第3話――『情報収集』

 悪魔の陵墓。


 ここ数年、都市の近郊にて発見された遺跡の名称である。

 その遺跡は、寂れた協会にある墓地群の地下に階層を形成していた。


 悪魔と名は付いているが、出没する魔物はグールやスケルトンといったアンデットの他、昆虫や触手生物といったものが殆どだ。死霊術師リッチ悪魔デーモンの類は未だ確認されていない。とはいえ、冒険者からすれば旨味のない相手ではあった。


 依頼内容は、失踪者の捜索である。


 以前から断続的に調査が行われていたが、時折、潜入した学者や冒険者の複数が失踪する事件が起きていた。


 とはいえ、徒党が突如として消息を絶つことは珍しいものではない。

 その数も大したものでないなら、不運に見舞われたという認識で放置された。


 しかしここ数日、その数が急激な増加傾向にあり、さすがの組合ギルド側もこれを看過するわけにはいかず、急遽、組合ギルド側が依頼を出す形で調査に乗り出したようだ。


 報酬は一人当たり金貨5枚。また、成果に応じて追加報酬有り。


 内容としては悪くない。

 ただ、失踪に関わる情報がないという点が気がかりだ。


「よし! それじゃあ準備が出来次第、街の入口に集合よ!」


「えっ、ラニさん?! ちょっと、まだ話が――――!」


 あの兎娘コータスはそう言って、此方を歯牙しがにもかけない様子で飛び出していった。

 まだ自己紹介すら済ませていないのだが、随分とせっかちな子だ。


「俺も行く」


「すみませんすみません! あの子をお願いします!」


 職員の青年は、何度も俺に頭を下げる。

 その彼の首にぶら下がる認識票には、『助言者アドバイザー』の項目があった。


 さすがの俺も、ギルドは人選を間違えたと思わざるを得なかった。




 通りを歩きながら依頼内容を整理する。


 この『失踪者』が、運悪く魔物や遺跡の仕掛けにやられたってだけならいい。

 単純にその痕跡を見つけて、持ち帰るなり報告するなりで終わる話だ。


 これがもし、盗賊や人攫いといった蛮族の類なら少し面倒だ。

 最近だと、『若月狩りのアブドーザ』という輩が各都市でその悪名を轟かせていると聞く。とはいえ、ある程度なら問題ない。俺も腕には多少の覚えがあるからだ。


 一番面倒なのは、やはり『神秘』の類だ。

 触れたもの全てを歪ませるその事象は、最悪、


 どのような形であれ、冒険に油断は禁物だ。


 市場に寄り、必要な物を買い揃える。

 直剣ショートソードと予備の両刃短剣バゼラードに、治癒の水薬ヒール・ポーション解毒薬アンチドーテ強壮の水薬スタミナ・ポーションなどなど……。


 今回の冒険はわけでもなければ、その案内人すらいない。あの兎娘コータスの御守をしながらの冒険だ。少し余剰とも思える量を買い足して、万が一に備えた。


 ついでとばかりに、他の店舗も見て回った。

 すると、雑貨屋の一角で先程の兎娘コータスを見つけた。


 何やら今度は、雑貨屋の店主と擦った揉んだしている様子。

 衣服や小道具の類を店に持ち寄って、金を捻出しているようだった。


「だからのよ! そのためにも装備を買い揃えるお金が必要なの!」


 また少女がキャンキャンと騒ぎ立てる様相に、これからの先行きが不安になる。

 あの青年と同様、苦労に忙殺される予感がした。


 その最中にある店主も、何やら渋そうな顔をしている。

 あの少女が持ち寄った品に目を向けると、男物の衣類が含まれていた。


 盗品……というわけではなさそうだが、どういった事情があるのだろうか。

 ひとまず、また騒ぎが起きる前に事態の収拾に向かうべきだ。


「おい店主、そこにある品を見せてくれ!」


「えっ? ああっ、ちょっと待ってな!」


 まずは適当にそう言って、体良く店主を追い払った。


「ちょっとどこ行くの?! まだ話が――――」


兎娘コータス、それは仕舞っておけ。どうせ売れやしない、時間の無駄だ」


「はぁ!? 貴方こそ、いきなり割り込んで失礼にもほどが――――うわっ!?」


 そして、先程買いつけたばかりの荷物を少女に押し付けて黙らせた。


「金欲しさに店主を強請って何がしたいんだ? それともただ威張りたいだけか?

