第六話 病弱美少女、初登校
「マイ様、ネクタイが歪んでます」
「……あ、ほんとだ。直してもらえますか、ノア?」
「かしこまりました」
鏡に映る正面を見て座る俺とノアの背中。ノアは少し結び慣れていないネクタイを解き、もう一度俺の襟に巻き付ける。その指は細く、しなやかで俺の首に優しく触れる。
「35.8度。平熱ですね」
「それ、ほんと気味の悪い特技ですね」
「褒めても何も出ませんよ、夜のデザートにシャーベットでも付くくらいです」
「え、ちゃんとdisったらどうなります?」
「今夜はステーキですかね」
「じゃあ良い感じの暴言考えるか……」と俺が指を顎に当てて考え始めたところで「出来ました」とノアはネクタイから手を離して俺の前を離れる。鏡に制服を纏った俺の姿が写った。
「お似合いです、マイ様」
「うん。そうだね」
俺は改めて、鏡の中の俺に目をやった。
羽織った紺色のジャケットに白いワイシャツ、ぴっちりと第一ボタンまで留めてから締めた赤いネクタイ。スカートは膝下の王道のチェック柄で、その下には冷えないようにとノアが用意してくれていたちょっと白い肌が透ける程度の黒タイツと上品な黒のパンプス。手にはノアにちょっとだけわがままを言って用意してもらったおそろいのかっこいい指抜きグローブ。それがアクセントではあるが、それ以外は至って凡庸で何の変哲もないありふれた制服だが、それがこの身体の美貌を引き立てる。それは「俺」であるという自尊心を差し引いて「マイ・アーロトス」という一人の少女として見ても見惚れるほど。……まあ、恐ろしいまでに可愛くて美しかったということだ。少し、ノアの気持ちが分かるような気がした。少しだけだけれど。
「……マイ様」
「写真館なら昨日行って散々撮りまくったでしょ?私はもう十分ですから」
「そうですか。……なら勝手に撮りますね」
そう言って、俺の後ろに立ったノアは鏡に向けて両手の親指人差し指で四角を作る。そして、四角の中心から眩いフラッシュが放たれ、気がつけばノアの手に一枚の写真が握られていた。
「これモーゼ様に死ぬほど自慢しよ」
「……ねえノア、「カメラ」のスキル覚えたなら昨日写真館行く必要ありました?」
「ありましたよ。マイ様の制服姿のお披露目なんてちゃんとプロの方に撮ってもらわなければ」
「……まあ、納得はしました。それで、そろそろ時間じゃないですか?」
「入学式まではあと1時間、良い意識ですマイ様」
「では参りましょうか」とノアが差し出した手を俺は取った。手袋の生地越しに伝わる温かさに俺は少し嬉しくなる。平熱35度台の俺にとって人の手は握るだけで温かいのだ。いや、ノアの手しか握ったことはないけど。
「今日はちゃんと結ってますもんね」
「問題ありません」
そう言って、俺は玄関に向かいながら片手で後頭部に触れる。青白い長髪のハーフアップが三つ編みで纏められたそれはゲームのキャラクターでしか見たことがないようなものだったが、ノアの手によって難なく実現されてリクエストした俺は大満足だった。将来はコスプレとかもしてみたかったけど、こういうのは地毛が一番だと質感で分からせられた。
「行ってきます」
ノアと手を繋いだまま玄関を出た俺は足を止めず、少し振り返りながら誰もいない家に挨拶した。
◇◇◇
「……であるからして……」
「……ふわぁ」
ちゃんと今日も子供の特権9時間睡眠をキメてきたはずなのに、何故か眠いのはきっとどの世界でも共通の校長のクソつまらない癖に長い話故に違いない。だって、周りの生徒40人弱を見てもこくりこくりとしている生徒ばかりだし、何なら保護者席、教職員席もふわふわ眠たげな人が多い。何で逆にこの校長は話し続けるモチベーションを保てているのだろうか。あんまり中身も無いし。
そんなことを考えながらふと思い立って保護者席のノアを見てみると「何が悲しくてこんなクソつまんなくてうっすい話聞かなきゃなんないんですかね」と物言わずとも顔で語って頬杖を付いている彼女がいた。小さく手を振ると、ちょっと機嫌良くなった。
「では、皆さんが良い学園生活を送れることを祈っています」
「以上、校長先生のお話でした。以上を持ちまして入学式は終了となります」
一時間近くの長い話が終わるなり食い気味に幕を下ろした若い男性教師。何やらこれから六年間の担任であるとのこと。校長の前に軽く話していたが、その時に良いことを言っていても嘘発見器は95とかを示していたから多分良い人だと思う。細身でメガネを掛けた優男と言った感じだ。
「ねえねえ」
「はい、何でしょうか?」
入学式も終わり、彼の案内に従って体育館から教室に移動する最中、唐突に俺は肩を叩かれた。誰かと思って振り返ると、先程隣に座っていた少女だった。光るような綺麗な金髪のボブカットに僅かにウェーブの掛かった、見るからに活発な少女らしい少女だった。前世では苦手なタイプだったが、不思議とこっちでの第一印象は悪くなかった。
「結構担任の、えっと……担任イケメンじゃない?」
「どうなんでしょうか、私はあまりそういうのに縁が無いので……」
「え〜、超可愛いのに諦め早くない?斜に構えるっていうかさぁ……」
いや、こいつめっちゃグイグイ来る。グイグイグイグイ来る。これがティーン女子の距離感なのか、あるいはこれが特殊個体か、どちらにせよグイグイ来る彼女に俺は押され気味。やっぱり第一印象に関しては俺のセンサーがバグってただけでやはり危険人物か……?いやでも悪い子な感じもしないし……。
「……っていうかまだあたし名前聞いてないよね?」
「聞いてませんね」
「だよね?じゃ、あたしからだ。あたしはエメリー、エメリー・フォーエストって言うの。そっちは?」
「マイ・アーロトスです」
「マイ・アーロトスね、オッケー覚えた!あたし記憶力めちゃ良いから!」
「よろしくねマイちゃん!」と彼女は、エメリーは手を差し出してくる。多分、握手だろう。押され気味ではあったし前世では相当苦手なノリであったが、今輝いている彼女の笑顔と俺のこの身体の感覚は彼女を悪人だとは言っていない。そして、初めての学校で1人いきなり友人ができるというのは相当学園生活が楽しくなることも想像に難くない。意を決して、俺はその手を握った。
「よろしくお願いしますね、エメリーちゃん」
「あっは!笑顔もっと可愛いじゃん!」
彼女は強く俺の手を握り返した。「教室入れー」と担任の声がした。
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