛けている強要。
「お互い苦しむのなら……いっそ、ここで僕が君を楽にする!!」
マウが懐からナイフを取り出した。
「なっ!!」
「君を殺し、革命が終わったあと、僕も死ぬよ」
こいつ正気か!?
とんだメンヘライケメンだったよ!!
「待って待って待って!! なんかおかしい、おかしいって!!」
「愛していたよ、ルージュ」
「ちょっ!!」
「すぐに僕も追いかけるから、天国でまた一緒になろう」
マウのナイフが、私の胸を突き刺した。
冷たい異物が体内に入る。
血が吹き出す。
寒い、痛い、意識が……。
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「ルージュ?」
ハッと意識が戻る。
え、刺されてない?
辺りを見渡す。
目の前にはマウ。
周囲は……廊下?
空き教室にいたはずなのに。
再度自分の胸元に視線をやる。
刺されていない。
血が流れていない。
まさか、時間が戻っているの?
「ルージュ、大丈夫?」
「え」
さっき私を殺した男が、心配そうにこちらを見つめている。
ドッと嫌な汗が背中を走った。
「で、どうかな。よかったらこのあと、ふたりきりで話がしたいんだけど……」
「ご、ごめん!!」
マウから逃げ出して、私は寮の部屋に戻った。
たぶん、私はあのとき、死んだ。
死んだけど、時間が戻った。
つまりやり直し、リトライ。
優理が言っていた2回ゲームオーバーってのは、こういうこと?
でも、戻った時間はたかが数十分程度。
なにがなんだかわからない。
ただ、たしかに一つ判明したのは。
「あれは、死亡ルートの1つ」
「お姉ちゃん」
また優理の声。
鏡が、制服姿の優理を映している。
たぶん学校帰りなのだろう。
「どう? 無事にチュートリアル終わった?」
「そ、それが優理!! マウが!! マウに!!」
「うわぁ、やっぱりそのパターンになるよね」
「ど、どういうこと!?」
まるでわかっていたかのような言い草。
「チュートリアルに発生するイベントはただ1つ、マウによる刺殺エンド。みんな一度は引っかかるエンドらしい。てかお姉ちゃんは既に2回引っかかってる。あ、これで3回目か」
「だ、だって幼馴染みキャラだよ!?」
「マウルートは他にいくつもエンディングがあるの。ネット情報だと、どれもバッドエンドだけど」
そういうのは、もっと早く言ってよ……。
とにかく、マウはヤバいやつだってわかった。
もう近づかない。イケメンだけど近づかない!!
「お姉ちゃん、よく聞いて。いまならお姉ちゃんとたくさん話せるから、ちゃんと説明するね、このゲームのシステムを」
「う、うん」
「このゲームの攻略対象は、お姉ちゃんがコミュニケーションを取れるキャラクターすべて。一応、モブという概念はあるけれど、そういうキャラはお姉ちゃんとマトモに喋ることはできない」
「うん」
「各キャラクターのルートにもストーリー分岐がある。開発者曰く、正解の生存ハッピーエンドにたどり着ける確率は、およそ100万分の1」
「ひゃ、ひゃくまん!?」
「もちろん、キャラクターには好感度がある。−10から+10までね。それは私しか確認できないの。そして、私と会話できるのは、基本的に23時から6時まで。本来、ゲームのシステム的に強制的に寝かされている時間、要は存在しない時間だから、私が介入できるの。いまはチュートリアル中だから、例外として喋れているけれど」
「く、詳しいね。説明もスラスラ」
「そりゃあ、もう3回目だからね。お姉ちゃんをサポートするの」
「ゲームオーバーって死ぬことだよね? でもじゃあこれで4回目?」
「そこから先はシステムの解説になるよ。大丈夫?」
大丈夫。これでもゲーム好きだからね、すんなり頭に入っているよ。
頷くと、優理は説明を続けた。
「まず、お姉ちゃんの残機は4つ。つまり4回は死んでも、死亡ルートに入る直前に戻れるの」
マウに殺されて、空き教室から放課後の廊下に移動したのは、それなんだ。
あそこでマウについていくことが、死亡ルートの入り口。
「もし5回死んで、残機がなくなったら?」
「コンティニューになる。最初からやり直しってこと。これまでのデータが消える」
「ってことは、私がまたチュートリアルからやり直しているのは……」
「言ったでしょ、これで3回目だって。プレイヤー的には単なるやり直しだけど、お姉ちゃんの場合は、記憶すら失う」
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