第9モブ クレイヴソリッシュと名付けたのは誰か
授業以外の時間は全て、王女の特訓と鍛冶仕事に費やす日々が続いた。
授業→稽古→鍛冶、さらに合間の空き時間を使って聖剣(レプリカ)を盗んだ犯人捜しというルーティンは結構なハードワークだけど、本来業務である鍛冶仕事はもとより王女と過ごす時間も全く苦になることはなかった。
ただ、王女の剣の腕に関しては順調とは言い難い。これまで培ってきたクセがどうしてもネックになってしまう。
こーくればあーくると言うのが分かってしまう。そーだと分かっていても力で圧せるほどの腕力もない。
そもそも騎士に守られる王女に剣術など不要であり、あくまで嗜みとして型を身につければ十分だという剣術指南役の育成方針は否定できないし、崩したくない。
無理をしてまで勝つ必要はないと言ってしまえばそれまでだ。王女も今まで自分が学んできた剣術の意図を理解している。自分に剣の才覚がそれほどないことも自覚している。
それでも彼女は前向きで一生懸命だった。ささくれの一つなくスベスベだった手に豆が出来て皮が剥けて血が出ても毎日ひたむきに剣を振り続けた。
それは王になろうとする者がその肩に背負う重圧なのか、それとも今の自分を変えたいという意志なのだろうか。
どちらにしても、僕はその想いにちゃんと応えたいと思うようになっていた。
それから一週間が経過する。
「今日の稽古はここまでにしましょう」
「ありがとうございました」
互いに一礼して稽古が終わる。
汗を拭う王女がいつになく浮かない顔をしていることに僕は気付いた。
どんなに疲れていても態度や表情には出さなかったのに、連日の特訓でさすがに疲れが溜まっているのか。
違うな、そうじゃない。伸び悩んでいることを気にしているのだ。剣武杖祭を来週に控え、日を追うごとに彼女の焦燥は濃くなっている。
敢えて触れないようにしていたけど、さすがに無視できなくなって「どうかしましたか?」と声を掛けた。
「自分の不甲斐なさが悔しいです。せっかくユウリ様に直接指導していただいているのに、思うように体が動かない……。ユウリ様はそういった経験はなかったのですか?」
「そうですね、もちろんありましたよ。そういうときは一度剣を置いて頭の中でイメージしてからもう一度挑戦すると割と出来るようになりました」
「イメージですか……、わたしもイメージの中では上手くできているのですけど。きっと、あなたのような人を天才と呼ぶのでしょう」
「単に少し器用なだけです。本当の天才ってのはケイジみたいなヤツのことを言うんです。それに僕は王女の剣、好きですよ」
機嫌を取るためのおべっかに聞こえたのか、王女は曖昧な微苦笑を浮かべる。
「……でも国を治めるには力が必要なのです。わたしは示さなければならないのです、王としての器を」
「王の器を示すのに必ずしも武力は必要じゃないと思います」
「え?」
「この人のために働きたい、守りたいと思わせる力があればいいんじゃないのでしょうか。それは僕が感じたように、王女の剣が好きだと思わせたようなカリスマ性です」
「カリスマ性……」
「あまり深く考えなくても王女ならそのままで大丈夫ですよ。それではさらに王女の魅力と実力を底上げしてくれるアイテムを献上いたしましょう」と僕は指をパチンと鳴らした。
その合図を受けて部屋の外で控えていた侍女が、長い皮袋を両手に抱えて入ってきた。それはちょうど剣が収まりそうな袋だ。というか例の剣が入っている。
それを見た瞬間、王女の顔が色めき瞳の光が瞬いた。
「出来たのですか!?」
「ええ、これが王女の剣です」
侍女から受け取った革袋から抜き身の剣を取り出すと、陽の光を浴びた氷のように透明なブレードが仄かに青白い光を放つ。
「きれい……、これはクリスタルで出来ているのですか?」
「いえ、東方より伝わる青龍鋼という金属を鍛えたものです。青龍鋼は鍛錬を何度も繰り返し不純物を取り除くことでクリスタルのように透き通った金属へと変化していきます」
僕はくるりと剣を回転されて剣の柄を王女に向けた。
「これがわたしの剣……」
グリップを握りしめた王女がブレードの腹を指でなぞる。
「振ってみてください」
こくりと頷き、中段に剣を構えた王女の一閃がヒュンと風を切った。
