第10話 王女に罪をなすりつけたのは誰か

 なんだかんだでついに剣武杖祭初日を迎える。

 王女の仕上がりはまずまずといったところだ。大会出場者全体のレベルから見ても可もなく不可もなし、鍛えられるところまでは鍛え上げたつもりだ。


 僕と戦いたがっていたケイジはやはりバディが見つけられず(というか見つける努力もしていなかったけど)、シングルスで出場することになった。

 この学園では、僕らはどちらかが欠けるとボッチになってしまう。もっとも上級貴族のエドガーに歯向かった危険人物に近づくヤツなんていない。これは当然の帰結なのだ。


 それから件のエドガーのヤツはシングルスでエントリーしたらしい。王女を奪った僕をぶち殺したいはずだけど、親衛隊を名乗る彼が王女に剣を向けることはできない。なので王女と当たることがないシングルスを選んだのだ。


 そんな訳で選手宣誓のすぐ後、ダブルスの一回戦が行われる。最初の相手は上級生のペアだ。

 闘技場の中央で相手チームと対峙し、僕が作ったクレイヴソリッシュを王女が抜くと会場がどよめいた。

 透き通った美しい剣に誰もが驚いている。鍛冶師にとってこの瞬間は最高のご褒美だ。自分が褒めらえているみたいでたまらない。


 審判の合図で試合が始まり、開始と同時に上級生ペアが一直線に僕に向かってきた。

 王女を無視して僕ばかりを狙って攻撃してくる。

 王女は完全に蚊帳の外だ。ふたりを同時に相手する俺をどうやってサポートすればいいか分からずオロオロしている。


 なるほど、対戦相手の立場で考えれば当たり前のことだった。

 真剣で戦うこの大会の出場者には、試合前に初級物理防御の魔法が付与される。有効打が決まって付与魔法が強制解除された時点で一本、つまり勝利となるルールだ。


 たとえ魔法のおかげで怪我を負わないとしても、王女を攻撃したくないのが心情。バディを先に倒して王女が一人になったところで降参に持ち込むのが得策。そういう訳で標的は僕一択なのだ。


 シルヴィア王女、あなたはシングルスで出場するべきだったと思いますよと、そんなことを言っても後の祭り。試合が始まってしまったものは仕方がない。

 次の試合もその次の試合も二対一の状況になるのだろうけど、僕は僕でゲットできるかもしれないエクスセンスのために頑張ろう。


 そんなことを考えながらも対戦相手の上級生Aの顎に当身を喰らわしてワンダウン。 


「王女、今です!」


 呆気に取られる上級生Bの死角から王女が斬りつけツーダウン。


 一瞬の出来事に会場は狐につままれたように静まり返り、審判が僕らの勝利を宣言すると歓声が湧き上がった。



 上級生ペアを打ち破った僕たちはその後も順調に勝ち続けて準決勝までコマを進めた。

 次の相手は優勝候補のナイトハルト兄妹だ。

 世界三大流派と呼ばれるナイトハルト流剣術当主の子息子女であり、これまで抜群のコンビネーションで勝ち上がってきた強敵だ。


 準決勝まで善戦を演じて苦戦の末に勝利を収めてきた風を装ったり、「あれれ~、たまたま打ち込んだところに相手が入ってきて当たっちゃったよ~」とラッキーパンチを演じたりしてきたけど、次回はそんな舐めた戦い方が通じる相手ではない。


 相手は生粋の剣士、真剣勝負において権力者に忖度するような騎士道に反する真似は絶対にしない。


 僕らが剣武杖祭に出場する意義は、王女が王の器を示してヴァルツ公爵を牽制するためだ。できることなら王女が目立つように上手く立ち回って勝利を収めたいが、かなり苦しい戦いになるだろう――、そんなことを真面目に考えている自分に少し驚いている。


 今までの僕なら適当なところで負けることを選択していたはずだ。共に時間を過ごす内に王女に勝たせてあげさせたいという気持ちにいつの間にかなっていた訳で、それは弟子に勝ってもらいたい師匠的な思いだったり、ひたむきな彼女の努力を見てきたからだろう。


