第5モブ 王女をヤンデレにしたのは誰か
恐怖の異端審問官が去った放課後、僕は別棟にある部室で新しい剣のデザインを考えていた。
この学園にはいくつもの部活動があって、授業とは別に取得したい技能を身に付けることができる。
僕は鍛冶師のくせにアマチュア鍛冶クラブに所属している。他のクラブでも良かったんだけど、メジャーなクラブは階級主義の上級貴族が多くて片身が狭い。
まあ、鍛冶クラブも五人いる部員のうち僕を除いてみんな貴族なんだけどさ。
意外というか、料理とか大工とか庶民の技術を学びたいという貴族は多いようだ。堅苦しい貴族の世界で育ってきた彼らにとっては未知の世界なのかもしれない。
なので部員に鍛冶クラブに入った理由を尋ねると、自分たちの知らない世界だからと口を揃える。
このクラブのメンバーは貴族でもエドガーたちみたいに威張らず、僕のことをマイスターと呼んで慕ってくれている。
ちなみに部活動にもカーストが存在する。
最上位は剣術や槍術、弓術や馬術などの運動系クラブ。
次いで、精霊術や魔術の魔法系クラブ。
その次に支援系と呼ばれる宝箱の開錠や罠の設置や解除、料理、ポーションの調合などを学ぶ技能クラブ。
最下位は錬金術や武器の製作を学ぶ工房系と呼ばれるクラブだ。
「ユウリ殿、すごい剣を思いついたでござるよ」
小太りの少年がスケッチブックを持って近づいて来た。部員で同級生のビンズくんだ。
僕は「どれどれ?」と言ってスケッチブックを受け取る。開かれたページには剣が描かれていた。デザインはシンプルな両刃の片手剣だ。しかし剣身と柄が別れて描かれている。
「これは? どうして別々に描いてあるの?」
見たところ敢えてそうしている感じ。
「これはですな、消耗した刃を簡単に取り変えられる機構にしたでござる」
むふんとビンズは息巻いた。
なるほど、アイデアとしては悪くない。
ただ、問題点はいくつかある。まず、予備のブレードを何個も持って歩かなければいけないこと、それ以前に――。
「ふーむ、良いアイデアだけど実用性は薄いかな。これじゃ強度不足で受けたときに根本からポキンと折れちゃうんじゃない?」
「そうかぁ……」
「でも刃の根本を柄の中まで入れるようにすれば強度は上がるかも」と落胆するビンズくんをフォローする。
「おおー、さすがでござるなマイスターユウリ殿は」
これはこれで振った勢いで刃が飛んでいっちゃう気もするけどね。
アイデアはいくらあっても良い。最初から完成した物などなく、良いものは失敗の中から生まれるものだ、と父が語っていたようないなかったような気がする。
「いえいえ、たいしたことではござらぬよ」
そんな感じで僕は新入部員のときからクラブの中心としてちやほやされている。
この部の人たちは貴族なのに気さくな生徒ばかりで、部の顧問として専任のブラックスミスがいるけど、僕に任せっきりで滅多に顔を見せることはない。
「ねぇ、ユウリ」と胡乱気な顔をした少女が傍らに立っていた。
赤毛とそばかすがチャーミングな彼女の名前はニーナ=スミソニカ、子爵令嬢で鍛冶部の部長である。
「なんですか部長?」
「さっきからシルヴィア王女があんたのこと覗き見しているんだけど、なんとかしなさいよ。気が散るってレベルじゃない覗き方よ」
「え?」
部長が親指で指し示した方を見ると、ドアの隙間から翡翠色の瞳を見開かせた王女が僕を見つめていた。
「ひぃぃッ!?」
僕が声を上げると王女はサッと顔を引っ込めて音もなく立ち去っていった。
その日から王女のじっとりした視線がつきまとうようなった。
休憩中、昼休み中、部活中、さらに帰宅中、授業以外は常に王女の視線がある。
髪型や服装をワザワザ変えて僕の後を付けてくる。本人はバレていないつもりなのだろうけど、王女の後ろには専属侍女が控えているため目立たないはずがない。
いつもお日様のように穏やかでにこやかな王女の瞳孔が開いていて、めっちゃ怖い。
どうやらバディの件はまだ諦めていないらしい。
断ったことで彼女のプライドを傷付けてしまったのだろう。ショックで気絶したくらいだもんな……。
弱った、これじゃあ贋作を盗んだ犯人捜しどころではない。見られていてはなにもできない。まずは彼女をなんとかしなければいけない。
もう一度きっぱりとかつ穏便に断って、付きまとうのを止めてもらう。背中を刺される前にこちらから打って出るのだ。
終礼が終わると同時に早足で王女のクラスに向かった僕は教室に入るやいなや、王女の席の前で片膝を付き、「王女、大事なお話があります」と告げた。
自称王女の親衛隊のヤツらはもちろん周囲の生徒たちはざわついている。
「うかがいましょう」とすまし顔で答えた王女に対して、僕は「それではローズガーデンでお待ちしております」と告げ、こくりと彼女が頷くのを確認した僕は、踵を返して立ち去った。
そして一時間後、ローズガーデンの東屋で待っていた僕のもとに王女がやってきた。
親衛隊の連中はいない。王女は侍女を一人従えているだけだ。
それから普段から帯剣するエクスセンスとは他にも一振りの剣を持っていた。サイズからしてファルシオンくらいだ。その剣は鞘を布でグルグル巻きにされている。
「お待たせいたしました」
「いえ、わざわざお越しいただきありがとうございます。さっそくですけど――」
可及的速やかに用件を済ませようとする僕を王女が手で制す。
「その前にわたしの話を聞いていただけますか?」
「わ、わかりました」
「ユウリ様がわたしのことを疎ましく思っていることは察しています。ここ数日、後を付けるような真似をして申し訳ございませんでした。ただ……正直、断られるとは思っていなかったのでショックを受けてしまったのです。自惚れですね……、王女であるわたしの申し出を断るはずがないと、勝手に思い込んでおりました。それでわたしはすっかり混乱してしまって……、重ねて付きまとうような真似をしたことを謝罪いたします。もういたしません。だけど、最後にもう一度だけわたしにチャンスをください」
「えっと、その、そこまで疎ましく思っていた訳じゃないです。ただこちらも色々と事情がありまして……その……。でも、なんで僕なんですか? 僕なんかどこにでもいる平凡な男ですよ?」
「いいえ、わたしは知っているのです。あなたは強い。能力を隠しているようですが、わたしはあなたの本当の実力を知っています」
「僕の実力? 買いかぶり過ぎですよ、ははは……」
ふるふると首を振った王女は、布で巻かれている剣を東屋のテーブルに置いた。
「これを覚えていますか?」
彼女はテーブルの上で剣を覆っている布を解いていく。
その中から出てきたのは使い古された無名の剣だった。無名だけど見覚えがある、というか見間違うはずがない。
「そ、それは……」
だってそれは――、僕が造った剣なのだから。
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