「すごい……、今まで手にして剣とは全然違う。まるで自分の腕みたいに振ることができます!」
子どものように喜ぶ王女の姿を見ることができて僕も嬉しくなってくる。
「青龍鋼は一昔前まで清流鋼と呼ばれていたそうです。それがいつの間にか強さを象徴する青龍に変化した。だけど僕は透明で濁りのない水を意味する清流の方がふさわしいと思います。この剣は王女のように清らかで濁りがない。きっと王女の力を存分に発揮できるでしょう」
褒めちぎった訳ではなく素直な感想を述べただけなのだが、王女の顔は真っ赤になっていた。
「あ、ありがとうございます……。お代はいかほどですか?」
「お代?」
「この剣の対価です」
「いらないですよ。僕が作りたくて作ったんですから」
「そんなっ! これほどの剣をタダで受け取る訳にはいきません!」
興奮する王女が剣の切っ先を向けて詰め寄って来た。雰囲気的にいくら言っても彼女は引きそうにない。なによりこのままでは僕の顔に剣が突き刺さる。
「そ、それでは王女、一つ質問してもいいですか?」
「なんでしょう?」
「なぜそれほどまでに大会で優勝したいのですか?」
「それはさきほど話した通りです」
「そうじゃなくて、優勝して王の器を示したたいというのは良く分かりました。でも王女からは焦りを感じます。次の王様になることは決まっているのに、なぜそこまで焦っているのかなって」
「確かにわたしは正統な王位継承者ですが、決して王位継承争いとは無縁ではありません。継承権を持った者は他にも何人もいます。わたしよりも現国王の弟である叔父、ヴァルツ公爵の方が王に相応しいという声があります。ヴァルツ公爵も権力者を取り込み自陣の地盤を固めています……。なんの人脈も武功もないわたしは剣武杖祭で優勝して少しでも、一刻でも早く王の器があることを示さなければならないのです」
「そこで僕とダブルスに出場することを思い付いた、と」
「はい……、わたしの実力ではシングルスでは優勝できない。ならばダブルスで実力者と組んで優勝するほかない。そういった意味で皆に実力が知られていないあなたは好都合でした。あなたを利用するような形になってしまい申し訳ございません。わたしはこの剣の主としてふさわしくありませんね……」
「それは違います。必要なのは清くあろうとする心です。物欲だらけの僕が言うのはなんですが、清くあり続けるために自分を顧みて努力できる人間はそれほど多くいません。王女……、いや、シルヴィア、それがキミの王としての器だよ。キミはきっと良い王様になれるはずだ。それはその剣を打った僕が一番知っている」
「ユウリ様……」
彼女は胸の前で拳を握りしめた。
「ところで剣の名前を決めてもらえますか?」
「わたしが命名するのですか?」
「ええ、王女に付けてもらいたいと剣も言っていますし」
「剣が? まるであなたは剣と会話ができるような口ぶりですね」くすりと王女は笑う。
「え? 知らないんですか? 鍛冶師なら当然のスキルですよ。僕はまだ自分が作った剣としか対話できませんが、僕の父はどんな武器とでも会話できます」
そう告げると彼女はぱちくりと目を瞬かせた。
「その話は本当なのですか?」
にやりと笑った僕は質問に答えずに「さあ、早く名前を付けてあげてください」とはぐらかす。
「それではクレイヴソリッシュと」
「勇者の剣ですか……」
聖剣とは名前が違うけど、教会関係者に聞かれたら、あらぬ疑いを掛けられそうな名前だ。
「変ですか?」
「いえ、こいつも気に入ったみたいですよ」
「光栄です」
よろしくねと剣に言った王女は柄にキスをする。
やれやれ、我が子よ、ずいぶん御大層な名前を頂いてしまったじゃないか。名前に見合った活躍をしてくれよ、数百年後に伝説の剣と呼ばれてその名を轟かせるくらいに。
週が明ければいよいよ剣武杖祭だ。僕も自分の調整を始めておくか。
なるべく王女を目立たせて、自分は影に潜みながら勝利する戦い方を模索しなくては。
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土日はお休みします。いよいよGW、私には関係ありませんけど壁|ू•ω•)ちらり
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