確かに悪名ならどんなものでも売れるからな。悪くない案ではあるが……」


「私、そんな風に見られてたの!?」


「違うのか?」


「ぜんっぜん違うわよ! それに、私は将来『ビッグフット』になるんだから!」


 ――ビッグフット?

 未確認生物の総称にそのような存在がいた気がするが、まぁ違うだろう。


 十中八九、『大陸を跨ぐ者ビッグフット』を差している。


 この世界の人類にとって、もはや国家という枠組みが遠い昔の存在に等しい。

 人類同士の争い、神秘汚染、怪獣災害など、要因を上げたらキリがないだろう。


 長期的な統制と存続が困難となった現代、人々は定住地を求めて各地を彷徨い歩くようになった。どこどこで村を起こした、滅んだという噂は絶え間なく流れている。


 人類は総じて皆、『根無し草』とも言うべきか。


 その上で『大陸を跨ぐ者ビッグフット』とは、云わば一種の夢物語に近い。大陸を渡り歩き、その地が抱える問題を解決し、人々との輪を紡ぐ開拓団。彼らが紡いだ荒唐無稽な冒険譚とその軌跡は、今尚も『都市』として存続している。


 その『都市』は、優秀な人材を求めている。

 新たな伝説を紡ぎ出す、新たな開拓団ビッグフットの誕生を。


「色んな土地に行って、色んな街を見て回って、色んな人との出会いを紡ぐの!」


「……それで? そのためなら他人の物にまで手を出しても構わないと?」


「えっ!? いや、えっと、それはちょっと誤解というか……」


「弁明はいらん。宿に戻ってさっさとそれらを仕舞ってこい」


 俺はそう吐き捨て、その場から離れた。


「お、お客さーん!? 品物は見ていかないので――――っ!?」


 背後から響く店主の叫びは、聞こえないふりをした。




 差雑な問題を片付けたところで、やはり気がかりは情報だった。

 失踪に関わる情報が全くない。こればかりはその筋に頼る他なかった。


 ――だが。


「――ないな」


「ない? そんなことありえるのか?」


「ないものはないんだ、仕方ないだろう」


 酒場の一角、俺は情報屋の男にそう切り出した。

 だが男は、不満そうに俺を見返すばかりだった。


「あの遺跡は最近になって調査が本格化したばかりだ。その初め頃は、腕が立つ斥候が調査を担っていた。危険性が低いと判ってからは、新米ルーキーにも依頼が回ったのさ」


「で、その新人共パーティが消息を絶ったところで、誰も気にしないと?」


「お前さんの疑念も分からなくないが……なら特にそうだろうよ」


 男は肩を竦めて、手元のグラスを傾けた。


 ……当てが外れた。

 だが裏を返せば、あの遺跡は未知に富んでいるともいえた。




 酒場を出て、街の外へと向かった。

 もう時間も頃合いだった。


 案の定、街の入口で兎娘コータスが落ち着かない様子でうろうろと待っていた。

 俺を見つけるや否や、彼女は一目散に駆け寄ってきた。


「あ、やっと来たわね!」


「ああ」


 俺はため息交じりにそう返した。

 すると少女は、腰のポーチから1枚の紙を取り出した。


 遺跡へ向かうための地図だった。


「ノーマンだ。準備はしてきたか?」


「当然。私はラニよ! いつでも行けるわ!!」


 そう言って、互いに簡単な自己紹介を済ませる。

 そうして俺たちは、地図に記された場所へと歩き出した。

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