第6モブ 王女を勘違いさせたのは誰か

 ――あれは五年以上も前のことだ。


 伝説の霊槍グングニルが隣国にあるレンリラという街の教会に展示されると聞いた僕は、槍を見るためだけに夜通しで歩き山を超え、レンリラまでやってきた。


 月のお小遣いが五コプレの僕にとって決して安くない拝観料を払って教会に入り、祭壇の壁に掛けられたグングニルを観た瞬間、一目で分かった。


 贋作だったのだ。


 よく出来ているが、形だけでまるでオーラを感じない。おそらくお金に困ったマイスタークラスの鍛冶師が悪徳商人に頼まれて作ったのだろう。

 落胆した僕は、偽物だと知らずにありがたがる周囲の現物客たちから逃げるように教会を出た。


 悔しさと虚しさでいっぱいだった僕は偽物だと告げる気にもなれなかった。それに子供が騒いだところで相手にされないことは分かっている。


 宿泊するお金なんてないからそのままトンボ帰りだ。  

 落胆して重い足を進めるごとに次第にムカついてきた。

 ムカムカしながら夜道を歩いていると、横転した馬車が道を塞いでいた。


 馬車を取り囲むのは盗賊とおぼしき集団、さっと覚えて十五人はいる。

 身なりの良い貴族風の男と護衛の騎士が殺されていて、生きているのは貴族の少女と彼女を守る老騎士ただ一人、老騎士は長い槍で盗賊たちを牽制しているが、やられるのは時間の問題だろう。


 そんなことよりも老騎士に守られる少女が握りしめたその剣に、僕の眼は釘付けになった。

 黄金の髪の彼女が持つのは、まさしく名高き短剣シリウス。あの歳であんな業物を護身用として与えられるなんて高位の貴族に間違いない。

 

 それはどうでもいい。問題はたとえシリウスが名剣だとしても彼女が戦ったところで勝ち目はないことだ。盗賊の攻撃を受ければ刀身は傷付き、当たりどころが悪ければ最悪折れてしまう。

 無傷だとしてもシリウスは盗賊の物になってしまう。

 

 あんな物の価値が分からないような奴らの手にシリウスが渡るなんて、それを見過ごす訳にはいかない! 傷を付けることも許さない!


 だから僕は走り出していた。


 先頭に立つ盗賊の親玉を蹴り飛ばし、少女を守るように盗賊たちの前に立ち塞がる。

「この子(シリウス)には傷一つ付けなせない」と剣を抜いて盗賊たちに宣言した。


「なんじゃぁ!? この小僧は!?」


「小僧は小僧でも僕はただの小僧じゃない。僕は盾だ」


「た、盾じゃと?」


「そう、この子(シリウス)を守る盾、この子には指一本触れさせないぞ!」

 

「あ、あなたは……」


 声を震わせる少女に僕は「安心してください、キミ(シリウス)は僕が絶対守ってみせる」と微笑んだ。


「ふざけやがってクソガキが……。野郎ども、やっちまえ!!」


 親玉が叫び、声を上げた盗賊たちが一斉に襲い掛かってきた。


 そして盗賊団をボコボコにして返り討ちにした僕は、その御礼として少女からシリウスを譲り受け、代わりに僕の剣が欲しいと彼女にせがまれて自作の剣を渡したのだった――。



「まさかあのとき盗賊に襲われていた少女がシルヴィア王女だったなんて……」


 驚きを隠せない僕に王女は微笑んだ。 


「思い出してくれたようですね。あのときは助けていただき本当にありがとうございました」


 そう言って彼女はしなやかに頭を下げる。


「いえ、とんでもないです。それにしても暗かったのに、よく僕の顔を覚えていましたね」


「忘れることなんてできません。だって自分と同じ歳くらいの子どもが、たった一人で盗賊の一団に立ち向かい蹴散らしてしまったのですから。その姿はまるで勇者様のようでした」


 いいえ、と自分の言葉を否定して首を振った王女は「あなたはわたしにとって勇者なのです」と言い直す。


「ゆっ!? 勇者だなんて滅相もごぜぇやせん、火事場の馬鹿力ってヤツですよ(汗)。あのときは世界の宝(シリウス)を守りたい一心で必死でしたから……。剣の腕だってあのときから伸び悩んでいますしですし……」


「世界の宝……、こほん。これであなたにバディになって欲しい理由がお分かり頂いけたと思います」


 彼女は両手を重ねて潤んだ瞳で僕を見つめる。エクスセンスを初めて見たときみたいに僕の胸は高鳴った。


「――ッし、しかしですね……」


「どうしても承諾していただけませんか? わたしが剣武杖祭で優勝するにはあなたの力が必要なのです」


「……申し訳ありません。他の人をあたってください」


「もしバディになってくださるのなら、あなたの望みをひとつ叶えましょう」


「望みを叶える? それは……なんでもですか?」


「わ、わたしにできる範囲でですが」


 ちらりと王女の腰元を見つめる。

 下腹部を見つめる僕の視線に王女は頬を染め、恥ずかしそうに口許くちもとをキュッと結んだ。


 エクスセンスをくださいと言っても、さすがに無理だろう。

 ならばエクスセンスを持たせてくれなら、たぶんOKをもらえそうだ。けど、それでは要求が低すぎる……。


 ここはダメ元でくださいと言って試みるか? 断られたら断られたでバディを組まずぬ済むし僕に損はない。

 うん、よし、そうしよう!


「それではその剣、エクスセンスを頂けますでしょうか」


「……わたしの剣ですか? ですがこれは……」


「知っています。王家に伝わる宝剣エクスセンス、その剣を持つ者こそ次の王の証」


「それをご存じだということは、もしかして……」


「絶対に大切にしますからお願いします」


「大切にする……。そ、そう言われましてもわたしの一存では決められません」


 え? マジで? これってワンチャンあるかも??


「そうですよね、じゃあ国王に聞いてみてください」


「お父様に!? わ、分かりました……、相談して、みます……」


 ま、どうせダメだろうけど一国の王女にここまで言われちゃしょうがない。お姫様に恥を欠かせる訳にもいかんしね。

 それにあんな弱い盗賊をやっつけただけでシリウスをもらえたことに引け目を感じていたってのもあるし、ここらで清算しておくべきだな。


「じゃあその条件でバディになるってことで、それから王女専用の剣を僕に打たせてください」


「え!? わたしの剣を作ってくださるのですか?」


「はい、エクスセンスですが王女が振るには重すぎるんです。きっと実力の半分も出せていないでしょう」


 王女の剣の実力は剣術の授業で見たことがあるから知っている。

 剣武杖祭は魔法で肉体を防御した上での真剣勝負、王女の素直過ぎる剣ではエクスセンスを無用に痛めてしまう可能性がある。


「是非お願いします」


 花が咲いたように瞳を輝かせる彼女に僕は「任せといてください」と胸を叩いた。


 エクスセンスをゲットできるかもという期待に胸が膨らむなぁ。

 僕のコレクションに加わったら、ああ〜、どうしよう、研いで愛でて添い寝してそれからそれから――ハァハァ。


「ユウリ様!? 鼻血が出ていますよ、大丈夫ですか?」


「失礼、これからの事を想像したら嬉しくて興奮してしまいました」


「そ、そんなにも真剣に想ってくれているのですね」


「それはもう海よりも深く空よりも高く愛しています」


「ああ……」

 

 ふらりと王女の膝が崩れていく。


「王女!? 大丈夫ですか!?」


 倒れそうになった王女は後方で控えていた侍女に支えられ、そのまま去っていった。



―――――――――――――――

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