第五話 病弱美少女とメイド、その二

「うーん……」

「どうかしましたか?マイ様」

「いや、案外呆気なかったなぁ、って」

「当然です。近いだけの小さな学校ですから」

「小さな学校……もっと大きな学校に行かせなくて良かったんですか?私のこと」

「マイ様なら何処へ行ったって飛び抜けてしまいますから問題ありません。学校なんて、行って楽しんでお友達を作ってくるくらいで十分です」


 いとも簡単に終わってしまい、なんとも肩透かしを食らったような面接の帰り道。片手にノアの手を、もう片手に冷えるからとノアが掛けてくれたストールを握りながら俺達は並んで歩いていた。


「そういえば、さっき言ってたのって本当ですか?冗談とか、そういうのじゃなくて?」

「はい、あれに関しては事実です。この国の戸籍システムは案外信用できますし、すぐに確認されるかと」

「……なんで、教えてくれなかったんですか」

「別にお伝えしようがしまいが私とマイ様の関係は変わりませんから」

「でも……!」


 「ちゃんと、直接話してほしかったです」と俺が少し不満気に言うと、「次からはそうします」と悪びれた様子もなく、単調なトーンでノアは答える。俺は僅かに頬を膨らませながらさっきの面接の一幕を思い出していた。


◇◇◇


「マイ・アーロトス、12歳です」

「はい、マイさんですね」


 「本日はお越し下さってありがとうございます」と若い女性の面接官はぺこりと頭を下げる。それに、俺もノアも会釈する。そして待ち時間に僅かに聞こえた次の言葉は「保護者の方も自己紹介をお願いします」というもの。案の定、一言一句違わずにその言葉は面接官の口から発せられた。「「俺に仕えるメイド」とでも答えるんだろう」、と俺は少し得意気に予言者にでもなったような気がして、次の質問は何だったかと思いを馳せていた。


「ノア・アーロトス。マイ・アーロトスの姉です」


◇◇◇


「……本当に、ノアが私のお姉ちゃんなんですか?」

「戸籍上は、です。どうしても制度上後見人は身内でないと務められませんでしたので、死ぬ直前にモーゼ様の養子にして頂きました。言うのであれば、私はマイ様の義理の姉ということになります」


 「この国では姉妹婚が許されていませんので、そこは苦渋の選択でした」と真顔で呟くノア。愛されているのは分かるが、その愛し方が妙に歪んでいるというか変わっている気がしなくもない。けれども繋いだ手の温もりは確かに家族のそれだった。義理姉妹百合かぁ……いや、好物ではあるけど当事者としてはなぁ……。


「そういえば、ノア以外のメイドって今何してるんでしょうか」

「さあ?モーゼ様が亡くなってから皆さん辞めてしまいましたから」

「……よく、ノアは残ってくれましたね」

「マイ様独占でしたからね」

「…………そっか」


 でも、動機がどうであれこんな没落まっしぐら、というか既に事実上の没落状態の貴族に恋愛感情だけで仕えてくれるとか、やっぱりノアは良い人なのかな、という思いと、でも義理の妹の貞操狙ってるとかもっとヤバい人度増したな、という思いが同居している。

 さっきスキャンした設定集によると、現在のアーロトス家の財産はそこそこ大きな家と土地くらいのもの。それ以外に、貴族として保有していた土地などは既に売却され、辞めていったメイドや俺への相続へ当てられたらしい。話したことはないが、きっと優しい人だったのだろう。まさか残された娘の後見が変態だとは考えもしなかったんだろうな。


「そういえば、ノアにも家族とかいるんですか?」

「いえ。父は分かりませんが、母は流行り病で亡くしました。丁度、シーチェ様と同じ時期に」


 彼女は躊躇うことなく答えた。そっか、俺と同じか。

 シーチェ、俺の母親だった人。どんな人だったかは、父モーゼ、兄アミー諸共設定集には残っていない。あれは、あくまで俺の開始地点で生きて関わっている人間の最低限の記述しかない……要は既に故人である肉親の情報は何一つ残っていないのだ。


「どんな人だったんですか?ノアのお母さんって」

「……どんな人、いえ、普通の人でした。私と同じようにアーロトス家に仕えるメイドでしたから」

「そっかぁ……」


 それにしても、生前を知りもしない俺ですら亡くなった両親に思いを馳せるだけで僅かに込み上げる何かがあるというのに、なんでノアはこんなに淡々と語れるんだろう。そんなことを考えているとどんどんと気になる気持ちが強くなっていく。俺は思わず呟いた。


「凄いですね、ノアは。一人ぼっちなのにそんなに強いんですから」

「何を仰っているんですか?私にはマイ様がいますから」

「私が?」

「はい。主人で、義理の妹で、初恋の人。そんな人と二人きりなんですから、正直死人の母やら見知らぬ父を思う暇なんてありません。今の私はマイ様で一杯一杯ですので」

「あの、本人に惚気けるの止めませんか?」


 「少し恥ずかしいです」と続けるが、少しどころじゃない。顔に熱が上がってくるのが分かる。ただでさえ末端冷え性で手足へ回る血液が足りていないのに、これじゃあもっと悪化する。でも、握った手だけは熱いくらいに温かい。データベースでこの状況をどうにか出来るスキルを探そうとするも、手を握っているから指を立てれなくて詰んでることにはすぐに気がついた。メイドになされるがままとかおねショタの薄い本でしか見たことない。でも、何となくノアと二人なら寂しくないと思ってしまうのは絆されすぎだろうか。いや、俺が真顔でデレるクーデレが好きなだけかもしれない。

 そんなことを考えながら仲良く並んで歩いていると、ゴーン、ゴーンと辺りに鐘の音が鳴り響く。ノアの腕時計を覗き見ると、これが12時を告げる鐘だと分かった。


「マイ様、そろそろお昼でもどうですか?」

「……そう、ですね。少しお腹空きました」


 「この辺だと……」と辺りを見回す俺の鼻を、香ばしいスパイスの香りが誘う。何だろう、と考える前に、お腹がくうっと鳴った。「では、そこにしましょうか」とノアは近くの看板を指差した。パスタ屋だった。


◇◇◇


「いらっしゃいませ!お好きな席へどうぞ!」


 フロアで注文を取っている看板娘の明るい声が響く。俺とノアは軒先のテラス席に着いた。


「こちらメニューです、どうぞ!」

「ありがとうございます」

「……わ、結構メニュー多い……」


 手渡されたメニュー表をパラパラと捲り、俺は少し顔を明るくする。漫画であればしいたけ目になって、ぱあーっ、なんて擬音が付いてることだろう。そっか、この世界食文化ちゃんとしてる感じか……!


「どうしますか?マイ様」

「えっと、あの、わーっ、シーフードも良いけど、ペペロンチーノとかも……」

「マイ様、パスタ好きですもんね」


 そしてもうしばらく悩み、俺は王道のクリームパスタを選択する。ノアはボンゴレビアンコ。「決まりですね」とノアは手を上げて看板娘を呼んだ。


「クリームパスタ一つと、ボンゴレビアンコ大盛りで」

「分かりました!それと、食前酒は何にいたしますか?」

「あー、食前酒……」


 ノアはガサガサとハンドバッグの中を漁り、使い込まれた手帳を取り出し、挟まれた幾つかのカードの内一つを看板娘に見せる。


「ごめんなさい、私未成年なので」


 ノア・アーロトス、17歳。

 マイ・アーロトスとの年齢差5歳である。

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