第8モブ 王女のバストサイズを測ったのは誰か

 そして迎えた放課後、学園敷地内にある王族専用のサロンでマンツーマン指導が始まった。

 王女の実力は良くも悪くも想像していた通りで、この年頃の女の子としては平均的な腕前だった。

 しかし、あくまで同世代の女子の中での平均であって剣士としては下の下だ。

 戦場なら真っ先に殺されてしまうだろう。

 いや、殺されずに捕まってひどい仕打ちを受けてしまうことになる。

 服を剥かれて、発情した獣のような男たちに囲まれて……。


 ごくり、僕は生唾を呑み込んだ。


 否、ここは戦場ではない。国家に守られた平和な学園だ。学生同士が戦う剣武杖祭では通用するから問題はない。

 ただ、大会で優勝するとなるとやはりレベルアップが必要だ。この学園にはケイジやミネルヴァほどじゃないけど免許皆伝クラスの生徒が何人かいる。もしかしたら他にも隠れた実力者がいるかもしれない。


 王女の剣には以前からなにか物足りないと感じていたけど、実際に剣を交えて判った。

 これは人を殺す剣ではなく活かす剣であり魅せる剣だ。おそらく王宮の剣術指南役がそう彼女を育てたのだろう。

 前提として王女である彼女が戦うことなど想定していないから指南役の方向性は間違っていない。というかそれが王道だ。

 

 なのでイチから鍛えなおすのではなく、この偽りや駆け引きのない真っ直ぐな魅せる剣を損なわずに、勝つための剣に仕上げなくてはならない。


 ここから剣武杖祭まで修行しても伸びしろは限られている。

 いや、むしろ伸びしろしかないと逆に考えるんだ……。


「王女、少し休憩しましょう」


 僕がそう告げると彼女は剣を止めた。差し出したタオルを受け取り、「ありがとう」と微笑む。


 彼女と目が合った僕は思わず視線を逸らしてしまった。

 まじかで見る王女は肌が白くてまつ毛が長くて鼻筋が通っていて、なんというかすごい美人なんだなと、そんなことに今さらながらに気付いた。

 ドキドキと心臓が早鐘を打つ僕は、まともに王女の顔を見ることができない。


「少しはわたしを意識してくれましたか?」


 王女はくすりと笑って汗を拭った。


「えっと、いや、そうですね……はい。何気に王女の顔をちゃんと見たのは初めてかもしれません」


「まあっ、あれだけ面と向かってお話していたのに失礼なことをさらりと言うのですね」


 王女は口をすぼませていじけてみせる。


「す、すみません……」


「わたしはあなたに助けられて以来、ずっとあなたを探していたというのに……はぁ」


 肩を落とした王女に僕は苦笑するしかない。


「面目ないです。僕がこの学園にいることに、王女はいつから気付いていたんですか?」


「入学式のときからです。この学園であなたを見つけたときは運命を感じました」


「そんな早くから? じゃあなんで声を掛けてくれなかったんですか?」


「その理由はわかりませんか?」


「え、えっと……すみません」


「あなたの方から気付いて声を掛けてほしかったからに決まっているじゃないですか。でもあなたはいつまで経っても気付かなくて、それどころか覚えてさえもいなかった……」


 彼女の声が沈んでいく。僕はたじろぐばかりで下手な言い訳すら思い付かない。


「うう……」


「このままでは平行線だと思い、話しかけるきっかけを探していたときでした。食堂にいるあなたの視線に気付いたのは。ですが、あなたが見ているのはわたしではなくエクスセンスだったなんて……」


 さらに王女の声がズーンと沈んでいく。


「うぐぐっ……」


 困ったぞ、ちょいちょい言葉尻に棘を持たせてくる。けっこう根に持っている感じだな。なにか、なにか逆転の一手、気の利いたセリフを考えなくては……。


「それでも少しは期待していたのです。話しかければ思い出してくれるかもしれないと。でもやはり思い出してはもらえず、勧誘に対しても『嫌だ』とはっきり言われてしまいました」


 淋しげに視線を伏せる彼女の姿に僕は頭を掻いた。

 気の利いたセリフも下手な言い訳もできないのなら正直な思いを伝えるしかない。


「僕と王女では身分が違い過ぎて、こうして話す日がくるなんて一生ないと思っていました。確かに僕は王女の顔を覚えていませんでした。僕は剣のことになると目の前が見えなくなるダメな男です。ですが、その分、剣を通して人を見ることができます」


「剣を通して人を見る?」


「ええ、剣というのはその人を映し出す鏡です」


「鏡?」


「どんな名剣でも持ち主がくすんでいれば剣も輝きを失っていく。その……、つまり何が言いたいかと言うとですね。エクスセンスが魅力的だということは、王女も僕にとって喉から手が出るほど欲しくなるほど魅力的だということです」


 目を丸くした王女は頬を紅く染め、「今はそれで十分です」と言って微笑を浮かべた。


「今は、ですか?」


「確かに、今は身分違いという理由でエクスセンスを渡すことは許されないでしょう。ですが、もしもユウリ様が勇者になれば話は変わります。そのときはエクスセンスとわたしを……」


 そう言いかけて王女は首を振った。


「いえ、なんでもありません。忘れてください」


 勇者になったらか……。

 ん? じゃあ聖剣抜いたって公言すればエクスセンスを簡単にゲットできるんじゃね?

 バカか、何を考えているんだ。今更そんなことをすれば異端者審問官に捕まって過酷な取り調べを受けた後で魔界送りだぞ。僕はまだ魔獣とすら戦ったことがないのに冗談じゃない。


「王女、まだ時間はありますか?」


 話題をそらしたかった僕がそう尋ねると、王女はサロンの隅に控える侍女に顔を向けた。侍女は王女にこくりと頷く。


「はい、まだ大丈夫です」


「では王女の剣を作るにあたり王女の身体を採寸させていただきます」


 僕はポケットから巻き尺を取り出して許可を待たずにメジャーをビーっと伸ばした。


「剣を作るのに体を採寸するのですか?」


「はい、オーダーメイドの剣なので王女の体に合わせて長さや重さを調整して作る必要がありま」

 

「分かりました」


「それでは左右の手を水平に上げてください」


 直立して手を水平に上げた王女の前に立った僕は彼女の頭の大きさ、首の長さ、肩の幅、腕の長さ、手首の太さを順に測定していく。

 頭部と腕の採寸が終わるとそのまま流れるように王女の背後に回り込んで体幹にメジャーを巻き付けた。


「ちょっと待ってください、胸も測るのですか!?」


「当たり前ですよ! 全体のバランスを知るために必要なことです。僕は自分の仕事に一切の妥協を許しません! ほら、手で隠さないで胸を張ってください!」


「は、はい……」


「胸囲八十五、胴囲五十五、腰囲八十六と……」


 忘れる前にサイズをメモに記帳していく。


「ううう……、声に出さないでください……」


 続いて脚の長さだ。

 太股の大きさ、ふくらはぎ、足首、足のサイズを計って終了。


「よし、それじゃあさっそく作業に入りますので僕はこれで失礼します」


 赤面した顔を両手で覆う王女をサロンに残して、僕は颯爽と駆けだした。頭の中はどんな剣にしようかでいっぱいだ。

 

 新しい剣を造るときは、いつだって胸が踊る!




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