第16話 告白したのは誰か

「ねえ、ユウリ」


 ニーナ部長が上目遣いで僕を見つめた。夕陽に照らされた彼女の顔はまるで湯上りみたいに火照っている。


「は、はい……」


 その火照った顔をじっと見つめる僕から逃げるように視線を逸らした彼女は、「あ……、あんたに大事な話があるんだけどさ……」と恥ずかしそうに口を窄めた。


「だ、だだだ、大事な話ですか?」


「そう、とても大切な大切な話なの……」


 向けられた真摯な眼差しに僕は喉をごくりと鳴らす。


「な、なんでしょうか?」


 もしかしてこれはひょっとしてもしかしていまうのか? でも……まさか、ニーナ部長が僕のことを??


「これから話すことはあたしたちだけの内緒にしてほしいんだけどさ」


「内緒?」


「そう、絶対に守れる?」


 どんな内容か分からないけど、この流れでは守れると言うしかない。


「えっと……、約束します」


「絶対に絶対だからね」と念を押す彼女に違和感を覚えずにはいられなかった。


 んー……、雲行きが変わってきたぞ。どうやら愛の告白ではなさそうだ。これはきっと依頼系の話なんだろうけど、なんかすごく香ばしくてヤバイ匂いがする。


 一体、ニーナ部長の口から何が語れるのか。


 やっぱり聞きたくないですと断るべきか、しかし普段からお世話になっている先輩のお願いを無下に断るのも失礼だし……。


 それにどんな内容だろうと誰にも話さなければいいだけだ。リスクはゼロに等しい。


「安心してください。僕の口の硬さはホンビヌス貝並です」


 僕がそう答えるとホッと息を付いて表情を緩めた彼女は、次のように発言した。


「あのさ、聖剣を作ってほしいの……」


 一瞬、反応することができなかった。

 頭の中で何度も彼女のセリフを繰り返した僕は、「はい? セイケンを作ってほしいの?」と復唱する。


「もちろんね、聖剣と言ってもレプリカなんだけどさ」


「いや……、でも聖剣を作ることは法律で禁止されていますよ」


「それでいいの。お願い……、頼れるのはあんたしかいないのよ」


「そこまで言うのには……、なにか事情があるんですね?」


 こくりとうなずいた彼女は、意味深な表情を浮かべてうつむいた。


 はぅッ!?


 僕は気が付いてしまったのだ。


 聖剣のレプリカを欲しがる理由、そんなのひとつに決まっているじゃないか!


 ――聖剣を盗んだ犯人は部長だったのだ。


 彼女も僕と同じで聖剣を盗んだはいいが、勇者を名乗りたくなかった。手放したくなかった。どうしても手元に置いておきたかった。

 だから贋作を作ることを思い付いた。

 なんてことだ、まさか真犯人である僕にレプリカ作りを頼むなんて……。

 

「私の弟が病気なのよ……」


「え?」


 あ、違うっぽい。


「不治の病なんだって、後ひと月の命って医者に言われているの……」


「それは……、なんというか言葉がありません……。ですが、なぜ聖剣のレプリカが必要なのですか? 病気と関係あるんですか?」


「弟がね、どうしても聖剣を自分の眼で見てみたいと言っているの。あたしは弟が死ぬ前に願いを叶えてあげたくて、事情を話して教会にも掛け合ったけど、ダメだって突っぱねられて……」


 それはそうだろう、だって聖剣は盗まれてないのだから試しの祠に入れる訳にはいかない。


「弟の最後の願いなのよ……。この通り、お願いします! どうかレプリカを作って!」


 部長は手を合わせて頭を下げた。


「どうして僕なんですか?」


「もちろんあんたの鍛冶師としての技術を見込んでよ。それに聖剣を見たことがあるって言っていたじゃない? 見たことない人にレプリカは作れないわ」


 それは鍛冶クラブに入部した初日のこと、自己紹介をしたときだ。

 僕は入学祝いに特例で聖剣を見学させてもらったことがあると、ニーナ部長とピンズくんに自慢したことがある。


「あー……、非公式ながら一度だけですけどね」


「あたしの目に間違いはない。あんたなら精巧なレプリカが作れる。教会に見つかったときは全部私が罪を被る、だからお願いだ」

 

 部長はもう一度大きく頭を下げた。 


「分かりました。頭を上げてください」


「本当!?」


「ただし条件があります」


「じょ、条件ね……、もちろん分かっているわよ」


 流し目で体の向きを変えた彼女は、しゅるりと制服のリボンタイを外して、ブラウスのボタンを下から順に外していく。


「へ?」


「あ、あたしの身体で支払えってことでしょ? ユウリのエッチ……」


「ちょ、ちょっと待ってください。確かにそれは魅力的な条件ですけどそうじゃないんです」


「え……」


「僕が欲しいのは別の物です」


「そ、それならそうと早く言ってよ……」と呟いた部長は、「何が望みなの?」と首を傾ける。


「先輩の家、スミソニカ子爵家に伝わる宝剣 《ルーンブレイカー》をください」


「ルーンブレイカーを? でもそれは……、あれがなくなったら家は大騒ぎになるし……」


「僕に考えがあります。聖剣のレプリカを作った後、ルーンブレイカーのレプリカも作ってしまえばいいのです」


「な、なるほど、入れ替えるっていうことね……。分かったわ、その条件を呑む。弟が喜ぶならルーンブレイカーのひとつやふたつ惜しくない」


「それともうひとつ」


「やっぱりあたしの身体?」


「違いますって」


「なんだ違うのか……」


 なんで残念そうなんですかね……。やっぱり僕のことを? いやいや、からかってるだけだ。ストップ詐欺被害、僕は騙されないぞ。


「聖剣のレプリカは弟さんに見せた後、すぐに溶かして破棄します」


「そうね、危険だもんね。異論はないわ」


「じゃあさっそく素材を揃えましょう。明日は学校も休みですし空いてますか? 一緒にマーケットに行きましょう」


「分かった。ありがとう、ユウリ」


 涙を浮かべて微笑むニーナ部長に僕は頭を振り、「お礼は弟さんの笑顔を見てからにしましょう」と言った。



 

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