第13話――『死相相愛』 side.ラニ
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私はこの人のことを何も知らない。
生気のない人。くたびれた風体の、儚げな男性。
何か大切なものを失った、放っておけば今に死にそうな人だった。
……だからかな。私には、この人が他の誰よりも目に映ってしまって。
一目見て、私はこの人をほっとけないと思ってしまった。
一方的な思い込みで、自分と重ねてしまったの。
家族を失った悲しみ。
故郷を失った悲しみ。
私に残された、唯一の
押し寄せる悲しみが、不甲斐ない自身への怒りが、この人を巻き込む形に変えてしまった。ひとえに、私が衝動を抑えきれなかったせいで――!
私は、私自身が許せない。
許せない。許せない。許せない。
悔しくて、情けなくて、不甲斐なくって。
それで私は何をしたというの?
この冒険で何が出来たというの?
ただ、ただ、自身の惨めさに磨きをかけただけだ。
存在しない幻影に追い縋る私の姿は、とても醜い姿を晒していたはずだ。
惨めで。無様で。醜くて。
そんな感情の激動が私を奮い立たせた。
私を、ここまで導いてきたんだ。
――でも。だからこそ。
「……なんであんなこと、言ってのけるかな」
私はいつの間にか、彼の言葉を
彼は話してみると、案外話せる人だった。
無愛想で、ぶっきらぼうな喋り方だけど。
いきなり鼻を摘まんできたり、お腹を殴ってきたりと、とんでもない人だけど!
でも、私を助けてくれる人だった。私を
ちゃんと自分を律して行動する人だった。今を生き足掻く人だった。
この人と共にいると、不思議と衝動を抑えることが出来た。
この人が何を思い、何を考え、何を目指しているのかは知らない。
ただもう少しこの人と、もっと話してみたいと思った。
そうだ。だからこそ。
「――私が何とかしなくっちゃ!」
私の代わりに生き延びてほしい。
肉の壁。肉の床。肉の天井。
どれだけ周囲を見渡しても、肉で覆いつくされている。
出入口なんて見当たらない。退路が存在しない。
目の前の怪物、あいつをどうにかしないといけない。
吹き飛ばされた弾みで落とした
「「「――ラァァ――ニィィ――!」」」
「……ッ!」
わずかに原型を残した、私の
口々に「ラニ」と呻く骸の亡者たちに、私はただ一つ……。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉を告げた。それだけで十分だった。
過去を顧みるなんて、私には似合わなかった。
浅慮で。本能的で。短絡的で。
私は感情を出す。我慢が効かず、勢い任せに行動する。
だから私は……私は――。
「――許さないっ!」
私は自分を許さない。
私は自分を許せない。
私は自分を許したくない。
でも、それ以上に――。
「――私の……私の
殺す、殺してやる! 私の手でどこであれ、地獄の果てまで引きずりおろしてやる!」
策なんてない。勝算なんて考えない。
再誕? 浄化の炎? よく分からない。どうやって使うの?
考えても分からないのだから、どうだっていい。
憤怒に身をやつす。
愚直なまでに、狂気に身を委ねた。
走る。
走る。
走る。
――――跳ぶ。
「どこまでも、どこまでも追いつめてやる!」
触手の薙ぎ払い――身を捩って
触手の貫く一撃――無視する。
肩を。お腹を。足を貫こうとも。
引き千切る。食い千切る。捩じり伏せる。
「はあぁあぁああぁああああっっ!!」
前進する。一直線に。あの諸悪に向かって。
――――牙を剥く。
「おまえを、お前を――――っ!」
力の限り、振り下ろす。
一心不乱に。
何度も。
何度でも。
幾度でも。
「お前を殺してやるッ!」
怪物を、殺す。
奴の脳天に、楔を
「ラァニィィィイィイイイッッ!!」
「うがあぁああぁああっっ!」
穿つ! 穿つ! 穿つ!
ひたすら、ひたすら。
「お前が――お前さえいなければ、私はっ!」
楔を、何度も何度も打ち続ける。
貫く。射ち殺す。潰す。叩きつけて捩じ伏せる。
「私は、私がもっと強ければ――」
亡者たちが這い寄る。その鋭利な爪が向けられる。
「――皆は死ななかったのっ!?」
そんな後悔の言葉が溢れ出してくる。
亡者たちの爪が、牙が、私の身体を引き裂く。
引き裂く。
引き裂いて。
私を、引き裂いて!
「お願い、もう――いっそ私を引き裂いて!」
私は『
皆が思い思いに夢を語り、各々が夢に焦がれる姿に私も感化されただけだ。
皆で家を建てよう。
皆で故郷を作ろう。
皆で偉業を打ち立てよう。
皆が『
だから……だからこそ――。
私は皆が共に居てくれれば、それだけで良かったんだ!
私は皆が共に居なければ、生きていけないんだ!
家族を失い。
故郷を失い。
全てを失った私は、一体何処へ向かえば良いの?
全てを失った私は、どうやって生きていけば良いの?
分からないよ。
分からないよ。
分からないよ。
だから私は、お前たちに見られながら死んでいくんだ!
「私は――――お前たちの亡骸を見ながら死んでいくんだっ!!」
――――ゴキッ。
「――――あっ」
何かが、途切れた。
息が。思考が。感情の奔流が。
視界は亡者を映していない。
断つべき諸悪を映していない。
倒れている。誰が? 男性が。なんで?
――自分のせいで。
「――――ヒュッ」
息が出来ない。思考が回らない。
でも、理解はした。自分の身に起きた現状を。
首を折られた。
私は切望していたんだ。何を?
私は終わらせたいんだ。何を?
私は……。私は……。私は……。
『ラニ、その程度の間違いに自分を縛り付ける必要はない』
……聞こえてくる。誰かの言葉が。
何度も、何度も、繰り返し、繰り返し。
『お前も根無し草ならば、好きなように生きろ。誰の為でもなく、だっ!』
……あっ。思い出した。
あの人の言葉を。やりたいことも。
「……あっ、ぎぃ……うぁっ」
息が出来ない。
力が入らない。
――青白い炎が出ない。
あれだけ全身に漲っていた力が何処にもない。
あの炎はどこから来たのだろうか。私はどうやって出したのだろうか。
「――――あっ、だ……めっ」
脳天に穿たれた楔から、手が解けて滑り落ちる。
触手に全身を絡め捕られ、怪物の口の中に運び込まれていく。
「……ご、めん……なさい、ごめ……ん、なさ……い」
また、私が台無しにしてしまった。巻き込んでしまった。
私の自殺。私の狂気に、貴方を巻き込んでしまった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんな――。
――――ゴキッ。グシャグシャ。
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