第十七話 病弱美少女と神様少女

「どうぞ。粗茶……粗茶なんですかね?……取り敢えず、粗茶です」

「ありがとうございます、いただきます」


 応接室。大き目のソファにちょこんと腰掛けた彼女は俺の出した紅茶をずずっと啜る。どうやら少し熱かったらしく、彼女は何とか一口目を飲み込むと、ふーふーと必死に冷まし始めた。俺が急いでミルクを持ってくると、彼女は一気に注いだ。


「……大丈夫、ですか?」

「はい、何とか……改めて、お久しぶりです!栄一郎さん!随分と美人さんになっててびっくりしちゃいました!」

「そっちですけどね、私を美人さんにしたの」

「あはは……確かにそうでした。今はマイさんですよね?」

「はい、マイ・アーロトスです」

「わー、名前まで美人さんです!」

「そんなこと。えっと、あなたは……あ、名前聞いちゃダメなんでしたっけ」

「実は……今は大丈夫なんです。私「アメ」っていいます」

「アメ……じゃあ、アメちゃんって呼びますね」

「はい!私も好きです、その響き!」


 そして空っぽになった彼女のティーカップを見て、俺は「お代わりいりますか?」と尋ねる。彼女はこくこくと頷き、「お願いします!」と綺麗に飲み干したティーカップを差し出した。そして、それを受け取って応接室の出口に差し掛かった俺の背中に「えっと、次はぬるめで……」と可愛らしい注文が入る。「了解しました」と俺は柔らかく微笑んだ。


◇◇◇


「……そろそろ、本題に入りますね」


 カタン、とティーカップを机に置き、彼女はすぅ、と小さく息を吸った。


「ここに来た理由ですか?」

「はい。……栄一郎さんを転生させたとき、私「見習い」って言ったと思うんです」

「ああ、確かにそんなこと言ってました」

「神の見習い期間って6年間なんです。それで、ついこの前見習いが終わって「あとは審査だけ」ってところまで行ったんですけど……そこで、栄一郎さんの件で怒られちゃって……」

「ああ……やっぱり盛り過ぎだったんですね、私のスペック」


 納得して手をぽんと軽く叩いた俺に、「あ、いえ、そうじゃなくて……!」と彼女は大きく腕をぶんぶんと振る。「いやこれ以上高くなるわけないじゃないですか」みたいな視線を俺は向けたが、彼女は小さなため息とともに説明を始めた。


「……その、転生用のスコアって計算したじゃないですか?あの時、こっちの不手際で殺しちゃったのでお詫びの補正みたいなのかけないといけなかったんですけど、それを忘れちゃってて……」

「えっと、つまり本来は……もっと高くなってた、ってことですか……?」

「はい!そういうことです!……それで、それについて先輩とか上司に怒られちゃって……「埋め合わせとして栄一郎さんが死ぬまでお手伝いしてこい」って人間として転生させられちゃった……みたいな感じなんです」

「……あ、だからウチに置いてほしいってことですか?」

「……そうしてもらえると、嬉しいんですけど……」

「全然いいですよ」

「……えっ?!」


 予想よりも遥かにあっさりとしたものだったらしい俺の返答に、彼女はその丸くて大きいパッチリ二重でパチパチと瞬きした。まあ、そんな反応にもなるかな、と俺は紅茶を啜りながら考えていた。


「いや、自分で言うのもなんですけど、私こんな突然押しかけてきたんですよ?!」

「いえ、部屋も余ってますし……それに丁度人手欲しかったんですよ、そろそろ質屋オープンなので」

「は、はぁ……?」


 そして、俺はカクカクシカジカと今の経緯について説明する。どうやら納得してもらえたらしく、「そういうことでしたらぜひお手伝いさせて下さい!」と元気良く答えてくれた。


「……それともう一つ、聞いても良いですか?アメちゃん」

「はい!答えられることでしたら!」

「そうですか……じゃあ、聞きますね」


 俺はここに来ての6年間、ずっと秘めていた思い、感情をそっと打ち明ける。ずっと秘めておくつもりではいたが、彼女を前にしたら、ふとこぼしたくなったのだ。小さく深呼吸して、俺は口を開いた。


「……アヤは、何をしてますか?父さんは?母さんは今何を?」

「……そっか、やっぱり気になりますよね……」


 アヤは当時中2だった妹。父さんは大手のサラリーマンで、母は専業主婦。正直に言うと、考えたくはなかったのだ。どうなっているのかなんて、余りにも想像に容易かったから。


「……本当は、ダメなんですけど」

「……そう、ですよね」

「……でも、今の私は人間なので。話しちゃいます」


 思わず、目を見開いた。視界が僅かに潤む。目頭が熱くなる。俺は項垂れ、目頭を押さえた。


「アヤさんは、この前大学のミスコンで3位になってました。好きな人のタイプは「お兄ちゃん」みたいな人、だそうです」

「……ほんと、早くブラコンは卒業してくださいって言ったのに……」

「お父さんは、この前取締役会に出れるくらいまで出世したそうです。ゲーム会社に投資して大成功したんだとか」

「そう、なんですね……父さん……」

「お母さんは……ブイチューバー?っていうので大成功してるそうです。近々声優デビューも控えてるんですって」

「昔っからあなたは……」


 嬉しかった。本当に、嬉しかった。変わってしまった訳じゃない。いや、何処か変わっているのかもしれないけど、きっと、それは俺が死んで、きっとそれを乗り越えたから。ああ、本当に、良かった……。


「……まだ、聞きますか?」

「いえ。……これ以上聞いてしまったら、私はこの世界で生きていけなくなりますから。これ以上は、勝手に考えます」

「……分かりました」


 アメはソファから立ち上がると、下を向いた俺の方へ寄ってくる。何だろうか、と思っていると、彼女はポケットのハンカチで俺の目元を顔を拭いた。


「……ありがとう、ございます」

「いえ!……私、役に立てましたか?」

「……はい、もちろん」


 「それと、片付け手伝ってもらえますか?」と問いかけると、彼女は「分かりました!」と元気よく答えた。


◇◇◇


「……ってなわけで今日から一人増えます」

「アメって言います!15歳です!」

「わ〜!かわい〜!」

「めっちゃ可愛いですね、アメちゃん」


 同じことを言っている筈なのに、何でエメリーとノアでここまでイントネーションが違うように思えるのだろうか。……取り敢えず、アメの立場はメイド見習い。一応ノアの下で修行してもらうことになるのだが……まあ、アレは手を出すタイプの面食いではないし大丈夫だろう。

 そんなこんなで、結局俺、エメリー、ノア、アメの四人で開店の日を迎えることになった。

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