なんで廊下ってあんなに曲がりくねってんの


 どうしたもこうしたもない。そのまま帰った。

 それしかできねぇわ。なんだったんだ。パピコの亡骸はきちんと家に帰ってゴミ箱へ捨てた。


 なんだかもやもやするがちょっと意味が分からないしどうにもできねぇなの気持ちが強かったのでそのまま寝て、朝になって、学校行って、帰って、寝た。学校行っても奴は見かけなかったしわざわざ探すのも億劫だった。こういうところだとしみじみ思うが、あからさまに自分に非があるわけでもないかぎり、自分から人と関わろうとは思えない。面倒で、億劫で、だからもうだいぶ遠ざけている。

 でもなんだかもやもやする。もやもやするというか、心がすり減る感じ?頭の隅に凝り固まっててなかなか消えてくれない。気持ちが悪い。これを気持ち悪いと思うから、俺は人と関わるのが嫌いなんだ。面倒くさい。


 そんなこんなで昼休み、給食はさっさと食べ終えてなんとなくで図書室へと向かう。たまに校内散歩したくなるんだよね。

 変に暗い曲がりくねった廊下を歩く。何となく窓へと視線を向ければ質量のある灰色の雲がもこもこと空を覆っていた。雲は食べてみたいと思うがあの色はちと腹を壊しそうな気がする。


「ははは……」


 聞き覚えのある声が、めちゃめちゃ気弱そうに笑ったのが耳に入った。反射的にその方向へと目を向ければ、斜め前、何らかの準備室の前にわしゃわしゃと動く集団があった。その中で一番背の低い奴。角度で顔は見えなかったけど、あいつがいた。


 ……。


 ごめん。やっぱわかんない。顔見ないとわかんないわ。十中八九そうだと思うけど。名前すら覚えられてないもんな。ヒロトだったのは覚えてんだけど、苗字がなー、忘れた。有名だから知ってる、つってもさぁ、聞いたら思い出せる程度なんだよ、フルネームは覚えてない。一発じゃ覚えられないんだよ。悲しいね。


 四、五人の集団はその間もわしゃわしゃ動く。角度が変わって目的人物の顔が見えた。見てる方が暗くなるような表情で、きれいな顔が笑っていた。


 やっぱりな、と思う。やっぱり奴だった。

 もやもやする。いきなり泣かれて公園に置いてきぼりにされるのも、自分が自己紹介された名前すら覚えられないのも、つらそうな笑顔も、なんだかいろんなものが嫌だった。気持ちが悪い。気分が悪い。

 なんだかなぁ、と思う。俺は何事に対しても割と無関心で気にしない方だと思っているけど、引っかかるときはいろいろ引っかかるし、それを気持ち悪いと感じる。なんか嫌なんだよな。

 いわゆる思春期なのかもと思う。ちょっと情報を集めれば、それが妥当な結論だ。ホルモンバランスでも崩れてるのかしら。でもそれだけでまとめていいものか。苦しいのも嫌なのも気持ち悪いのも本当なんだ。言葉一つで表したら、まるで簡単なことみたいだ。


 ばかばかしい。そんな気持ちになる。思考に言葉が追い付かない。なんか気持ち悪いし嫌だし、無性に腹が立った。

 ただじっと、わしゃわしゃしている集団を。特に、その中でも背の低いのを見つめていた。


 するとパラパラと気づいたらしきそいつらが俺の方をみてソワソワし始める。ここで「何見てんだオラァ」とならないのはひとえにそいつらがチキンなのと俺の身長がでかいから、というのもあるかもしれないが、それ以上になぜか睨まれているからだろう。三白眼で。眉間に力を入れているつもりはないが、俺は確かに今不機嫌だし、睨んでると言ってもいい心境でそいつらを、奴を見つめている。

 八つ当たりに近いことはわかっている。でも苦しいし嫌だし気持ち悪いんだ。それに対して俺は何にもできない。だからただ見つめるだけ。本当にただ見つめるだけ。


 奴はようやく俺に気づいたようだった。薄暗い廊下の途中に、不意を突かれたように動揺した表情がぱっと浮かんだ。その目が潤んでいるのが見えた。俺は視力二・〇だからわかるんだ。


 俺はただじっと見つめていた。


 そいつらは「おい、もう行こうぜ」なんて言ってわしゃわしゃと移動し始めた。奴は目をそらしてうつむいた。その時見えた目はまだ涙をたたえていた。


「おい行くぞ!」


 集団の内の一番背の高い奴が一番背の低い、うつむいたままでいた奴に声をかけた。数秒、迷ったような時間を置いた後に奴は歩きだした。どこか暗い廊下を奴らは歩いて視界から消えた。俺の向かう方向とは違うところへ行くようだった。

 何となく窓へと視線を向けた。ぼやけた灰色を背景に、ぼんやりと自分の輪郭が浮かんでいる。

 頭にぼんやりと浮かぶのは。


 あの時はあんなに泣いてたくせに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る