シェアハピネス!


 そんなことがあって俺らは今、近くの公園でアイスを食っている。


 なぜかっていうとまぁ、俺が口を滑らせて場が凍って、やっちまったなとただただテンパって「まぁまぁまぁ」とか言いながら勢いだけでアイスを奢っているだけなんですけどね。そのおかげでガリガリ君を食うはずがパピコになった。これも大変良いものだが、俺が食いたかったもんじゃあねぇ。

 若干の後悔と一緒にコーヒー味の甘いアイスを噛みしめる。後悔の味は、甘くて冷たくておいしかったです。


 俺が座ってるブランコの隣には、もちろんというか奴が座ってる。俺が「まぁまぁまぁ」とか言ってる間は「いや、でも」ばっか言ってた奴だが、今は冷たいはずのパピコを握りしめて、ぼーっとそれを見つめている。それ手ぇ痛くならない?


「あの」


 ん?と反射的に声がした方へ顔を向ける。ちなみにパピコを咥えてんので声は出てない。頼りない公園の電灯に照らされて、薄暗い闇の中微妙にこわばった顔がこちらを見ていた。


「別に、いじめられてはない、と、思うよ」


 ほう、と思う。口からパピコを一旦離す。


「と、思う、とな」


 それもうほぼいじめられてるやつのセリフじゃね?いや知らんけど。


「いや、絡まれてるとは思うけど、いじめられてるってほどではないかな」


 ほーん、とそれを聞き、とりあえず頷いておく。単純な疑問が俺の頭に浮かんでいた。

 俺はなぜガリガリくん犠牲にしてまでこんな他人のいじめ相談受けてんの?


 ちょっと言葉選びを間違えただけじゃん。それで初対面の上無理やりアイス奢っただけじゃん。それか。それがいけなかったのか。初対面からアイス奢られるって下手ないじめより怖いじゃん。やだ。

 自分の行いに戦慄しながらとりあえずパピコを口に含む。うまし。


「だから、あの、大丈夫だから」


 そう言って、奴は儚く微笑んだ。そのまま透明になって消えそうなほど儚かった。

 狙ってんの?それ絶対大丈夫じゃないやつじゃん。ねぇ。


「それダメなやつじゃん」


 思わず口をついて出る。今日ちょっとお口ゆるすぎでは?普段のコミュニケーション不足がこんなところに。

 奴はそんなデリカシーの欠片もない言葉に完全に顔をこわばらせる。これあかんやつやと思った俺はフォローせんと口を開く。


「いや、まぁね。十人十色ですよね。どう思うかってやつは。正直俺には関係ないし、どうなろうが知ったこっちゃねぇし。でもさ、そんな、ね。なんか微妙に話されたら気になっちゃうわけですよ。微妙に」


 俺今余計なこと言ったな?

 この時点でもう無理だなと俺は悟った。多分、今日の俺のお口はおじいちゃんのパンツのゴム並みに緩い。もっと緩いかもしれない。だったらもう全部言うしかないのでは?


「本当に大丈夫ならもっと明るく言えよ、って話よ。そんでマジでダメなら微妙に言うなよ。もっとちゃんと言うか鎮痛な面持ちで黙ってろよ。まぁどうなろうと俺にはどうにもできないんですけどね!」


 ハンッと笑って勢いのまま口にパピコを突っ込んだ。フォローなどなかった。きっと俺の辞書には載っていない言葉だったんだ。パピコは永遠に口に突っ込んどいた方がいいのかもしれない。ほんの少し残った液体が甘くておいしい。


 奴は若干口を開けて目をぱちくりさせていた。ですよねとしか言えない。勇気を出して、かどうかはわかんないけど繊細な話をし出したらデリカシーの欠片もないどころか自己中心極まる「俺には関係ないしどうでもいいけどなんかもやっとするからもうちょっとはっきりして」というとんでも理論持ち出されたのだ。それはあかん。

 俺はとんでもないことをしましたと、封印されし口からもう残っていないパピコの亡骸を取り出した。


「なんか色々言いすぎた。いや、マジで言い過ぎた。あまりに自分のことしか考えていない言葉。とりあえず反省はしています。本当に。すみませんでした」


 軽く頭を下げる。頭を上げれば呆然とした表情。もっと深く頭を下げるべきだったか?あとどうでもいいけどパピコ食わんの?ハピネスをシェアしようぜ。……それポッキーだっけ。

 じっと溶けているであろうパピコを見つめていると、視界のはしで奴の顔がじわじわと笑っていくのがわかった。それにつられてなんとなく視線を奴に向ける。その頃にはその顔は、すっかり笑顔と呼べる代物になっていた。


「変なの」

「嘘だろ」


 お前、それは。嘘だろ。

 思わず驚きに目を見開く。パピコの亡骸取り落とすかと思った。後パッケージも。実はずっと持ってるの。実際はちょっと立ち上がっただけ。


 おいおいおいおい、確かにちょっと変わった言動をした自覚はある。普通は初対面の人間をいじめられっ子呼ばわりしてパピコ押し付けたりしない。でもさ、お前。お前こそ非凡なオーラ全開にしてんじゃん。顔面ピカピカしてんじゃん。それを、それなのに。まるで俺ばかりが変人であるかのような。嘘だろ。


 あまりにも間抜けな顔をしていたんだろう。奴はいよいよ声を上げて笑い出した。なんなの。それを公園の電灯が淡く照らして闇の中浮かび上がらせる。俺が純真無垢なる幼児だったら妖精さんなの?って言っちゃう雰囲気。なんなの。


 マジでどうしようもないのでとりあえずパピコの亡骸をくわえて不貞腐れ気味にブランコを漕いだ。流石に話し相手を放置してお家に帰ることはできないの。なのでここから動けない。助けて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る