第十三話 病弱美少女とオークションその二

「お飲み物は何にいたしましょうか?」

「あー……あたしはカフェオレで」

「紅茶と……あと、角砂糖を幾つかお願いします」

「煎茶を一杯」

「かしこまりました」


 頭を下げて去っていくウェイトレスの背を見送り、俺達は再び手元の資料へ目を落とす。つい先程迎えた開場時刻がオークション開始の一時間前。これが最後の作戦会議である。会場は中心のステージを囲む半円状に座席が配置されており、劇場、あるいは議会のような見た目だった。俺達の席は入口から1、2段程度降りた入口にほど近い席。ついでに「59」という札も立っていたから、これが俺達に割り振られた番号なのだろう。

 そしてウェイトレスが持ってきた紅茶を啜りながらあれやこれやと考えていると、次第に会場に入ってくる客の数が増えてくる。恰幅の良い壮年の男性、身なりの良い老夫婦、葉巻を吸っている女連れの軍人……なるほど、これは確かにどいつもこいつも金を持っていそうな面子だ。そんな少し不躾なことを思っている最中、何かに気がついたらしいエメリーがカフェオレを置き、俺の肩をトントンと叩いた。


「どうかしましたか?」

「ねえ、マイちゃん。あの人……」


 そう言ってエメリが指を差したのは会場の入口を通り過ぎたスーツ姿の若い男。後ろには如何にもそっちの世界の住人といった感じの部下を二人引き連れており、ボンボンの風格を隠そうともしていない。舶来物の緑茶に口を付け、俺は参加者リストをパラパラと捲り、彼の顔と情報を一致させた。

 ロイ・ガレオン。色々と悪い噂が多いガレオン・ユーティリテ商会の跡継ぎにして、酒、煙草、女に溺れた生活を送っているらしいその噂に違わない悪童。尚、きちんと跡継ぎとして金の匂いを嗅ぎつける能力には優れているとのこと。なるほど、典型的ボンボンのかませ犬と言ったところだろうか。随分創作的な感じの男だな、とも思ったが、案外身の丈に合わない金を持った人間の末路なんて同じようなものなのだろう。俺は小さくため息を吐いた。


「取り敢えず要注意、くらいです」

「了解」


 そう言って彼女は再びカフェオレの入ったカップを持ち上げ、「あ」と小さく呟いてカップを置き直す。


「ねえマイちゃん、砂糖分けてよ」

「良いですよ」


 そうして彼女は私の滑らせた砂糖の容器を人差し指で止め、「砂糖の良さは品質の良さなんだよ」なんて持論を展開しながら彼女は2、3個をカップに放り込み、そしてついでに1つを口に放り込む。なんとも幸せそうな笑顔を浮かべた。


◇◇◇


 資料の後半、過去に落札された物の一覧なんかを見ていると、ゴーン、ゴーンと鐘が鳴った。どうやら、オークションが幕を開けるようだ。

 見ると、中央のステージには1人のヒゲを蓄えた壮年の男。どうやら彼が今回のオークションの司会らしい。「凡庸ですね」とノアは頬杖を突きながらぼやく。本当に根っからの面食いらしい。


「……あたしさ、今ちょっと楽しみなんだよね。あの……武者震いってやつ?あれって実在するんだ、って感じ」

「ふふっ、私もです。ノア、カーディガンを取ってもらっても?」

「どうぞ。っていうかこれ会場寒いだけですよね」


 そんなノアの呟きはさておいて、俺はステージの方を注視した。男が立っている校長先生が話してる台みたいなアレの後ろには「9」と刺繍された大きなカーテン、いや、タペストリーと呼ばれる布が掛けられている。きっとアレが今日の品数なのだろう。その9品の中に、どうやら俺達が求めている物件があるらしい。

 うちの屋敷からほど近く、通りにも面していて中々交通の便の良い、現実で言うと地方のファミレス跡地みたいなその物件は、生憎にもギルド管理下だとノアが酒飲んでる最中にミノさんから聞いたらしい。ちなみに本来オークションの商品となるものは秘密にしておかなければならないというルールがあるのでバリバリに違法行為であるが、今回は目を瞑っておくことにする。都合が良いし。


「こちらをどうぞ」


 飲み物のお代わりと共に、ウェイトレスが小切手のような紙の束を持ってくる。どうやら入札の際はこれに金額を書いて入札を行うらしい。

 俺はそれを受け取ると、ひとまず上から1枚目に「59」と俺達の番号を書き込んだ。一瞥すると、他のテーブルも同じような緊張感を纏っていた。あのボンボンの席はなんとも余裕そうではあったが。

 そして、その雰囲気に司会の男はニッと口角を釣り上げ、そして高らかに手を上げた。


「これより、オークションを始めます!!」

 

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