第七話 病弱美少女と快活美少女
「へー、ならお屋敷にメイドさんとの二人暮らしなんだぁ」
「そうなんです。それで、ノアが一人で管理してるみたいで……」
「うっわ、メイドさんめちゃめちゃ有能じゃん!マイちゃんも手伝ってやりなね?」
「当たり前です。……出来る範囲、ですけど……」
入学して数週間。俺はすっかりエメリーと打ち解けていた。取り敢えず空き時間が出来れば隣に座っている互いに椅子を寄せてぺちゃくちゃとあんまり対した意味も中身もない、他愛ない会話に興じる。何らかのスキルの影響か、あるいはこの身体になった故か、コミュニケーションに詰まるどころか同じようなノリで同じような言葉がすらすらと出てくる。こんなに楽しく女子と話すのなんて十何年ぶりだろうか。……いや、本当に楽しいな。
「そういえば、エメリーちゃん家はどうなんですか?」
「あー、あたしのウチ?あたしはちょっと今実家の方が色々揉めててさぁ、跡継ぎ争いってやつ?それでパパに言われてこっちの親戚の家お邪魔してんの」
「跡継ぎ争い……ってことはエメリーちゃんもお嬢様だったりするんですか?」
「うーん、どうだろ。パパは国でお仕事してるって言ってたけど……」
「じゃあお嬢様なんじゃ?」
「え、でもマイちゃんみたいにお屋敷に住んでるわけじゃないし……」
「いや絶対エメリーちゃんもお嬢様ですって」とゴリ押ししようとしたところで担任が教室に入ってくる。手に持っていたプリントの束を見て、俺は入学してから初めてのテストであることに気がついた。科目は数学だった。どんな問題だろうか、と少し想像を膨らませていたところで、エメリーは俺の肩を叩いた。
「ねえねえマイちゃん」
「どうかしましたか?エメリーちゃん」
「テストさ、あたしと勝負しようよ」
「勝負?」
「そう。負けた方は勝った方に……購買のミルクセーキとかでさ」
その言葉に、思わず俺の顔が明るくなる。そう、まだ数えるほどしか飲んだことはないが、購買のミルクセーキは濃くて甘くて死ぬほど美味い。もっと言うと、若者にしか許されない糖分量でぶん殴ってくる感じ。めちゃめちゃ美味しい。
今はこのような弱冠12歳の小娘であろうと、俺は進学校の国立理系コース。同年代に負けるはずはないだろう。「ミルクセーキごちそうさまです」とほくそ笑みながら俺はその勝負を受けた。
「あー、その顔あたしのこと舐めてるでしょ?舐めてると後悔するからね?」
「舐めてないです」
「嘘絶対舐めてるし」
「アーロトスにフォーエスト、仲良いのは結構だがテストは静かにな?」
「はーい」
「はい」
そうして配られた解答用紙を、俺とエメリーは同時に捲った。担任が開始を告げた。
◇◇◇
「美味しいね」
「はい。何杯でもいけちゃいます」
ホームルームでテストが返却され、俺達は購買の出口で一緒にミルクセーキを啜っていた。Lサイズのコップに並々と注がれたそれを溢さぬように端に口をつけ、ズズズと音を立てて啜る。甘くて美味しい。
「にしても凄いねマイちゃん。あたしとおんなじくらい出来る子初めて見たもん」
「私もです。……自信、あったんですけど」
「あたしもだって。あたしマイちゃんに奢らせる気マンマンだったもん。あーあ、捕らぬ狸の……なんだっけ?」
「皮算用、です」
「そうそれ。あーあ、舐めてたのは私もだったかぁ……」
いや、そうじゃない。間違いなく、俺の方がエメリーを舐めていた。一応学年で一桁台に入るくらいには俺は数学が出来た。微分積分どんとこい、modもlogもなんのその……そんな感じであったはずなのに、今俺はこうしてエメリーと互いに満点で引き分けに終わり、ミルクセーキで乾杯している。乾杯よりも完敗な気分だ。もしかして、記憶力と良い数学力といい、エメリーはとんでもない化け物なのかもしれない。いや、化け物でないと困る。
「あー、そういえばさっきの話の続きなんだけどさ。マイちゃん家ってどっちの方?」
「私の家ですか?えっと……ほら、学校前の通りまっすぐ左側に行って……」
「はいはい……ってことはやっぱあのお屋敷だ。あたし毎朝見てるもん」
「え、もしかして通学路同じですか?」
「同じ……あ、言われてみればそうかも。通りの方からも行けるわあたし」
「じゃあ登下校一緒にしません?……あ、ノアもいますし、エメリーちゃんが良ければですけど……」
「いいの?あたしとしてはめちゃめちゃ嬉しいんだけど……」
「メイドさんは大丈夫?」と問いかけたきたエメリーに俺は「私が言えばイチコロです」とグッと親指を立てる。「じゃ、喜んで……」と彼女は心底嬉しそうに笑った。
「じゃ、もう行きますか?もうノアも校門で待ってると思うので」
「てか送り迎え付きとかやっぱマイちゃんお嬢様じゃん」
「お嬢様っていうより溺愛です。嫌じゃないですけど」
そして俺達はまた下らない雑談に勤しみながら校門の方へ向かった。ミルクセーキのグラスはちゃんと流して下げた。エメリーも迷うことなくそうしていたから、やっぱり彼女も育ちが良いのだろうと思った。あー、ミルクセーキめっちゃ美味しかった。
「ノア、ただいま」
「お疲れ様です、マイ様」
校門の脇で俺を待っていたノアは、こちらを見つけるなり素早く45度で頭を下げる。それと同時に隣にいたエメリーにも気がついたらしく、そちらにも軽くお辞儀した。
「入学式でマイ様の隣に座っていたエメリー様ですね。マイ様がよく話してます」
「あ、こちらこそマイちゃんがよく話してて……」
「ノア、今日からエメリーも一緒に登下校するからお願いしますね」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします、エメリー様」
「や、あたしこそ……」
そして、俺達は夕暮れの下で仲良く並んで歩き出した。ノアの両手を、それぞれ俺とエメリーが繋ぐ形になった。
◇◇◇
「……あ、じゃああたしこっちだから」
「あ、ここの分かれ道だったんですね」
通りに沿ってしばらく歩いた俺達。途中の分かれ道でエメリーと俺の帰り道は分かれるらしく、俺達はそこを朝の集合場所にしようと約束する。「ばいばーい」と互いに手を振って、俺達は別れた。
「どうです?良い子でしょう、エメリーちゃん」
「はい。マイ様のお友達と聞いてちょっと嫉妬しましたが、あれだけ才色兼備な子でしたら満足です。むしろ推せます」
「……そうですか」
「まぁ、マイ様のお相手には十分かと」と真顔で答えるノアに「やかましいです」と俺はべしっと背中を小突いた。
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