第4話――『犬の散歩』

「……この大馬鹿者」


 俺は小さな声で、怒りを抑えながら言った。


 ラニがやらかした。

 考えなしに進むなと、あれほど言ったのに。


「えっ? あっ――――いやぁぁああっ!?」


 ラニが悲鳴を叫びながら、触手に捕まって宙へ吊り上げられていった。

 彼女の足下に、今しがた倒した魔物コボルトの遺灰があった。


 己を過信し、己を誇示しようと無暗に先に進んだ結果だ。

 ラニは俺の忠告を聞かずに一人で勝手に先行し、罠を踏み抜いたのだ。


 浅はかな行動が招いた女の末路。触手の餌。

 その小さな矮躯わいくが絡め捕られ、宙に吊り上げられている。


 その様子を見上げながら、俺は呆れ返っていた。


「ちょっと?! どこ触って――――むぐぅっ?! 」


 その喧しい口に蓋がされる。

 ラニは涙目になりながらも、じたばたと無駄に足掻いて見せた。


 その足掻きが、自分の首をどんどん絞めていることに気付いていないらしい。

 全く、俺は一体何を見せられているのやら。


「あまり動くな」


 そう言って、触手の核に向かって手斧を投擲した。

 触手が切り裂かれ、だらりと力なく垂れ落ちた。


「うぼわぁっ!? ――――いったあっ?!」


 その結果、ラニは宙に放り出されて地面に尻餅を着いた。

 服の裾を捲り上げながら、震える腕で触手の体液を拭う。


 そして、『ぐぬぬ』と歯ぎしりをしながら俺の方を向いて睨んできた。


 自身が招いた結果だというのに、なぜ此方が睨まれなければならないのか。

 触手が岩壁に隠された罠を破壊していたからこそ、この程度で済んだというのに。


「行くぞ」


 俺はそれに構わず歩き出すと、ラニは頬を膨らませながらもその後ろに続いた。


 現在、俺たちがいる場所は『悪魔の陵墓』地下1階。

 遺跡の探索を開始してから、既に数刻も経とうとしていた。


 正直に言って、あまり順調ではない。


 通路が狭く入り組んでいるというのも理由の一つだが、それ以上に魔物が多い。

 また、ラニが先陣を切りたがるせいで、不要な戦闘が幾度も勃発していた。


 遺跡で遭遇する魔物も厄介だ。


 アンデットは大小様々な姿形をした、姿をしている。

 俊敏で、壁や天井を這いずりまわり、強靭な顎と爪で攻撃を仕掛けてくる。

 その他もキラーアントや触手生物テンタクルスを始めとした、いやらしい魔物が多く出没した。


 どいつも駆け出しには厳しい相手だ。経験、武装、機転、冒険者の素養としてあらゆる面全てにおいて、ここでは地力を求められる。


 その点でいえば、ラニはかなり上手くやっている。種族特有ともいうべきか、その長い兎耳が魔物の気配を逸早く察知して、俺たちは先んじて手を打つことが出来た。


 偶発的な戦闘では、自分よりも大きな相手だろうと物怖じしない。相手の攻撃をギリギリまで引き付けてかわしながら、その一瞬の隙を付いて致命傷を与える。


 戦闘後もへらへらと笑いながら自慢げにアピールしてくるほどだ。


 とはいえ、機転については触手に捕まった時点でお察しではある。そもそも、今回の依頼はあくまでも調査なのだ。無謀な冒険をする必要性はない。


 だが、その旨を伝えると……。


「でも、敵は見つけ次第倒せって言うじゃない」


「誰だ、そんな物騒なこと吹き込んだ奴は……」


「それに、冒険に危険はつきものでしょ? 挑戦なくして成長はないのよ!」


「――俺はっ! わざわざ危険を犯す必要はないと! 言っている!!」


 ラニのさも当然のような受け答えに、俺はただ頭を抱えるほかない。

 今のところ大きな怪我は負っていないものの、ラニの装備は所々に傷が目立ち始めていた。刃こぼれも酷く、剣の切れ味はかなり落ちているだろう。


 正直に言って、あまり良い状態とは言えないな。


「あっ、見て! あっちに遺物があるわよ!」


 ラニは前方に見える宝を指さして言う。

 そのまま取りに走ろうとするラニを、俺は首根っこを掴んで阻止した。


「目的を見失うな、この阿呆兎めっ!」


「ぶー! 何よ、少しぐらい良いじゃないの!」


 道中、こんなやり取りを幾度となく交わしていた。

 まるで、犬の散歩でもしているかのようだ。


 好き勝手動こうとするラニをしっかりと制止リードし、危険が及ばないよう誘導する構図。


 褒めれば過剰に喜び、うざったいほど俺にすり寄って自分を持ち上げようほめてもらおうとする。

 逆に叱れば意気消沈し、不満げな態度をとって自制が利かなくなってしまう。


 ……犬のしつけについて、しっかりと学んでおくべきだったか。


「ああああああっ! 無理だぁー!? 卑怯だよおおおおっ!?」


「「「「キシャアアアッ!!」」」


 ラニの悲鳴が周囲に木霊する。

 それを聞き流しながら、もう何度目かのため息を零した。

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