忘れ去られた夢の花へ

海湖水

忘れ去られた夢の花へ

 「また来たのか……。もうこんなところに来るのは、お前と吉田のばあさんくらいだ」

 「そうなの?ここ結構いい場所だと思うんだけどな」


 大木の前、着物の青年がこちらへ語り掛ける。

 一人になれる場所を探してたどり着いた、森を抜けた先にある花畑。

 そこに彼はいた。

 

 「また眠るのか……。家で寝ればいいだろうに」

 「まあ、ナナシが起こしてくれるから、家で寝るよりも時間通りに起きれるんだよね。しかも日当たりもいいし、暑くも寒くもないでしょ?花はきれいだし……」

 「知っている。何年ここにいると思うのだ?……わかった、暗くなる前に帰るんだぞ。この近くには灯りが無いからな」


 私は青年と少し言葉を交わすと、大木の前にある小さな祠に持ってきた天然水を供えた。

 その後、少し花畑の中に入ると、適当な場所を見つけて寝転がる。

 ナナシは、供えられた天然水を飲みながら、寝っ転がった私の隣に座り込んだ。


 


 「私の一番の娯楽って何だと思う?」 

 「知るか。なぜ初対面の相手にそんなことを聞く?」

 

 3年前、私は森を彷徨って、この場所にたどり着いた。

 森を彷徨っていたのはなんとなく。何もすることがなく、だからといって、家で惰眠を貪れば、お母さんから何かを言われるのは確実だ。

 そんなわけで、どこかに出かけることにした結果、この森を歩くことに決め、この場所にたどり着いたのだった。


 「眠ることだよ!!眠るって最高じゃん!!なんでわからないかな~?」

 「こいつ、なんかイラつくな……。俺は眠るという行為ができんのでな。生憎、お前の言っていることは全くわからん」

 「眠れない?……地獄じゃん。よく人生が嫌にならないね」

 「人生?俺のことを人だと思っていたのか?」

 「へ?」

 「いや、こんなところに人は来れんぞ。少なくとも俺を信仰しているものでなければ……まて!!結界はどうした⁉」

 「結界?……ああ、あのロープ?なんか千切れてたけど」

 「……本当か?だからお前が入ってこれたのだな……。ついてこい、この森から出してやる」

 「え?ここで寝ていくけど?」

 「……起きたら帰してやる。暗くなるまでには起きろよ」

 「わーい!!君、やっさしいねぇ」


 次の日も私はこの場所に来た。理由は、寝る場所として気に入ったからだ。青年も、当たり前のように大木の前に座っていた。


 「今日も来たのか?」

 「うん、寝に来た。君は何してるの?」

 「俺は……何もしていない」

 「ふーん………ニート?」

 「違う!!」

 「じゃあ、何なの?」


 青年は少し考え込むように下を向いた。数秒後、少年は私の方を見ると、こう答えた。


 「神、というやつだ。今はこの木に住んでいる」

 「へー、神って人が見れるものなんだね~。どんな神様なの?」

 「今は勉学だな。昔は……まあ知らなくてもいい」

 

 勉強かぁ。私、勉強苦手だから、教えてもらってもいいかもな。

 そんなことを考えていると、後ろに人の気配を感じた。私は、見つかったら怒られるかもしれないと思い、大木の陰に隠れるように身をかがめた。


 「吉田のばあさんだな。ここにはもう、彼女しか来てくれない……信仰もすたれたものだ」

 「うわっ、居たの?……あ、お花を供えてくれたよ」

 「ありがたいな。神の力は、信仰する人間の数だけ大きくなる。彼女が信仰してくれているから、俺はこの場所にいられるんだ」

 「なるほどねぇ。あの人以外、もう君を信仰してくれてる人っていないんだ。……ねえ、君ってなんて神様なの?」

 「名は……ない」

 「じゃあ、ナナシ。呼び名に困ってたんだよね」

 「そうか。良い名だ」

 

 思っていた反応と違うことに、私は少し困惑した。

 そんな私を見て、ナナシは微笑んでいた。




 「そんなに眠って、何かの病気か?」

 「……ムニャ……もう朝?」

 「いや、夜だ。起きろ」

 「ふぇ、……ほんとだ!!」


 私は、辺りが暗くなっていく中、目を覚ました。暗くなっていっているといっても、森から出るには十分な時間だ。


 「じゃあ、また勉強教えてね」

 「ああ、わかった。お前は勉強よりも、寝ることの方が目的だろうが」

 「げ、バレた?」


 そんな、軽い話を交わして帰るはずだった。だが、帰ろうとする寸前、ナナシが私の服を突然引っ張った。


 「何?なにかあった」

 「やっとわかった。すまないな、痛みはないから我慢してくれ」


 ナナシは刀を構えていた。すっと伸びる切っ先に、沈む太陽が当たってまぶしい。

 ナナシは私の腹に、構えていた刀を突きさし、そのまま引き抜いた。

 不思議と、痛みはなかった。ただ、刺された部分からから、黒いもやがドロドロと、血の代わりに吹き出していた。

 黒いもやが全て吹き出すと、力が抜けた私は崩れるようにナナシの方へと倒れこんだ。

 ナナシは私を左手で支えると、右手で刀を持ち直した。

 

 「なるほどな、結界を超えてくるわけだ。戦神としての名を捨て、信仰が薄まり、神々から忌み嫌われた俺の力を、まだ狙うものがいるとは。すでにかつての力など、残っていないというのに」

 

 私の体から噴き出したもやは、形を作り、ナナシへと襲い掛かった。

 牛?蜘蛛?蛇?わからない。

 襲い掛かった「何か」にナナシは刀を振るう。何度か、黒いもやの攻撃を受け流すと、「何か」は地を震わせるような声を発した。


 「オマエノ『力』ヲ奪イサエスレバ、神々ナド、滅ボシテヤル!!今ノオマエナド、相手ニスラナラヌワ‼︎」


 私が不安そうに見つめたナナシは、ただ笑っていた。


 「確かに俺は、信仰を失った。もうほとんど力なんて残っていない。……けどな、お前を倒すには、2人分の信仰心があれば十分なんだよ‼︎」


 ナナシが右手に持っていた刀を勢いよく振り下ろすと、強い光と衝撃が辺りを襲った。

 ナナシは左手で私をしっかりと抱き抱えながらも、真っ直ぐに「何か」の方を見つめていた。


 「ありがとう。お前に気づくのは少し遅かったが……まあ、良いだろう。神を人は見ることができない。もし、お前が取り憑いていなければ、俺はこいつに出会えなかっただろうな」


 口を開こうとしたが、体は石になったかのように動かなかった。もやが消え、私の意識が消え去る中、ナナシの声が頭に響いた。


 「じゃあな、紫苑シオン。楽しかったよ」


 やっと名前で呼んでくれた。教えてたはずなのに、全然呼んでくれないから、忘れちゃったのかと思ったよ。

 私の意識はそこで途切れた。



 意識が戻った時、私は家の前に立っていた。何故かはわからないがあの場所には辿り着けなかった。

 次の日、大木には辿り着けなかった。

 

 「はぁ……、冷たくない?3年間も会ってたんだから、少しくらいは会ってくれても良いじゃん」


 ナナシと過ごした記憶は夢みたいだけど、未だに乾くことはない。

 今も頭には、花びらが、大木の下で舞っている。

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忘れ去られた夢の花へ 海湖水 @1161222

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