第十二話 病弱美少女とオークション

「まず、ギルドによる建物や土地の競売はダブル・セカンドプライスオークションと呼ばれる形式で行われます」

「ダブル・セカンドプライスオークション?」

「はい。まず非公開で入札希望金額を提出し、そして最も金額が大きかった人が二番目に大きかった人の価格で一度目の落札が行われます。そしてその落札価格を最低価格としてもう一度非公開の入札を行い、そこでの入札希望価格が最も高かった人が、二回の入札の中で提出された中で二番目に大きい価格で落札するというシステムです」

「あー……なんとなく理解したわ。これって結構新しいシステムだよね?」

「はい。……あ、いえ。教会の遺産らしいです」

「あ、そっちかぁ」


 オークション会場へ向かう馬車の中、俺はエメリーに今日のオークションのシステムについて解説していた。手元にはここ数日で情報収集した資料とノアが手に入れてきた今回のオークションの参加者計70人のリスト。「酒トモからもらいました」とのことだったが、今回はその信用度と合法性は無視することとしておく。

 「随分変なシステムだなぁ……」と資料を見ながらエメリーは呟いていた。当然だ。ダブル・セカンドプライスオークションなんてものは現実に立って存在しない。セカンドプライスオークション、あるいはヴィックリー・オークションと呼ばれる、非公開で入札希望価格を提示して最も提示価格が高い買い手が二番目に高い提示価格で落札するという殆どそれなシステムはあれど、それが考案されたのは20世紀末。即ち、今から約500年後。もし本当に調べた通りにこれを考案したのが件の教会であるのであれば、教会の滅亡はこの世界の経済を数百年単位で停滞させていたことになる。このような教会の残滓については調べるとそれなりに出てくるのだが、教会そのものに関しては全く出てこないのは少し不気味であった。


「うーん……」

「何か分からないことでもありましたか?」

「いや……あ、いや、そっか、そうだね。買い手が最適解で動けばなんの問題もないっぽい……?」


 目の前でゲーム理論の開発が500年以上前倒しで行われているのを見て、(まあこんなやつが天然で湧くならヴィックリー・オークションくらい大したことないか……)と考えていると、「そろそろ着きますよ」と馬車の御者席からノアが声を掛けてくる。二人して馬車の後方から身を乗り出すと、そこには華やかな街並みが広がっていた。


「え、すごいです。マイちゃんの実家の方もこんな感じなんですか?」

「あー、どうだろ。もう少し大きかった気も……?」

「やっぱ都会のお嬢様じゃないですか」

「いやー、そんなことはないと思うんだけどなぁ……」


◇◇◇


 もうしばらくして、馬車は大きな劇場のような建物の前で止まった。どうやら、ここが今回のオークションの会場らしい。会場の横の馬車置き場には既に何台もの馬車が止まっていて、スタッフが一仕事終えた馬達にブラッシングを行っていた。


「……あ、ノアさ〜ん」

「ミノさん、お疲れ様です」

「そっちこそ長旅お疲れ様でした〜」


 そして、少しゆるくて遵法意識があまり高くなさそうな女が俺達を出迎える。ノアいわく、ミノと名乗った彼女こそが参加者リストの提供者でもある件の酒友だという。なるほど、そう言われてみればなんとなく納得がいくかもしれない。纏っている雰囲気に何処か近いものがあると言う話だ。


「あ、後ろの女の子達もどうも〜」

「はじめまして」

「こんちはー」


 俺達が挨拶を返すと彼女はにっこりと微笑んで、そして馬車を降りたノアの方を向く。


「いやぁ、かわいいですね〜」

「でしょう?マイ様もエメリー様もめちゃめちゃ美人ですので」

「ほんとです〜」


 面食い仲間だ。絶対これ面食い仲間だ。彼女の纏ったふわふわとした雰囲気の正体はおねショタのお姉さんのそれ。きっと美形の少年が何人も彼女の餌食になったのだろうと邪推する。


「……あ、あった〜。お二人共、砂糖菓子なんですけど、よろしければどうぞ〜」

「あ、ありがとうございます……」

「ねえマイちゃん、これ結構いいやつじゃない?」

「ですね」


 そして俺達がそれを頬張ると、ミノは満足気に微笑んだ。


「……あ、そろそろ時間なので控室の方案内しますね〜」

「何か持って行った方が良いものってありますか?」

「えっと、持ってきたお金だけ控室の方に運んでもらえれば〜」


◇◇◇


「じゃあ、また後で私呼びに来るのでそれまでは部屋を出ないように、あと他の参加者とお話しないようお願いしますね〜」


 そう言って彼女は控室の扉を閉める。おそらくあの注意は談合防止のものだろうか。控室はホテルの一室のようになっていて、お菓子やら紅茶やらも揃えられていた。


「ノア、紅茶淹れてもらえます?」

「了解しました。エメリー様も淹れましょうか?」

「あ、お願い、ノアさん」


 そうしてノアが紅茶を淹れる中、俺はテーブルの上に資料と参加者リストを改めて開く。タイムリミットはあと1時間。紅茶を啜りながらの作戦会議が幕を開けた。

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