 シングルスは二日間に分けて行われるが、ダブルスは出場者が少ないため剣武祭初日の午後には決勝戦が行われて優勝者が決まる。


 そして、準決勝前の選手控室で俺は王女を待っていた。

 試合時間が迫ったそのとき、駆けこんできのはケイジだった。


「大変だユウリ!」


「ケイジ、そんなに慌てて何かあったのか?」


「王女が……」


 ケイジがそう言い掛け、不安が押し寄せる。


「……王女がどうした?」


「異端審問官に捕まっちまった!」


「な、なんだって? 一体どういうことだよ!」


「王女の侍女から聞いた話だが、王女が聖遺物を盗んだ件に関与している疑いがあるって異端審問官が連行していったそうだ」


「そんな馬鹿な!? 王女が聖遺物を盗むなんてあり得ない」


「王女も否認したけど問答無用だったそうだ。おそらくこれはでっち上げ、冤罪だ。聖遺物が盗まれた事件が王位継承争いに利用されたんだ」


「王位継承争いってまさか……」


「そうだ、国王には子供が王女しかいないからな、王女に何かあれば次の王は王位継承第二位のヴァルツになる。ヴァルツは教会の大神官と結託して王女を亡き者にしようとしているんだ」


 異端審問官に捕まったら最後、拷問は罪を認めるか死ぬまで終わらない。


 しかし拷問で殺しはいないはずだ。

 まずは王女に聖遺物を盗んだと無理やり自白させ、さらに民衆の前で王女の口から罪を認めさせる。その後で処刑した方が王女を国王にしたい派閥を黙らせることができる。


「ケイジ、僕は王女を助けに行くぞ」


 僕は剣を持って立ち上がる。


「そう言うのは簡単だが……相手は異端審問官だぞ、作戦はあるのか?」


「特にない。教会の地下に侵入して救出するだけだ」


 僕がそう言うとケージは首を振った。


「それじゃダメだ、たとえ救出できても王女の容疑を晴らすことはできないぞ。むしろ犯人だから逃げたのだと喧伝される。お前だって教会に歯向かった異端者になっちまう」


「確かにお前の言う通り、王女が逃げれば罪を認めたのと同じ、自白がなくても継承者争いはヴァルツの思惑通りになるだろう。けれど、今は王女の命が優先だ。王女が生きていれば潔白を証明するチャンスはある。ヴァルツと教会には必ず利害関係があるはずだ。それを調べて証明してやる」


「……分かった、俺も一緒に行こう」


「でも……」


「しかしもクソもお前がひとりで突っ込んだところでどうにもなんねーよ。俺が囮になる、教会の衛兵たちを引き付けている間にお前は王女を助けにいけ」


 危険な役目で事件に巻き込んでしまうことになるけどケイジが手伝ってくれるなら心強い。

 僕はこくりと頷く。


「ユウリ、俺に妙案がある」


「妙案?」


「今回の一件を王女救出劇の物語として仕立て上げるぞ」


「どういうことだ?」


「ただ単に救出したところで王女はお尋ね者だ。だから善悪を転換させる必要がある。そのためには民衆を味方に付けるしかない。つまり、王女救出という大義名分の元に俺たちでヒーローを演じて教会側が悪だという構図を作り上げるんだ」


「教会や異端審問官の横暴に不満を持つ人は少なくない、その心理を利用するってことか?」


 そうだと言ってケージは掌を顔に当てた。


「顔は見られないように隠しておこう。俺が作った声を変えられる仮面が錬金術クラブの部室にあるからそれを使う」


「分かった」


「どうせやるならキャラもそれっぽく変えた方がいいだろう、正義のヒーローみたいな口上でインパクトのある偽名を名乗るんだ」


「正義のヒーローみたな口上か……」


「任せておけ、イカした口上を俺が考えておいてやる」


「よし、行こう」


 互いにうなずき、僕たちは走り出した。

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