第十五話 病弱美少女とオークションその四
「マイ様。何をするおつもりで?」
「ノア」
第6品目を控えて、あと数分の空き時間。持ち出した温い紅茶を啜りながら俺とノアは話していた。
「今回、何を奪えば私達は勝てると思いますか?あのボンボンの鼻っ面をへし折れると思いますか?」
「……命、ですかね」
「ツッコみませんよ」
「冗談です。……でも、金では無いことは理解してますのでご安心を」
「正解です。ああいったボンボンというのは得てして金を嗅ぐ手段はあれど、その価値を知ることはありません。トリュフを探す雌豚が、トリュフの味を知ることがないように」
らしくない物言いだった。いざ目の前にして、向こうでは味わえる筈も無かった現実でのマネーゲームの香りに身体が、脳が、心が躍るような感覚を覚える。脳裏を過ったのは彼女のあの悦を帯びたような笑み。こんなところまで同類の、似た者同士だった。何せ俺……いや、私にも、同じような笑顔が浮かんでいるのだから。
「知ってますか?ノア。尊厳破壊は必殺なんです」
◇◇◇
「それでは第6品目、張り切って参りましょう!」
ステージの中心、司会の大袈裟な声が響く。マイクなど無い時代、恐らくオペラなどに用いられる技術が用いられているのだろう。娯楽は発展しているみたいだったし。そしてその様子を砂糖多めの紅茶のお代わりを飲みながら眺めていると、パッと切って落とされる壇上のタペストリーの数字は「四」。あと4つで決着だ。
「続いての商品はこちらになります」
入札用紙と共に配られた資料に記されたのは一軒の屑鉄にまみれた廃鉱山。思う存分あのボンボンをぶん殴ってもノーダメージな好物件だった。
「じゃあ、話した通りにお願いしますね。エメリーちゃん」
「もちろん、分かってる。……こんな楽しいこと、私初めてだもん」
そう言って無邪気に笑う彼女の手元の裏紙にはびっしりと書き込まれた計算式の数々。俺とノアが席を外した僅か数分で積み上げられた数字があのボンボンの何もかもを暴き立てる。その才能はまさしく「怪物」と言って差し支えないものだった。
「どうぞ、エメリーちゃん」
「ありがと、マイちゃん」
俺は向こうで注文し、ただ幸運にも多くを与えられただけの、或る意味「養殖」にしか過ぎない、作り物の万能だ。でも彼女は違う。ただ無為にしてその才を獲得し、それに胡座をかくこともなく磨き上げてきた「本物」。どの世界にも颯爽と現れる、存在そのものが「ターニングポイント」になるような存在。
「反撃開始、だね!」
そんなエメリーの、社史どころか金融史、この王国史にさえ刻まれるであろう初陣が幕を開けた。
◇◇◇
会場は、緊迫に包まれていた。ステージ上に掲げられた数字以外を見ることは誰一人出来なかった。今まで多少の遊びはあれど、「これ」と目をつけたものはその財力に物を言わせ、あの男は自らの戦利品としてきた。恐らく、この場だけではない。生まれてこの方、自らで稼いだ金ではなく、親の金で全てを手に入れてきたのだろう。金に思考を奪われ、金で全てを手に入れられると思い込み、金の一文字しか覚えなかった馬鹿息子。さっきまで足を組んでいた高笑いしていたボンボン。彼でさえ、いや、彼だからこそその顔色は分かりやすく塗り替わった。
「……だ、第6品目……」
確かに、俺とお前は同じ立場だ。どちらも汗水垂らして手に入れた物など金貨一枚さえない。誰かの稼いだ金でここに立っているだけ。なるほど、そう考えれば一層殴り合いのある相手ではある。
「ご、59、番……」
身体ごと声を震わせて入札を読み上げる司会。結果を知りながらも、会場は揃って息さえ憚るかの如く静かであった。
「落札金額……!」
そして、その叫びに近い声に、俺達はフッと揃って笑う。
「……1億ゴールド!!」
震えるような、揺れ動くような会場の、騒然に満ちた視線が、ただ一点。俺達に注がれる。二十歳に満たぬ少女二人と、その付き人。もしかしたら、俺が没落貴族であるという情報を知る者もいるかもしれない。そうであれば、余計に震えるような衝撃を受けたに違いない。
現在最高落札額は4100万。入札額でも4500万である。それを2倍以上跳ね上げる、文字通りに桁違いの入札。余裕をかましていたボンボンの入札金額は3200万であったから、実に3倍以上の大差。睨むようにこちらを見る彼の視線に穏やかに微笑んでやると、彼は思いっ切り唾を吐き、机を蹴り飛ばした。
「どうなってる?!アーロトスはとっくに没落したんじゃないのか?!」
そのような怒号が少し離れた俺達の席まで伝わってくる。あの様子なら恐らく俺達の身元も既に調べてあるらしい。となれば余計に痛烈だろう。女など金があれば手に入る者だと高を括っていた世間知らずが、少女貴族等に出し抜かれたのである。あの苛立ちに満ちた顔だけで、何杯でも白飯を食えそうだ。
