第6話――『原因』

 この場で確認できた生存者は6名。

 そして、犠牲者の数は――――。


 台に積み重なった骸の山。

 私物だけを残し、この場に存在しない行方の分からない者たち。


 どれだけの犠牲者を出したのか、それらを数える事すら億劫になりそうだ。


 にわとりの獣人に惑わされた生存者は、未だ意識を取り戻さない。俺の分野は『神秘』に偏っている。料理に何か混ぜられていたのなら、その原因の特定は不可能だ。


「ラニ、死体漁りとは感心しないな。それが『大陸を跨ぐ者ビッグフット』を志す者の姿か?」


「ひぁっ!? えっと、これは違うの! 私は『見てる』だけであって――」


 ラニは部屋に散乱した犠牲者の私物を物色して回っていた。まるで何かを探しているようだったが、俺はその『何か』が見つからないように心の中で祈った。


 それが見つかるとは即ち、生存の可能性はゼロに等しいという意味なのだから。


「ラニ、地上に戻るぞ」


「えっ、なんで!? この人たちはどうするの?」


「どこか魔物に見つからない場所に隠して、放置だ。救助を呼んだ方が早い」


 俺はそう判断を下して、腰を上げた。

 だが、ラニの方は何やらまだ愚図っている様子だった。


「で、でも。もしその間に魔物が見つけたら……」


「そいつの運がなかっただけの話だ。それともなんだ、この人数を二人で守りながら地上に運び出せるとでも? 不可能だ。リスクがあまりに見合っていない」


「で、でも……そうだ、この人たちの意識が戻るまでここで待とうよ! ねっ?」


「……はぁ。取り戻せるような状態だったらの話だろう。俺は医者ではないぞ」


 平行線だ。ラニは頑なに、この場所から離れたくないようだった。

 無理やりにでも気絶させて、都市に帰還することを考え始めた――その時だった。


 ――やめろぉっ!? うわああああぁぁっ!!――


 部屋の外から、階層全体に響き渡るほどの男の悲鳴が上がった。


「な、何いまの!?」


「確認しに向かうぞ!」


 通路に出て、悲鳴がした方向に向かって走る。


「――っ、何処だ!?」


「あっ、ノーマンあそこ!」


 ラニが指し示した部屋の左隅に、潰れて積み重ねられた肉の塊があった。同じものがあちこちにある。違う時期に作られたらしい血塊が通路にも残っていた。


「……人体だ、全身が無残に潰されている」


「そんな!?」


 肉の塊がある近くに、いくつもの認識票が落ちている。

 剣や身に着けた鎧もぐちゃぐちゃだ。これほどの力を持った存在は一体何なのか。


 部屋の奥の片隅に、何かが立っていた。


 4,5mはあろう天井に頭を打ち付ける巨体。爆発したかのような筋肉。

 骨が剥き出しになった頭。目玉は潰れ、音だけを頼りに奇怪な構えをとった怪物。


 だが、その腰に吊り下がる認識票が、その怪物が『人間』であったことを示した。


「くそっ! 『恩恵』を得たことによって起きた暴走か!」


 もはやそれは、人の形をした『異常存在』だ。どのような異能を持っているかも分からない。周囲に対し、無作為に力を振り撒くだけの厄災と化していた。


「うっ、うわああああぁぁっ!!」


「ラニっ、逃げるぞ! 俺たちが敵うような相手じゃない!」


 俺は気が動転したラニを抱えて、来た道を走った。

 幸い、あの怪物は部屋に突っかかっていたため、すぐに追ってはこなかった。


 ――だが。


「――なっ!?」


 俺たちが辿ってきた道に、

 まるでこの遺跡が、『意思』を持って脱出を阻んでいるかのようだった。


「ノーマン、あっちの道!」


「――よしっ! お前はそのまま、俺に指示を出せ!」


 俺に抱えられたラニが地図を出して、次に進む道を提示する。

 迷路のような通路を駆け抜けていく。その途中で、何度か部屋を通り過ぎた。


 時折、ラニの小さな悲鳴が漏れた。それら部屋は通り過ぎる度に血の臭いが鼻に突き、悲惨な現場であることを嫌でも理解させられた。


「次はどの通路だ!?」


「えっと、あっち!――って、そんなっ嘘ぉっ!?」


 ラニが指示した方向は、行き止まりだった。

 緑の蔦が壁を作り出し、通路を中いっぱいに満たしていた。


「――こいつはっ!?」


 遺跡の探索者だった。女性は恐らく、森の僧侶ドルイドだ。だがそれは、手足の一部が蔦と化し、口からは大きな赤い実を成して、もう既に事切れた後だった。


 異常だった。不可解だった。

 ここまで連続的に『恩恵の暴走』を起こした探索者に出会うことはない。


「まただとっ!? まさかこの遺跡、『恩恵』を持った探索者を意図的に狙って暴走させているのか!」


 あの鶏の獣人も、この遺跡の犠牲者に過ぎなかったのだろう。

 どうやら俺は、遺跡に対する固定概念を更新しなければいけない時が来たようだ。


「なんで、どうして? どうなっているのぉっ……もうやだぁっ!」


「ラニ、しっかりしろ! まずは安全に隠れられる場所を探すぞ!」


 俺はラニから地図を奪い取り、片手で抱えたまま次の地点に向かう。


 もしかしたら、何所にも安全な場所なんてないかもしれない。

 地上にも戻れないかもしれない。だが、これがもし『神秘』の問題なら話は別だ。


「恐らくは、この遺跡が『神秘』を帯びてと化している!」


 俺は『神秘』を専門に扱う探索者だ。

 もう一度、この『神秘』に対する見解を再確立するための時間が必要だった。

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