第十四話 病弱美少女とオークションその三
「続きまして第5品目もロイ・ガレオン様が落札されました!」
頬杖を突きながら、俺は少し離れた席で得意気に鼻を鳴らす彼を眺めていた。現在は各品物ごとに挟まれる20分の休憩時間で、ノアはトイレに行っている。俺は資料に目を落とし、少し振り返っていた。
途中他の参加者が落札するのもあったが、5つ中3つが彼のもの。勝率6割である。湯水の如くといった感じの荒い金遣いに会場も沸きに沸いている。1回目の入札も含めればどれも一度は落札してるであろうその振る舞いは一瞬は不相応な金を持った成金のそれに思えたが、俺はもう少しだけ考え、口を開いた。
「ねえ、エメリーちゃん。2つ目の農地、あいつ幾らで競り落としました?」
「1回目、だよね。えっと……2300万。で、2番目が1500万」
「……エメリーちゃん、あの農地、幾らで見積もりますか?」
商品の詳細は一品ごとに書類が配られる。俺はテーブルの上に重なった資料の中から1枚を取り出し、エメリーに差し出した。
「気候ってどうなってるっけ」
「北西、冬雨。年中寒冷」
「となると農業は……」
インクも入っていない万年筆を癖でクルクルと回しながら彼女はもう片手の人差し指でトン、トトン、トットントンと不規則なリズムを刻む。そしてもう数秒経って、エメリーは「あ」と小さく声を漏らした。
「……幾らでしたか?エメリーちゃん」
「1880万。不確定要素をそこそこ高く見て、それでも2000は行かない、と思う」
「なるほど」
「すごいな」と俺は心のなかで呟く。俺は既に持っているスキルの内の1つ、「No.0064 相場観」を発動していた。効果は、需要と供給が釣り合う金額である、均衡価格を把握できるというもの。ちなみに、じっくりと観察すればするほど正確性は増していく。そしてそのスキルによると現在の農地の均衡価格はおおよそ1900万ほど。それに対してエメリーの概算が1880万なのだから相変わらずの機械じみた才能に驚かされる。ノイマンの生まれ変わりって言われたらギリギリ疑うかなとかいうレベルだ。
「……待って、なのに2回目の落札価格は……」
「はい。あの老紳士が2700万で競り落としました」
「……他のも確認して良い?」
「どうぞ」
俺はそう言って他の資料も手渡した。記憶と照らし合わせながら一枚一枚をしっかりと、されども素早く目を通していくエメリー。数十秒ほど経って目を開いた彼女は小さくため息を吐いた。
「これ、グルじゃない?あいつと主催が」
「……多分、ですけどね」
最初に気がついたのは、もっと些細なことだった。開演前、暇つぶしがてらに読んでいた数年前の落札記録(違法)。その途中辺りに載っていた、元旅館だったか、そんな感じの少し大きな建物が競り落とされていたのを覚えていた。
そして、それが何故か今日の1品目だった。頭がピリッとした感覚を覚えた。もう一度記録を見返すと、落札者はロイ・ガレオン。きな臭いという言葉がドンピシャでハマった。
そしてたった今のエメリーとの意見の合致。もうここまでくれば疑う方が愚かだろう。間違いなく、このオークションでは不正が行われている。俺はちらりと会場の片隅の時計を見た。
「……何か急ぎの用でもあるんですか?マイ様」
「ノア、少し聞いてもらえますか?」
◇◇◇
「なるほど、そういうことでしたか」
「もしかしてノアも気づいて?」
「いえ。でもあのボンボンと司会、やたら腹立つな〜って思ってたので」
「……なるほど」
俺が面食いセンサーに少し感動していると、ノアは今回の合法の資料を手に取ってパラパラと捲り始める。その瞳に僅かに真剣な光が宿っていた。
「マイ様、さっき「同じ商品が出てた」って言いましたよね?」
「はい。調べてみたら住所も一致したので間違いないです」
「……それ、落札価格どうなってますか?」
「えっと……前回が2000万で、今回が2700万」
「最高は?」
「2500万の、3600万……うん、合ってると思う」
「差額500の900……中々な詐欺ですね」
「詐欺?」と首を傾げたエメリーに「はい、それも結構な手練れの」とノアは答える。そして彼女が差し出したのは資料の1ページだった。
「……「オークションの商品の価値は最高入札額とする」……ですか?」
「初めて「オークション」という制度が解説された際に定められた制度です」
「ってことは……!」
彼女は愛用の万年筆の代わりに備え付けの羽ペンで裏紙にサラサラと経緯を記す。
「こういうこと、だよね?」
「!確かにこれなら……!」
「……やはりやり手のそれでしょうか」
記された経緯はこうだ。
まずボンボンがダブル・セカンドプライスオークションで商品を競り落とす。次に、その商品を主催側が買い戻す。これを繰り返すだけでボンボンには最高入札額と2番目との差額が入り、膨れ上がったツケは適当なところで他の落札者に商品を競り落とさせることでリスク回避、ボンボンが値段を釣り上げるお陰で他の入札者の財布の紐も緩ませるという算段なのだろう。
そしてこれを暴いた俺達は皆良い表情をしていた。
「……ねえマイちゃん」
「なんです?」
「……詐欺師をハメるのって、どれくらい楽しいんだろ……?」
少しゾクゾクしたような笑みを浮かべるエメリーに、俺は「さぁ?」と微笑んだ。
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