そして手元の懐中時計を見ると、頃合い。俺はスッと立ち上がり、周囲を見渡した後に声を張る。
「5分間、第二回落札希望者が現れませんでしたので、この商品は私達が頂きます。よろしいでしょうか?」
誰も答えない。否、答える必要がないことを理解しているのだ。1億出せる相手に勝てるはずはなく、そのような分かりきった結果に時間を費やすつもりもない。その沈黙を肯定と捉え、「では、3300万で落札させて頂きます」と俺は頭を下げた。ドン、と誰かが荒々しく机を叩く音が聞こえた。
◇◇◇
「初撃としては十分でしたね。……にしても、あの顔」
「……やっばい、癖になるかも……」
「楽しそうで何よりです」
休憩時間。再びのお代わりを飲みながら俺達は笑っていた。あまりにも、エメリーの計算通りだったからだ。なんなら、あのボンボンの落札価格まで「3300万」ときっちり予言されている。となれば、後は最後までその計算に乗っかって走り切るだけだ。
「ねえ、マイちゃん」
「なんです?」
「……私、期待通りの仕事出来てる?」
「もちろん、完璧に」
◇◇◇
第7品目。山一つ、湖付き。はっきり言って、あまり利益とかそういうのを望めるものではない。しかし、今の俺達にとってそのようなものはどうでも良かったからだ。
「第7品目、入札者は2名!」
ここまで来ると、オークションとは名前だけの俺とボンボンの一騎討ち。ガレオン・ユーティリテ商会の後継者としての威信を背負ったボンボンと、旅路の始発点に立った俺。その戦いである。
「ロイ・ガレオン様、1億5000万!」
高い。この山は普通に見積もって3000万に行くか行かないか程度。「相場観」も2930万と示している。これにプライドを賭けて1億5000万など、明らかに冷静ではない。
「59番、マイ・アーロトス様、2億!!」
だが、俺達の方がイかれてる。本当に、社史の1ページ目から利益度外視の破綻したマネーゲームを刻んでしまって良いのだろうか。いや、それでいい。折角の異世界転生だ、お誂え向きの噛ませ犬を力一杯ぶん殴る程度許されるだろう。
ガンッ、と机が凹みそうなくらいに強く机を殴る音。「ばーか」と口パクし、彼に微笑むと彼は憎しみに満ちた目をこちらに向けた。
◇◇◇
第8品目。通り沿いの空き店舗。要は、本日のお目当て物件である。これを競り落とせば本日はミッションコンプリート。あのボンボンに吠え面をかかせるのはあくまでサブに過ぎないのである。
「マイちゃん、このまま行っちゃうよ?」
「はい、そのようにお願いします」
手渡した入札用紙にサラサラと彼女は羽ペンを躍らせる。そして「さいっこぉ……」なんて呟きながら彼女は羽ペンを投げ捨てた。
◇◇◇
「どうなってる?!どうなってるんだ!!」
声を荒げる彼。「落ち着いてください」と駆け寄ってきたウェイトレスを突き飛ばして彼は絶望と止め処無い怒りの混ざった視線をステージ上の数字に向ける。
「5億1ゴールド」
それが、俺達の入札価格。彼の提示した5億を丁度1だけ上回る、おそらく彼からすれば最大級の侮辱に近い数字だった。「お前の考えなんてすべてお見通しだぞ」と。いや、事実お見通しだったのだ。何せ、エメリーが「5億」と弾き出した。今までに得た情報と、数字から彼女が弾き出した数字など、信用にしか値しないだろう。
そうして、俺達は本来のミッションコンプリート。あとは適当に9品目、つまり最後の品を流して終わり。ピキピキと青筋を立てる彼とは対称に、俺はふんわりと欠伸した。
◇◇◇
第9品目。勝負は一瞬だった。彼が提示したのはなんと一撃10億。ここに来て無事落札である。しかしその目はとても競り落とした人間のものとは思えなかった。それを見て、ノアは「あっは」と軽く笑う。
「くっそ面白いですねアレ。芸人の才能はありますよ」
そう。彼は確かに落札したのだ。……調査でさえ何も見つからぬ、1000万にもならないだだっ広い荒れ地を、10億で。
というかそもそも入札者はあのボンボンただ1人。当然だ。俺達がこれ以上競る理由などないのだから。俺達の入札用紙は白紙、即ち「棄権」である。
そして、彼らの損失回避スキームもあの荒れ地を10億出して買う阿呆などいない故に崩壊する。彼の金を枯らし、プライドを砕いた。サブミッションも達成である。
「……これで終わり?」
「はい。……完全、勝利です!」
かくして初陣は華々しい完勝だった。俺達は、この勝利の美酒で「金の使い方」を身を以て知ったのだ。
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