第4モブ 異端審問官に媚びたのは誰か
王女のパートナーとして
基本的に親族や恋人同士など親しい間柄で出場するダブルスにおいて、共に戦う異性を誘うというその行為には特別な意味が含まれる。
『わたしはあなたの剣、そして盾です。だから、あなたはわたしの剣に、そして盾になってください』というある種の誓いなのだ。
なので、いきなり誰かを誘えばそれはもはや『好きです。結婚してください』と告白してのと同義と言っても過言ではない。
その申し出を僕は断ったのだ。
誰もが羨ましがる申し出を平民の僕が無下にしたという噂は、あっという間に学園中に広がった。しかも断った後に王女が気を失って倒れてしまったものだから、なおさら情報の伝播は異常なまでに早かった。
その日からどこからともなく陰口が聞こえてくる。
王族に対してなんて無礼だと言うヤツもいれば、身を引くのは当然だと言うヤツもいる。
しかしながら、「どっちにしても断り方がクソ過ぎるだろシネよ」というのが生徒たちの総意らしく、どこへ行っても冷ややかな視線を感じた。
それだけならまだしも、すり違い様に肩をぶつけてくるヤツの多いこと多いこと。嫉妬に狂った彼らから廊下を歩いているだけでバシバシと弾かれる僕は、まるでピンボールのボールになった気分だ。
人の噂も七十五日までだと言ったのケイジだ。彼の国のことわざのようだが、なぜ七十五日なのか尋ねると彼は知らないと答えた。
確かにそれぐらいあれば新しい話題も出てくるし、飽きてくる頃だと思う。
二ヶ月もピンボール状態が続けば僕もさぞ磨かれて弾けたピンボールになっているはずだ。
あああ、不覚にも目立ってしまった。しかし王女のバディになって大会に出場すればさらに目立ってしまっていただろう。
とにかく噂が沈静化するまで我慢して、これからはより一層、陰のオーラに磨きを掛けるとしよう。
学園に教会の異端審問官がやってきたのは、終礼の
連絡事項を生徒たちに伝えていた教師を差し置いて、異端審問官であることを示す蛇が巻き付いた剣の紋章を首から掛けた壮年の男が、教壇に立って濃紺のローブを翻す。
「全員、目をつぶって顔を伏せろ。許可なく目を開いた者は容赦なく連行する」
鋭い目つきで教室を見据え、異端審問官の男は言った。
それ以上はなんの説明もない。それでもクラスメイトたちは目を閉じて、机に顔を伏せていく。
訳が分からずとも、例え貴族であっても教会の代行者である異端審問官に逆らえる者はいない。
「先日、教会にとって大切な物が何者かに盗まれた」
異端者審問官のセリフに声はなくとも教室がざわつく気配がした。
ついに来たか……。いつか学園に捜査が入ると思っていたけど、予想より早かった。
濁してはいるが大切な物とは聖剣に違いない。
はっきり言及しない、いや、できないのは当然だ。聖剣が盗まれたことは公にすれば教会の失態を晒すことになる。ギリギリのところで情報を留めて犯人を炙り出そうとしている。
目を閉じながら僕は平静を装った。
息づかい、喉仏の動き、筋肉の強張り。人を視ることに長けた異端審問官は僅かな動揺も見逃さない。
「盗んだ者はもとより、心当たりのある者がこの中にいたら手を挙げろ。些細な情報でもかまわない」
なぜ異端審問官がこの学園に眼を付けたのかは、その昔にグランベール学園が勇者を輩出した実績があるからだ。
彼らは生徒の中に犯人がいるかもしれないと睨んでいる。
おそらく勇者に連なる施設をしらみ潰しに捜査していくつもりだ。
まあ、真犯人はここにいるんだけどね……。
うーん、大正解!
僕が微動だにせず瞼を伏せていると、異端審問官が「よし、目を上げていいぞ」と言った。
僕が手を挙げなければ手を挙げるヤツなんているはずがない。徒労に終わって申し訳ないが帰っていただこう。
「心当たりのある者が何人かいるようだ。個別に呼び出すため、それまで他言は無用だと肝に銘じておけ」
ふぇぇ? いるの??
嘘でしょ?
ってことは贋作を盗んだヤツがうちのクラスに?
どういうこと? まさか僕と同じコレクターだとでも?
勘弁してくださいよ~。
周囲を見渡そうとした直後、はたと自分のあやまちに気付いて挙動を止めた。
いかん……落ち着け、これは異端審問官の揺さぶりに違いない。リアクションしてはならない。
周囲を見渡せば異端者審問官にチェックされてしまう。
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