第15話 鍵を掛けて密室にした女子は誰か

 工房で匿っていたシルヴィア王女が居城に戻ったのは、大神官が何者かに殺されてから三日後のことだった。


 もちろんその間は異端審問官に捕えられたはずの王女が、謎の人物に連れ去られて行方不明になっていたから王宮内は大騒ぎになっていたはずだ。


 無事に彼女が帰宅できたのは大神官が死亡し、聖剣盗難の容疑がうやむやになったからである。



 教会の内外で多くの衛兵たちが目撃したであろう謎の仮面女が王女を攫っていった件についてだが、僕が街に戻ったときにはケイジの目論見通り、世間ではスーパーノヴァなる女騎士が悪い神官から王女を救ったという話にすり替わっていた。


 今や突如現れた正義のヒーローの話題で国中が持ち切りだ。


 どうやって彼がそんな荒業を成し得たのか、その理由は取調室での会話を録音した記録スフィアによって教会の不当逮捕がつまびらかになったからである。


 自白強要から大神官が王女を無理やり我が物にしようとするところまで、しっかりと録音されたスフィアが、大量にコピーされて市場に出回り拡散していた。


 元になった記録スフィアを提供した人物については伏せられているけど、これをあの場所で録音できるのはソルモンとかいう異端審問官しかいない。


 そして記録スフィアを発明したのは、何を隠そうケイジである。

 ということはケイジとソルモンは通じていたことになるのだけど……うーん、これまた深くは追及しないようにしておこう。


 とにかく教会、というかあの豚みたいな大神官のことを快く思っていなかった民衆の間でスーパーノヴァは瞬く間に人気となった。


 ただ、大神官を殺した犯人はまだ捕まっていない。


 スーパーノヴァが粛清したのではないかという声もあるけど、当然僕はやっていない。 

 万が一、僕が逮捕されても同じ部屋で夜を明かした王女が証人になってくれるはずだ。

 いや、それはそれでスキャンダルになってしまうか……。


 なんにせよ、なぜ大神官は殺されたのか。

 ヴァルツが口封じのために殺したのではないかと僕は睨んでいる。

 

 単純に考えていその線が濃厚だろう。

 王女に聖遺物盗難の罪を被せて亡き者にしようとしていたあの事件を、王位継承第二位のヴァルツが裏で糸を引いていたのはまず間違いない。


 共謀者である大神官を始末してしまえば死人に口なし、真相は闇の中だ。二人が共謀したという確固たる証拠がないから国王も弟であるヴァルツを断罪することはできない。


 そして、今回の一件で王女には常に護衛が付くことになった。

 エドガーの親衛隊みたいなパチもんではなく、王宮で王族を守護する正規騎士、近衛騎士ロイヤルガーディアンたちだ。


 これでヴァルツも迂闊に手を出せなくなり、王女を亡き者にしようとする脅威を当面は回避したといえる。


 それでもほとぼりが冷めるまでシルヴィアは外出禁止になったそうだ。

 国王は今回の一件について反王族派の仕業である可能性も危惧していると、王女からの手紙に書いてあった。


 手紙の最後に『ユウリ様に会えなくて寂しい』と綴れていた。

 僕も会いたいですと途中まで書いてはペンを止める。書きかけの手紙を丸めては放り投げるを繰り返す。


 だって相手は王女だし、身分が違いすぎるし、ただのリップサービスかもしれないし、僕も会いたいですとか書いて、「なんだこいつ……、真に受けてやがるププックスクス」なんて思われたら嫌だし、どう返信したらいいものかと答えがでないまま日々が過ぎていった。


 王女救出という大ミッションをコンプリートさせてからも僕は依然と変わらず学校に通っていた。


 混乱により延期となっていた剣武杖祭のダブルス準決勝の続きだけど、王女が休学になったため僕たちのチームは棄権という形になり、ナイトハルト兄妹の不戦勝が確定して、そのまま彼らが優勝してダブルスは幕を閉じた。


 シングルスの方は優勝候補のケイジが時間になっても現れなかったため、これまた不戦敗となってエドガーが優勝。女子の方は特待生のミネルヴァが優勝したそうだ。


 珍しいこともあるものだ。ミネルヴァのヤツは僕以上に目立つことを避けているのに。


 ま、あいつの考えていることは凡人の僕には理解できるはずもない。

 


 それから一週間が経ち、平和な日々が続いている。

 聖剣を探している異端審問官もあの日以来、姿を見せていない。生徒が呼び出された様子もない。

 誰かが大神官を殺してくれたおかげで、聖剣探しは一端保留になっているのだろう。



 その日の放課後、僕は部室に併設される工房で鉄を打っていた。


 日が沈み始め、夕焼けに染まる工房で一心不乱に金槌を振っていたそのとき、ガチャリとドアが開き、ニーナ部長が隙間から顔を覗かせた。


「ユウリ、まだ残っていたんだ……」


 なぜだか視線を泳がせて彼女は言った。


 僕はいつもと彼女の様子が違うことに気付く。普段の彼女なら遠慮なくドアを開けて入ってくるはずなのに、今日はなんでこんなにしおらしいのだろう。


「すみません。施錠なら僕がしておきますから部長は先に帰ってください」


 そう告げたはずなのに、彼女は「うん……、施錠は大事だよね」と言って体を滑り込ませて部室に入ってきた。

 カチンと音を鳴る。彼女は鉄のカンヌキを押して扉をロックした。


「え……、部長?」


 ここに密室が完成する。

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