第7話――『要素』

 これまでにも建造物に『神秘』が宿る事例はあった。

 過去に俺が取り扱ったアルリウネ・ドールハウス事件では、善悪二元論が盛んな街で発生した怪事件。救いを求めた人々によって起こされた事例だった。


 彼らは理不尽を叩きつけられる必要悪――生贄を必要としていた。

 彼ら曰く――そうすれば救われると。


 そういった何処にでもあるような取り決めから『人形』を悪と見立て、教会の封牢に『無条件で貶めてよい何か』として幽閉された。

 延々と蔑まれ、膿出た穢れを『人形』が受け止める。土に帰る、その時まで。


 ただ一つ過ちがあったとすれば、それが『アルリウネの人形』であったことだ。


 アルリウネ――またの名を『愛情や魂を持ち合わせない子』は、人形になることを切望された。彼女は生を望むすべてと共に土に帰りたいと願った。


 街の人々は、心の無い人間を作ろうとしていたのだ。

 その結果、彼女は当然のように果ててしまった。


 名前のない被害者。何の罪のない人形は『意思』を乗せて、土に帰る。

 救いがもたらされる教会の下、奇跡がもたらされた聖なる地に


 そして皮肉なことに、人々の願いは叶ってしまった。

 教会と、そこにある全てのモノを『人形』に変えるという歪んだ形で。


 そのような経緯で生まれたドールハウスは、『人が扱えるモノ』となった。


 この『扱える』とは、そのまま『大きさ』の意味に当てはまる。

 つまり、人が扱える程度の大きさに変えることが可能だった。


 ひとえに『神秘』が、『大小』という要素さえも揺るがしたのだ。


 だが、重要な点はそこではない。

 もっとも重要なことは――。


「――俺は、この遺跡が扱えるモノと考えている」


「……大丈夫?どこかで頭打っちゃった? 頭ナデナデしてあげよ――ぐぇっ!?」


 無言のまま。

 ありったけの力を込めて。


 ラニの頭に拳骨を加えた。


「恐らくだが、遺跡に帯びた神秘は『固有結界』の類だ」


「け、結界ぃっ? 」


「そうだ。子供が砂の上に描いた迷路を想像してみるんだ」


 来た道を引き返した時、何もなかった通路に壁が出来ていた。もしも遺跡の構造を自由自在に変えることが出来たのなら、俺たちは天井や壁に挟まれてとっくに殺されているはずだ。恐らくは限定的な壁の生成、あるいは幻そのものだったのだろう。


 結界の範囲は広い。探索者たちをあのような姿に変貌させるほどの『恩恵』だ。

 遺跡に張り巡らされた目に見えない膜を突破することは、ほぼ不可能だろう。


「……それで、どうやってここから脱出するの?」


「固有結界を発動させた術者をどうにかしない限り、脱出は不可能だ」


「脱出ができないって――それじゃあどうするのっ!?」


「言っただろう、術者をどうにかしない限りはって」


 まぁその、術者が問題なんだが。


「術者って、この『遺跡』のことを指しているのでしょっ!? どうにかって、どうすれば良いのよ! 貴方さっきから無茶苦茶なこと言っているのに気づいてる!?」


「俺は至って冷静だ。それに神秘は、俺が専門とする分野だ」


 どうもラニは俺の正気を疑っているようたが、これまでの突発的な出来事の連続を考慮すれば、それも致し方ないことだろう。


「俺は先程、遺跡に神秘が帯びていると言ったが、遺跡全体に『恩恵』が宿っているとは考えていない。一、二層でその異常性が見られなかった点がそうだ」


 正確には層だけでなく、アンデットもこの『恩恵』の影響を受けないのだろう。

 道中で相手をしてきたアンデットは、全て『獣』か『異形』の姿を模していた。


「……それで?」


「それともう一つ。もし遺跡に『意思』が宿っていたとするのなら、俺たちはこうしてゆっくりとお喋りすることすら出来なかったはずだ」


 自分たちが置かれた現状を一つ一つ紐解いていく。

 そうすることで不安を拭いさり、落ち着きと冷静な判断力を取り戻させる。


 俺やラニも、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。


「ある地点をきっかけに仕掛けが作動すると考えれば良い。そして、その仕掛けを作動させる動力は『恩恵』だ。この『恩恵』が及ぶ範囲にしか、仕掛けは作動しない」


「それじゃあ、今は『恩恵』の範囲外?」


「いや違う。恐らくだが、仕掛けの設置には上限がある。『現実性の値』の総量は、ある程度決まっているんだ。これは人の身体能力である『体力』や『腕力』の限度値だと思ってくれれば良い」


 一呼吸おいて、俺は話を続ける。


「それで仕掛けの位置だが、これは脱出を防ぐための通路と、動力炉を守るための防衛路に設置されていると考えるべきだ。失踪者が増える要因も、それで説明がつく」


「動力炉、つまりは心臓ってことね!」


「そうだ。神秘は本来、力の源たる核を持たない。そもそも概念のような存在だ。それらが『現実性』を帯びることで、その根源を定める『要素』が生まれてしまう」


 この『要素』は、神秘の致命的な欠陥だ。

 元が概念のような存在で、曖昧であるからこそ『万能の事象』を孕んでいたのだ。


 それらが『現実性』を帯びることで、皮肉にも『万能の事象』は取るに足らない存在へと成り下がる。只人ですら、その『万能』を使い潰せるようになるのだ。


「この『要素』こそが先程言った心臓であり、遺跡を打破するための突破口だ」


「それを、私たちが見つけて壊せばいいのね?」


「そうだ。当然、それを妨害するように罠を張り巡らせているだろうが、それでも、これだけは覚えておくんだ。『恩恵』は凶悪な力だが、決して『万能』ではない」


 俺はラニから引き継いだ地図を床一面に広げる。

 そして、新たに壁が生成された場所に印をつけた。


「『恩恵』による物質の生成にも限度がある。幸いにもこの遺跡は五層までしかなく、規模が小さい。虱潰しらみつぶしだが、地図の通りに進んで行けば見つけられるはずだ」


 次に、階層を繋ぐ道に印をつけた。


「一番の問題は『恩恵』を持った他の探索者たちだ。彼らの動きは予想が出来ない不確定要素であり、その能力も含めて、一番に避けなければならない相手だ」


 最後に、他の探索者たちと出会った場所に印をつけた。


「ねぇ、ノーマン。彼らを助けることは出来ないの?」


「遺跡の活動を止めなければ、どうすることもできないだろうな」


「……そう。そうなのね」


 何やら含みのある返答だったが、今は目の前の問題に集中する必要がある。

 床に広げた地図を元に戻して、それをラニに返した。


「俺が先頭に立って周囲を探ろう。案内は任せたぞ」

「うん、分かった!」


 俺たちは手元にある荷物を検めた後、再び探索に向けて動き始めた。

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