シンキングタイム in 風呂


 なんかやる気なくなっちゃったし雨も降りそうだったんでそのまま家に帰ることにした。図書室へは行かなかった。

 家に帰ってベッドにダイブして数分じっとしていた。でもやっぱりやる気は出ないしなんか嫌だったんで風呂に入ることにした。お湯は昨日のがはってあったんで追いだきで。


 何となく丁寧に体を洗う。今は自分をいたわりたい気分なの。熱いシャワーを浴びて、もこもことした泡を流して風呂に入る。このじんわりと溶けてくような感覚。これがいいんだよね。思考回路も若干円滑になるような気がしないでもない。頭が痛くなるくらい硬くなったものが温かさで溶けていく的な。

 残ったのは小さくてふやけた、気持ちの悪さと腹立たしさだ。体を深く湯に沈めてみるも、やっぱり何かが残ってしまう。


 すげぇ身もふたもないことを言えば、自分の思い通りにいかないことが嫌なんだと思う。人間関係全般において。でもそんなことあまりにもなのは自分でもわかるし、だから放っておいていい。でも今回はそれが多すぎたのかね。

 慣れないおせっかいをしたら急に泣かれて放置された。まぁ慣れないことをしたのは自分だし、泣かれる原因が自分にあったのかもしれない。だったらああだこうだ言ってる場合じゃねぇな。そっちのが嫌だわ。頭痛くなる。


 天井に向かって息を吐いてみる。湯気に紛れてどうにもならない。


 名前を覚えられなかった。ヒロト、なのは確かだと思うんですけれどそれもちょっと自信なくなってきちゃいましたね。意識的なのか無意識なのか苦手なんだよな。昔はもうちょい他人を認識できてたはずなんだけど、今はもううまくいかない。

 なにが悲しいって、人と関わることをほとんど切り捨てたのは自分、選んだのは自分で、今の自分を俺はそう嫌いになれないってこと。自分で選んだ自分なんだ好きに決まってんだろ。

 でもこれが人間社会向けじゃあないことはわかってんだよね。そんでもう変えようとしてもそう簡単に変えられないとこまではきてんだよ。もうさ、多様性の社会とかいうくらいならこのくらい何とかならんもんかね。俺、多様性、って言葉人間社会に使うの合わないと思ってるんだけど。だってさ、社会って法やら何やらで人を区切ることでしょ。そこでマジで多様さはびこっちゃったらやばくない?テレビで言ってる多様さなんてたかが知れてんでしょ。本気の多様性なめちゃダメでしょ。俺人間社会に多様性って言葉使うの似合わないと思う。使うくらいならこのコミュ障も認めてみろや!


 思考は変なとこまで行き始める。それを抱えた頭を耳のあたりまでお湯につからせた。あったかーい。飛び出た膝小僧は少し寒い。ぱちゃりぱちゃりとお湯を叩いてみる。割とこの音嫌いじゃない。


 あーあ、と思う。なんだかなぁ。なんか疲れちゃったな。湯気にまみれた天井を向く。じんわり涙のにじむ感触がした。お、泣くか?


 天井から曇りまくった鏡へ、鏡からお湯の中に沈む自分のへそへと目を移してその時に備える。準備は万端だ。けれどしばらく時間が経っても涙はうまく出てくれなかった。


 なんだかなぁ、とまた天井見てお湯へずぶずぶと沈んでいく。目にはやはり涙のにじむ感触がある。ちゃんと泣きたいんだけどな。そしたらどれだけすっきりするか。だけど目には薄い膜が張ったまま、風呂場と同じくらいの湿度を保っている。保ったままだ、溢れてはくれない。


 なんだかなぁ、と思いながら風呂を出る。体を拭く前に一度熱いシャワーをかぶって全部ごまかそうとした。なんともならなかった。

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