エピローグ――『すれ違う二人』
*****
「左遷になっちゃった……」
この世の終わりを迎えたかのような青年の呟きに、
「なんであの時に止めなかったの!?」
「だって止められるような雰囲気じゃなかったし、かといって君を一人で行かせるわけにもいかないじゃないか!」
「で、でも、だからって普通、冒険者じゃない人を行かせるかな!?」
「あの時は問題ないと思っちゃたんだ。彼は実戦と経験が豊富な人だからその、依頼を任せても別に問題ないかなぁと?」
「そんなわけ、あるか―――ッ!?」
「ぶほぉ――――っっ!?」
青年の顔面に目掛けて、
「何考えてんのよ、このバカ!」
「ば、バカって……」
「だってそうじゃない! 今の私たちを見なさいよ!」
少女は憤慨している。
だが、それはあって当然の反応だった。
組合から罰則を科された三人。
その中でもノーマンは、比較的マシな内容の部類だった。
しかし、この二人は違う。
特に
この通達は各組合にも行き渡り、今後の立場を難しいものにするだろう。
職員だった青年も同様だ。彼は都市の外郭、近隣の町村に異動が決まった。
この決定は事実上、怪物が蔓延る激戦区に放られたといっても過言ではない。
たった一度の軽微な過ちで、二人は都市を追われる立場となってしまった。
都市は無制限に人を受け入れるわけではない。人口はいつだって圧迫する立場だ。
故にこの厳しい措置は、居住者を減らすことを目的としたものだった。
だがそれらは同時に、多くの根無し草を生み出す要因になってしまった。
「で、でもラニさん。僕たちにはまだチャンスがありますよっ!」
「そのチャンスって、貴方だけに残ったものでしょ? 貴方の家族は都市のお偉いさんで、今もその都市に住んでいるのだから。でも私には何も残されていないのよ?」
「いいえ、ラニさんにもあります。ほら、前にも言ってたじゃないですか!」
「私が言ってたって、何を?」
「ラニさんの夢、
「――はいっ!?」
青年の言葉に
それは少女の夢ではない。ましてや荒唐無稽な話だ。
「僕が組合を出る前に小耳に挟んだのですが、ノーマンさんは上層部の決定により、候補者の一人に選ばれたんです」
「候補者? ……それってもしかして」
「はい、各都市が結託して設立する開拓団です。『
青年の言葉に、
各都市が設立する開拓団は、その規模が大きければ大きいほど功績に比例した者ばかりが採用されてきた。そしてこの度、彼の実力と実績が認められての抜擢だった。
つまりノーマンは今後、都市の外で活動する機会が増えることになる。
「彼は今頃、都市を出る準備をしているはず。だから――はい、これっ!」
「えっ、ちょ……これなに?」
差出人の名前が書かれていない一枚の封筒だ。
「彼は今日、北門からライスト山脈に向けて出発する。だからこれを持って、今すぐに向かうんだ!」
「はい? あの、ちょっと――――」
「そして彼にこの封筒を渡して、こう答えるんだ。『ウーティスからの招待状だよ』ってね! こう言えば、彼はこの封筒を受け取ってくれるし、君も一緒に連れて行ってもらえるはずだよ! ラニさん、これが君に残された最後のチャンスなんだよ!」
突如、告げられたノーマンの行先と渡された封筒。
そして最後のチャンスという言葉が、彼女の思考を鈍らせる。
あまりにも急すぎる事態に、
「ちょっと待って、一旦落ち着こう? その、私は別に……」
「何を言っているんだ! 時間は有限なんだよ? それに僕も行かないと……」
そして、青年はその場で自分の荷物を纏め始めたのだ。
突然の行動を目にして
「グッドラック!」
そして青年は
「え……えぇっ!? ちょ、ちょっと待って!」
一人残された
「あれ? いない……」
既に青年は姿を消しており、
「ど、どうしよう……」
ノーマンが都市を発つ日は今日だ。
そして彼は、北門からライスト山脈に向かうと青年から聞かされた。
つまり、この封筒を彼に渡すには、北門で待ち伏せするしかない。
(もう私には、これ以外に何も残されてない……やるしかないよね?)
そして
封筒を握りしめて、北門へと走り出したのだった。
******
これはきっと、偶然ではないのだろう。
都市を発つために北門へ向かうと、あの
「あの馬――元職員の青年が、この封筒を貴方にって……」
「元職員の青年? ……ああっ、あの青年か。だが、この封筒は一体何だ?」
「封筒を開ける前に、その……言伝を預かっているの」
「拝聴しよう」
「その……変に思わないでね? 『ウーティスからの招待状だよ!』だってさ」
ウーティス? ……ウーティスと来たか。ともすればあの青年、一体何者だ?
目の前の少女はどうも、これが何を指した言葉なのか分からない様子だった。
ウーティスとノーマン。この二つは言語が違うだけの、同じ由来を持った言葉だ。
すなわち、『誰でもない』を意味する偽名だ。
あの青年は、ギルドを 騙くらかしていた。
俺は封筒を開けて、その中身を検める。
そこには、とある名家からの招待状と、俺に宛てた手紙が入っていた。
招待状は、既に同じものを組合から受け取っていた。
ギルド直々の指名依頼。候補者から正式なものとするための
問題は、俺に宛てた手紙だ。
その内容は当たり障りのないものから、俺の過去に触れたものまで書かれている。そして最後に、少女の同伴を嘆願する旨が
まるで後頭部を殴られたかのような衝撃が襲った。
思考は混乱し、考えが纏まらない。 その上、相手の意図が分からなかった。
しかし、考え込む猶予はない。
既に馬車を待たせており、時刻を過ぎれば依頼の放棄と見做されてしまう。
だから俺は、手を差し伸べて彼女に告げるだけだ。
目の前の少女が憧れた夢に、俺自身もまた焦がれるようにして。
「俺はこれから『
*****
――だが、少女の方は。
(この人と共に行けば、あの
「当然! 私も一緒に行くわ!」
「そうか。ならここで誓いを立てようか。これが恐らく、俺たちの『始まり』になるだろうからな」
そう言って、お互いに両手を出して重ね合う。
只人は『自己の定義』を求めて。
兎娘は『自滅の完遂』を願って。
決して色褪せることのない、望みと野望を込めて。
「「
過去と未来を繋げる『誓い』を、二人で交わし合ったのだった。
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