第9話――『異常な配置、そして交戦』

 悪魔の陵墓――地下五階。

 現時点で組合ギルドの調査で判明している、暫定的な


 そこで俺たちは、新たな異常に遭遇した。


 道を塞ぐようにして立ちはだかる巨大な魔物の石像。

 その姿形は不揃いな両翼で浮遊する不気味な有翼の怪物だ。


 石像の背後には、岩のような体表で4本の鋭い爪を生やした1つ目の巨人。

 またその傍に、影がそのまま浮かび上がったような異形の怪物がいた。


 皆一様に低級に指定される魔物ではあるが、そのどれもが自然に発生するようなものではない。遺跡の仕掛け、その術者の創造物だった。


「ガーゴイル、フレッシュゴーレム、ウォーシャドウ。どれも呪文使いか錬金術師が生み出す類のものだな」


 ここに来て、新たな考慮すべき点が生まれた。

 すなわち、今回の事件が人為的なものだった場合だ。


 この道中に遭遇した罠は、どれも古典的なものばかりだ。

 そして、いずれも触手生物の住処と化して破壊されていた。

 神秘によって生成された壁を除けば、既に罠という罠が破壊尽くされている。


 俺とラニは地図を確認する。

 未探索な部分を除けば、その精度は未だ落ちていない。

 そして、俺たちがいる通路は一本道だった。


 この可能性は十二分にあった。


「あれらを相手取るだけの自信のほどは?」


「勿論あるわ! でもまさか、本物の悪魔デーモンと戦えるなんて思わなかった!」


「あれは悪魔デーモンじゃない。術師が生み出す使い魔の類だ」


 以前の調子を取り戻したラニは、その口数も多くなっていた。


「気を引き締めろ。一撃一撃をその身に喰らえば、死に直結すると思え」


 怒気を含んだ声色で、ラニを叱咤しったする。

 そして荷物から新たに鈍器ハンマー拳鍔メリケンを取り出すと、それを左手、右手に身に着けた。


 二体の巨大な魔物――フレッシュゴーレムとガーゴイルが俺の方に向かってくる。


 俺はガーゴイルへと狙いを定めて肉薄を仕掛ける。

 そして、すれ違いざまに鈍器ハンマーで振り払う。


 慣れない武器だったが、運良くもガーゴイルの片翼を潰すことに成功した。


 ガーゴイルは反撃を試みようと振り返りざまに爪を振るうが、俺は鈍器を手放し、それよりも先に握り締めた拳鍔メリケンの右拳をガーゴイルの腹部に叩き込んだ。


 響き渡る、鈍重な破砕音。


 渾身の右拳は石像の表面を砕き、腹部の内側まで貫通する。

 貫かれた内側から、砕かれた魔石コアが鈍い光を放った。


 お互いの腕を交差した恰好のまま動きを止めたガーゴイルは、短く痙攣けいれんした後、瓦礫がれきのように崩れ去った。


 だが、そこですかさず背後からの襲撃を感じ取り、俺はその場から離脱した。

 フレッシュゴーレムの拳が、石畳に亀裂が入る程の衝撃を放っていた。


 俺は休むことなく間合いを詰める。

 腰に帯びた剣を引き抜き、強烈な一閃を狙った。


 フレッシュゴーレムはその巨体を大きく揺らし、迎撃に移ろうとした。

 だが、その行動の一手があまりに


 瞬く一閃。


 斜め一線に振り上げられた斬撃が、敵の胸部を切り裂いた。

 切り開かれた胸の奥で魔石コアはかなく光り、そしてぽろりと崩れた。


 魔石コアを破壊すれば、それで終いだ。

 フレッシュゴーレムの崩壊を確認した後、俺はもう片方の戦況に意識を向けた。


 ウォーシャドウは、これまで遺跡で目にした相手とは勝手が違う。


 今までの魔物とは比較にならない移動速度で這い寄っては、その異様に長い両腕と鉤爪かぎづめ状に折り曲げられた黒刃ゆびで攻撃を仕掛けてくる。


 純粋な戦闘能力からしても、駆け出しが敵うような相手ではない。


「――――――――ッッ?!」


 反撃がままならないほどの速さで黒手が振るわれ、皮鎧ごとラニの肌を薄く抉っていく。決定的に異なる射程距離の長さに、ラニは自分の間合いに引き込むことができないでいた。


「すぅ――――――――フッ!!」


 深く、鋭く、短く、呼吸する。

 裂帛れっぱくの気合いと共に、ラニが腕を振るった。


 彼女の振るう短剣は、ウォーシャドウの黒刃ゆびを絡め取るように受け流し、相手の体勢を崩した。そして、手にした短剣を素早く逆手に持ち替え、間合いを詰める。


 ウォーシャドウはそれを素早い身のこなしで距離を取ろうとするが、ラニは既にその懐へと踏み込んでいた。振り下ろされた刃は、ウォーシャドウを切り裂いた。


 その一撃を皮切りにウォーシャドウは姿を保てなくなり、灰となって果てた。


 ――この短時間で、大した成長だ。


 俺はラニの成長に感心しながら、油断なく周囲を警戒する。


「はぁっ、はっ、は……っ!」


 緊張の糸が途切れ疲労がどっと押し寄せたか、ラニは膝に手をついて肩で息をしていた。呼吸を整えると、得意げな顔でVサインを俺に見せてきた。


「よくやった。まだ行けるか?」


「とっ、当然よ! こんなの大したことないわ!」


「本人がそう言うのならそれで良いが、休息は少し挟むぞ」


 どちらにせよ、考えるべきことが増えた。


「防衛路の罠……というには、あまりに堂々と通路のど真ん中に置かれていたな」


 正直に言って、使い魔の配置があまりにナンセンスだ。

 そもそもなぜ、各種一体づつ配置するような真似をしたんだ?


 これがもし子供の術者だったとしても、もう少し捻った配置にしただろう。

 だがもし、術者が正常な判断を持てなかったとしたら、どうだろうか?


 遺跡は、探索者が保有する『恩恵』を強制的に暴走させている。


 ありえない話ではなかった。

 この遺跡の異常性を考慮すれば、もっともらしい理由だった。


 この先は、大広間に繋がっている。それ以外のものは地図に記されていなかった。

 ようやく、この遺跡に起きた異変の真相を知ることができそうだった。

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